革命好きが源平時代に転生したら ~いい国作ろう平民幕府~

キムラ ナオト

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9.蓮華と熊若編

第68話(1185年1月) 鉛玉

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 とある屋敷の一室

「鬼一は図々しい男だが、その弟子も負けてはおらぬな。我が屋敷を隠れ家に使うとは」

「鎌倉殿の側近中の側近、中原広元様の空き家ほど、潜むのに適した場所を他に知りません」

 肩に布を巻いた姿で熊若は言った。正面にいるのは源頼朝の元で政治を一手に担っている中原広元である。

 右肩を火縄銃で撃たれた熊若は、中原広元の屋敷に一時身を隠そうとした。広元が鎌倉に下向してからずっとこの屋敷には人が住んでいなかったからだ。
 しかし、熊若が屋敷に入ると、ちょうど鎌倉から上洛した広元が旅装を解いているところだった。広元も熊若の姿を見ても騒ぐことはせず、家人に医者を呼びに行かせたのだった。

「京へは何の御用でお戻りになられたのですか?」

「鎌倉殿の代理だ。平家討伐と神器奪還について話し合うためにな」

「出雲を攻めないのですか?」

「ははは。今は止めておく。山陽道でひどくやられたからな。熊若、鬼一は奇抜な戦術を使うらしいが――」

 広元は熊若を見る。熊若は首を振った。

「知りません。一ノ谷では義経様とともに戦い、備前の戦いは加わってすらいませんので」

「――まあよい。朝廷からも山陽道などに寄り道せず、神器を取り返すようお叱りを受けた。御家人からも出雲大社より、武家と戦わせろという意見が多く出ている。その代表が――」

「義経様ですね」

「そうだ。なんと紀州の熊野水軍や伊予の河野通信を味方に引き入れたという。鎌倉殿は、また九朗が勝手なことを、と不機嫌になられたが、私は喜んだ。水軍の持つ船がなければ、源氏は平家と戦うことすらできぬ」

「義経様の家人の伊勢義盛殿が奔走した成果でしょう。弁舌より、誠意を見せることで交渉する方です」

「ふむ。そこで判官殿(義経)を、四国攻めの将軍にしようとしたのだが、判官殿はいたく法皇に気に入られていてな。院が京の警備から外すなと言ってきた――まったく、わがままなものだ。だが、無視するわけにもいかぬ。それで私が法皇をなだめにきたのだ」

「でも、義経様ご自身が――」

「そうなのだ。そこがわからぬ。判官殿は法皇から官位のほかに、静御前という妾も与えられた。公卿たちも英雄と褒めたたえている。私はもう朝廷に懐柔されたと思っていた。だが、平家攻めでは法皇の制止も聞かず、自ら攻めると言ってきかない。熊若、これはわざと不仲に見せるための偽装だと思うか?」

「護衛役にそのようなことがわかるはずがありません。僕が知っていることは、ただ一つ。義経様は平家を滅ぼすことしか、頭にないということです」

「ならば、私の邪推か。フフフ、京では自然と疑り深くなる――このような物を見せられれば、なおさらな」

 広元は床に置いてあった鉛玉をつまんで顔の前に持ってきた。

「出雲軍が攻撃に使った鉄の玉を見たことがあるが、それよりふた回りほど小さい。それでいて熊若の体に埋まるほどの威力――」

 広元は熊若の言葉を待ったが、熊若は口を開かない。広元は言葉を続ける。

「口を閉ざしたな。出雲大社か判官殿か? 誰に対してか知らぬが忠誠を尽くすのは良いことだ。熊若の美徳でもある。まあいずれわかる。良い物を持てば使いたくなるのが人という生き物だ」 

――霧の神社を源氏が監視すれば、蓮華ちゃんを救うのが難しくなる。

「申し訳ありません。借りは必ずお返しします」

「気にする必要はない。おもしろい物も手に入った」

 鉛玉を指で遊びながら広元は言った。

「それでは、僕の気が――」

「なら、鬼一を最後まで守ってくれ。鬼一は倒すべき敵だが、生きていて欲しいとも思っている。矛盾しているようだが、私の本心だ」


 熊若は翌日、中原広元の屋敷を後にして、出雲大社に向かった。

――蓮華ちゃん、傷が癒えたら必ず助けに戻る。それまでどうか無事で……。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(京・六条の義経屋敷の一室)

 義経は静御前に酌をさせながら、広元をねぎらっていた。
 広元は鎌倉へ下向してから酒を断っている。

「やはり義兄上(頼朝)はこの義経をわかってくれている。才覚人の広元を寄越してくれたのが、その証だ。広元よ、よく法皇を説いてくれた。これでようやく平家と戦える」

「今、梶原景時殿が船を集めております。後ふた月ほど待てば、船数も屋島にいる平家より上回るでしょう」

「そんなには待てぬ! 法皇の気が変わったらどうするつもりか」

 義経がいつもの短気を起こした。冷静に広元は返す。

「待てば、勝ちはより確かなものになります。戦いとは敵より兵数を集める作業です」

「違う! 戦いとは速さだ。この義経が将軍になった時点で勝ちは決まっている。負けるとすれば、誰かがわしの作戦を邪魔したときだけだ!」

 酌をしていた静御前が瓶子(酒器)を置いて言う。

「中原様、義経様は日の本一の英雄でございます。すべてをお任せになることが、法皇と鎌倉殿にとっても良き結果になります」

 義経は静御前に、口を挟むなと注意したが、口調も表情も穏やかなものだった。

――天下一の白拍子か何かは知らぬが、妖女の類だな。判官殿はこの女のせいで増長し、破滅するかもしれぬ。

「義経様が強いてお望みであれば、これ以上は言いますまい。ご武運を祈るだけです」

 広元が話を終えて立ち上がろうとしたとき、思い出したように懐から布を取りだすと、広げて鉛玉を見せた。

「お気をつけなされ。備前の戦いのように、我らには知らないことが多い。先日、このようなモノを拾いましたが、いったい――」

 義経と静御前の視線が鉛玉に集中する。義経が聞いた。

「――その武器をどこで?」

「ほう、これは武器ですか。さすが判官殿は見識高い。この様子なら戦も安心ですな」

 広元は義経の問いには答えずに去っていった。
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