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9.蓮華と熊若編
第67話(1185年1月) 熊若vs静御前②
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逃げていく静御前の後を追い、熊若は霧の神社内に入っていった。
――このまま、蓮華ちゃんのとこまで案内しくれるといいんだけど。そう簡単にはいきそうにないか。
霧が立ち込める境内に入ると、鈍くなっていた静御前の動きが再び軽快になる。
振り向いて再びクナイを投げてきた。
「霧の中でわたしと戦おうなんて自信家なのですね。愚かな行為だとすぐに気づかせてあげます」
「僕は慎重なほうだと思うよ。だから、これを用意してきた」
熊若はクナイをよけると懐から萌黄色の布を取り出した。口を隠すように顔に巻く。
「ハッカの葉の汁を染み込ませた布だ――凄いね、これ。頭を無理やり覚醒させられる」
「――油断のならないお人。他に何を知っておられるのですか?」
「何も。だから調べにきた」
静御前がゆっくりと右へ移動していく。腰から扇を取り出した。
「鉄扇! 静の全身全霊の舞いで、お相手します」
「向こう側に秘密があるんだね。だけど、僕には勝てないよ。時も稼がせない」
熊若は使っていた針剣を納めると、もう一本の針剣を抜いた。刀身が一回り太い。
フェンシングの構えから大上段に構える。
静御前が地を蹴って飛び出す。
熊若は静御前が近づく前に針剣を振り下ろした。
「飛剣!」
静御前の体勢が崩れ、地面に転がった。静御前は何が起こったかわからない。
立ち上がろうとすると、離れたところで熊若が剣を振るのが見えた。
静御前は再び、地に膝をつく。
「霧は痛みも感じなくさせるようだね。脚を見てごらん」
静御前の両脚に1本ずつ、鋼の針が刺さっていた。
「いったいこれは! いつの間に……」
熊若は針剣の先を静御前に向けた。穴が開いて筒になっている。
「仕込み太刀だ。中に針を何本も入れている。振り下ろすときに留め金を外せば針が飛ぶ――静御前。動かないほうがいい。痛みは無くても、出血が命を奪う」
「待って!」
必死にと立ち上がろうとする静御前を無視して、熊若は走り出した。
――中に向かうにつれ霧が薄くなる。これなら、蓮華ちゃんを!
パァーン!
熊若の身体が弾け飛んだ。
すぐに立ち上がったが、熊若には何が起こったかわからなかった。
衝撃を受けた部分を触る。
――右肩に焼けるような感覚がある。だけど、矢でも針でも無い。何だ、これは?
木に身を隠して遠くを見ると、見慣れない構えで棒を持つ男の姿があった。棒の先からは煙が出ている。
右肩の痛みが大きくなっていく。熊若は唇を噛んだ。
――知らない場所で、知らない武器。なぜもっと警戒しなかった! 熊若よ、静御前に勝って浮かれていたのか!
熊若はおのれを叱った。利き腕が動かせなければ、蓮華を救うことは難しい。
――蓮華ちゃん、すまない! 必ず後で助けにくる!
熊若は神社の外へ向かって駆け出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(静御前視点)
動けないまま木にもたれていると。火縄銃を持った安倍国道がやってきた。
「そなたに深手を負わせる者がいるとは――もしや鬼一か?」
「いえ、そうではありません……」
安倍が冷たい眼で静御前を見る。
「それでは、人を相手に不覚を取ったというのか! 情けない。私をがっかりさせるな」
「申し訳ございませぬ……」
源義経の声が近づいてきた。
「おーい、どうした? 試射はもう終わりか?」
静御前の姿を見て、義経は血相を変えて駆け寄った。
「大丈夫か、静! こんなにも血が! 陰陽師殿、早く手当てを!」
「侵入者にやられたようです。義経様の護衛役がこんな無様な姿をお見せするとは……。静よ、そなたの恥は私の恥でもあるぞ」
「黙れ! 貴様の恥など知るか! 静は単なる護衛ではない! わしの女だ! さあ早く、医者を呼べ!」
安倍は顔をしかめたが、義経は安倍のほうを見向きもせず、静御前の血を止めようと布で押さえている。
「――承知しました」
安倍は鈴を三度鳴らすと、自らも倉のほうへ歩いて行った。
「静! 苦しいか? 痛みはひどいか?」
「いえ、静は霧を吸うと痛みを感じなくなるのです。それよりも、しばらく護衛ができないのが、申し訳なく――」
「謝る必要などない! 護衛は、もうすぐ伊勢が戻ってくるから心配ない。そなたはわしの愛妾だ! そばにいるだけで良い!」
「義経様――」
静御前の頬を涙が伝う。傷ついた体とは反対に静御前の心は満たされていった――。
――このまま、蓮華ちゃんのとこまで案内しくれるといいんだけど。そう簡単にはいきそうにないか。
霧が立ち込める境内に入ると、鈍くなっていた静御前の動きが再び軽快になる。
振り向いて再びクナイを投げてきた。
「霧の中でわたしと戦おうなんて自信家なのですね。愚かな行為だとすぐに気づかせてあげます」
「僕は慎重なほうだと思うよ。だから、これを用意してきた」
熊若はクナイをよけると懐から萌黄色の布を取り出した。口を隠すように顔に巻く。
「ハッカの葉の汁を染み込ませた布だ――凄いね、これ。頭を無理やり覚醒させられる」
「――油断のならないお人。他に何を知っておられるのですか?」
「何も。だから調べにきた」
静御前がゆっくりと右へ移動していく。腰から扇を取り出した。
「鉄扇! 静の全身全霊の舞いで、お相手します」
「向こう側に秘密があるんだね。だけど、僕には勝てないよ。時も稼がせない」
熊若は使っていた針剣を納めると、もう一本の針剣を抜いた。刀身が一回り太い。
フェンシングの構えから大上段に構える。
静御前が地を蹴って飛び出す。
熊若は静御前が近づく前に針剣を振り下ろした。
「飛剣!」
静御前の体勢が崩れ、地面に転がった。静御前は何が起こったかわからない。
立ち上がろうとすると、離れたところで熊若が剣を振るのが見えた。
静御前は再び、地に膝をつく。
「霧は痛みも感じなくさせるようだね。脚を見てごらん」
静御前の両脚に1本ずつ、鋼の針が刺さっていた。
「いったいこれは! いつの間に……」
熊若は針剣の先を静御前に向けた。穴が開いて筒になっている。
「仕込み太刀だ。中に針を何本も入れている。振り下ろすときに留め金を外せば針が飛ぶ――静御前。動かないほうがいい。痛みは無くても、出血が命を奪う」
「待って!」
必死にと立ち上がろうとする静御前を無視して、熊若は走り出した。
――中に向かうにつれ霧が薄くなる。これなら、蓮華ちゃんを!
パァーン!
熊若の身体が弾け飛んだ。
すぐに立ち上がったが、熊若には何が起こったかわからなかった。
衝撃を受けた部分を触る。
――右肩に焼けるような感覚がある。だけど、矢でも針でも無い。何だ、これは?
木に身を隠して遠くを見ると、見慣れない構えで棒を持つ男の姿があった。棒の先からは煙が出ている。
右肩の痛みが大きくなっていく。熊若は唇を噛んだ。
――知らない場所で、知らない武器。なぜもっと警戒しなかった! 熊若よ、静御前に勝って浮かれていたのか!
熊若はおのれを叱った。利き腕が動かせなければ、蓮華を救うことは難しい。
――蓮華ちゃん、すまない! 必ず後で助けにくる!
熊若は神社の外へ向かって駆け出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(静御前視点)
動けないまま木にもたれていると。火縄銃を持った安倍国道がやってきた。
「そなたに深手を負わせる者がいるとは――もしや鬼一か?」
「いえ、そうではありません……」
安倍が冷たい眼で静御前を見る。
「それでは、人を相手に不覚を取ったというのか! 情けない。私をがっかりさせるな」
「申し訳ございませぬ……」
源義経の声が近づいてきた。
「おーい、どうした? 試射はもう終わりか?」
静御前の姿を見て、義経は血相を変えて駆け寄った。
「大丈夫か、静! こんなにも血が! 陰陽師殿、早く手当てを!」
「侵入者にやられたようです。義経様の護衛役がこんな無様な姿をお見せするとは……。静よ、そなたの恥は私の恥でもあるぞ」
「黙れ! 貴様の恥など知るか! 静は単なる護衛ではない! わしの女だ! さあ早く、医者を呼べ!」
安倍は顔をしかめたが、義経は安倍のほうを見向きもせず、静御前の血を止めようと布で押さえている。
「――承知しました」
安倍は鈴を三度鳴らすと、自らも倉のほうへ歩いて行った。
「静! 苦しいか? 痛みはひどいか?」
「いえ、静は霧を吸うと痛みを感じなくなるのです。それよりも、しばらく護衛ができないのが、申し訳なく――」
「謝る必要などない! 護衛は、もうすぐ伊勢が戻ってくるから心配ない。そなたはわしの愛妾だ! そばにいるだけで良い!」
「義経様――」
静御前の頬を涙が伝う。傷ついた体とは反対に静御前の心は満たされていった――。
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