75 / 136
9.蓮華と熊若編
第65話(1185年1月) ひとさらい
しおりを挟む
京・六条の源義経屋敷
「留守居させられて、不満そうだな」
脇息にもたれかかった義経の横で、愛妾の静御前が酌をしている。
義経の前には硬い表情の熊若が座っていた。
静御前が義経の妾になってからは、熊若は義経の護衛から外され、屋敷全体の警備に回された。外に出かけるときは、静御前が男装して側についた。
「初めはそう思いましたが、今は感謝していますよ。出雲大社とは戦いたくはありませんから――」
「――ほう、なぜ出雲大社に行ったと思う」
「100人も連れて行って、情報が洩れないとでも?」
義経が静御前を見る。
「申し訳ございません」
静御前は手をついて謝った。
熊若が静御前を横目で見ながら言う。
「催眠術は人によってかかり具合が違うようですね。静御前にあまり期待をされるのは危険かと」
静御前が熊若を睨む。静御前から殺気が漏れ出る。
「よせ! 熊若との別れの日につまらぬことで争うな」
熊若は木曽義仲を逃がすために、1年間、義経の家人になると約束した。その期間が終わったのだ。義経はこのまま本当の家人になるよう口説いていたが、熊若は最後まで首を縦に振ることはなかった。
「出雲大社に戻るのか?」
「少し、京を見てから帰ろうと思います。僕を捕まえますか?」
昨年8月に義経は朝廷から検非違使別当(警視庁長官)に任命されていた。
「ふっ、私を試しているのか? 平家と出雲大社の二正面作戦をするほど愚かではない。貴様を捕えれば鬼一法眼が黙っていない。そうだろう?」
「買いかぶりすぎです」
「静はもう下がれ。熊若とは今生の別れになるかもしれぬ。今宵は2人で語り合いたい。盗み聞きもならぬ。よいな!」
「――わかりました。寝所でお待ちしております」
静御前が去った後、義経と熊若は朝まで語り合った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(熊若視点)
翌日、熊若は義経屋敷を出ると、京のはずれにある霧の神社に向かった。
義経と出雲大社国へ向かった兵のうち数名が、人をさらってきたと言ったからだ。ただし、誘拐した人間が誰なのか、どうしてそこへ運んだのかは、まったく記憶に無いという。
――誰ひとりとして覚えていない。静御前より強い催眠だ。そのような術を使えるのは安倍国道、唯一人。しかし、あの屋敷にうかつに近づくのは……。あれは!
熊若が木の上から屋敷を伺っていると、馬に乗った義経と静御前が霧の神社に入っていく姿が見えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(安倍国道視点)
義経を霧の神社・本殿裏に並ぶ倉の一つを改造した鍛冶場に案内すると、感嘆の声をあげた。
「さらってきた鍛冶職人が逃げずに働いている……。催眠の術とは恐ろしいものだな。陰陽師殿は神のような力をお持ちだ」
「恐れ多いことです。しかし、催眠で操れる人は千にすら届きません。義経様は戦場で万の兵を操ります。神と呼ぶならば、義経様のほうが相応しいかと。それゆえに巫女をお側に仕えさせました」
――英雄を操るために。
「静御前は素晴らしい女だ。歌舞のほかにもわしを満足させてくれる。おかげで鎌倉から押し付けられた正室の元へは、全然、通えておらぬ」
義経はそう言って笑った。静御前は頬を赤らめる。
「ところで、新兵器はいつ出来る?」
「連れてきた鍛冶職人もこれは造ったことが無いと言っております。数を作るのにはしばらくは時間がかかるかと」
「なんだと! それでは平家との戦に間に合わぬではないか! 約束が違う!」
義経は癇癪を起した。静御前がなだめる。
「申し訳ありませぬ」
安倍国道は頭を下げる。
――傲慢な男だ。蒸気機関の説明をしてやったときも感謝の一言も無かった。こやつに術をかけてしまえば楽なのだが、戦場での勘が鈍ってしまっては元も子もない。
チリン――鈴の音が鳴った。
「静御前、ネズミが紛れ込んだようだ。もてなしてやれ――義経様はここにいてください。新兵器の試し撃ちをお見せします」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(熊若視点)
熊若はまだ木の上から降りずに神社の中を伺っていた。
――好機かもしれない。いや、静御前が去った後のほうが……。
義経たちが霧の神社に入ってしまった後も、潜入するかどうか決めかねていた。
そのとき、一人の女が霧の神社に向かって歩いてきた。長旅をしてきたのか、衣服は汚れている。笠を取り、神社を見あげる女の顔を見て、熊若は思わず声を上げた。
「蓮華ちゃん!」
熊若は木から飛び降りると、蓮華の元へ走り出した――。
「留守居させられて、不満そうだな」
脇息にもたれかかった義経の横で、愛妾の静御前が酌をしている。
義経の前には硬い表情の熊若が座っていた。
静御前が義経の妾になってからは、熊若は義経の護衛から外され、屋敷全体の警備に回された。外に出かけるときは、静御前が男装して側についた。
「初めはそう思いましたが、今は感謝していますよ。出雲大社とは戦いたくはありませんから――」
「――ほう、なぜ出雲大社に行ったと思う」
「100人も連れて行って、情報が洩れないとでも?」
義経が静御前を見る。
「申し訳ございません」
静御前は手をついて謝った。
熊若が静御前を横目で見ながら言う。
「催眠術は人によってかかり具合が違うようですね。静御前にあまり期待をされるのは危険かと」
静御前が熊若を睨む。静御前から殺気が漏れ出る。
「よせ! 熊若との別れの日につまらぬことで争うな」
熊若は木曽義仲を逃がすために、1年間、義経の家人になると約束した。その期間が終わったのだ。義経はこのまま本当の家人になるよう口説いていたが、熊若は最後まで首を縦に振ることはなかった。
「出雲大社に戻るのか?」
「少し、京を見てから帰ろうと思います。僕を捕まえますか?」
昨年8月に義経は朝廷から検非違使別当(警視庁長官)に任命されていた。
「ふっ、私を試しているのか? 平家と出雲大社の二正面作戦をするほど愚かではない。貴様を捕えれば鬼一法眼が黙っていない。そうだろう?」
「買いかぶりすぎです」
「静はもう下がれ。熊若とは今生の別れになるかもしれぬ。今宵は2人で語り合いたい。盗み聞きもならぬ。よいな!」
「――わかりました。寝所でお待ちしております」
静御前が去った後、義経と熊若は朝まで語り合った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(熊若視点)
翌日、熊若は義経屋敷を出ると、京のはずれにある霧の神社に向かった。
義経と出雲大社国へ向かった兵のうち数名が、人をさらってきたと言ったからだ。ただし、誘拐した人間が誰なのか、どうしてそこへ運んだのかは、まったく記憶に無いという。
――誰ひとりとして覚えていない。静御前より強い催眠だ。そのような術を使えるのは安倍国道、唯一人。しかし、あの屋敷にうかつに近づくのは……。あれは!
熊若が木の上から屋敷を伺っていると、馬に乗った義経と静御前が霧の神社に入っていく姿が見えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(安倍国道視点)
義経を霧の神社・本殿裏に並ぶ倉の一つを改造した鍛冶場に案内すると、感嘆の声をあげた。
「さらってきた鍛冶職人が逃げずに働いている……。催眠の術とは恐ろしいものだな。陰陽師殿は神のような力をお持ちだ」
「恐れ多いことです。しかし、催眠で操れる人は千にすら届きません。義経様は戦場で万の兵を操ります。神と呼ぶならば、義経様のほうが相応しいかと。それゆえに巫女をお側に仕えさせました」
――英雄を操るために。
「静御前は素晴らしい女だ。歌舞のほかにもわしを満足させてくれる。おかげで鎌倉から押し付けられた正室の元へは、全然、通えておらぬ」
義経はそう言って笑った。静御前は頬を赤らめる。
「ところで、新兵器はいつ出来る?」
「連れてきた鍛冶職人もこれは造ったことが無いと言っております。数を作るのにはしばらくは時間がかかるかと」
「なんだと! それでは平家との戦に間に合わぬではないか! 約束が違う!」
義経は癇癪を起した。静御前がなだめる。
「申し訳ありませぬ」
安倍国道は頭を下げる。
――傲慢な男だ。蒸気機関の説明をしてやったときも感謝の一言も無かった。こやつに術をかけてしまえば楽なのだが、戦場での勘が鈍ってしまっては元も子もない。
チリン――鈴の音が鳴った。
「静御前、ネズミが紛れ込んだようだ。もてなしてやれ――義経様はここにいてください。新兵器の試し撃ちをお見せします」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(熊若視点)
熊若はまだ木の上から降りずに神社の中を伺っていた。
――好機かもしれない。いや、静御前が去った後のほうが……。
義経たちが霧の神社に入ってしまった後も、潜入するかどうか決めかねていた。
そのとき、一人の女が霧の神社に向かって歩いてきた。長旅をしてきたのか、衣服は汚れている。笠を取り、神社を見あげる女の顔を見て、熊若は思わず声を上げた。
「蓮華ちゃん!」
熊若は木から飛び降りると、蓮華の元へ走り出した――。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
なぜか異世界に幼女で転生してしまった私は、優秀な親の子供だったのですが!!
ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
私は中学三年生の普通の女の子だ。
友人や家族に恵まれて幸せに暮らしている。
ただ、最近ライトノベルと呼ばれる本にハマってしまい、勉強が手につかなくなってしまった。
そのことが原因で受験の方に意識が向かなくなり、こちらに集中してしまうようになっていたのだ。
このままではいけないと思いつつも、私は本を読むことをやめることができないでいた。
...、また今度考えよう...、今日はもう寝ることにする。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます
銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。
死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。
そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。
そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。
※10万文字が超えそうなので、長編にしました。

偽物の侯爵子息は平民落ちのうえに国外追放を言い渡されたので自由に生きる。え?帰ってきてくれ?それは無理というもの
つくも茄子
ファンタジー
サビオ・パッツィーニは、魔術師の家系である名門侯爵家の次男に生まれながら魔力鑑定で『魔力無し』の判定を受けてしまう。魔力がない代わりにずば抜けて優れた頭脳を持つサビオに家族は温かく見守っていた。そんなある日、サビオが侯爵家の人間でない事が判明した。妖精の取り換えっ子だと神官は告げる。本物は家族によく似た天使のような美少年。こうしてサビオは「王家と侯爵家を謀った罪人」として国外追放されてしまった。
隣国でギルド登録したサビオは「黒曜」というギルド名で第二の人生を歩んでいく。

転生して何故か聖女なった私は、婚約破棄されたうえに、聖女を解任される。「え?」 婚約者様。勝手に聖女を解任して大丈夫? 後は知りませんよ
幸之丞
ファンタジー
聖女のお仕事は、精霊のみなさまに助けてもらって国を守る結界を展開することです。
この世界に転生した聖女のエリーゼは、公爵家の子息と婚約しています。
精霊から愛されているエリーゼは、聖女としての能力も高く、国と結界を維持する組織にとって重要な立場にいます。
しかし、ある夜。エリーゼは、婚約破棄されます。
しかも婚約者様が、勝手に聖女の任を解いてしまうのです。
聖女の任を解かれたエリーゼは「ラッキー」と喜ぶのですが……
この国『ガイスト王国』は、どの様なことになるのでしょう。
――――――――――――――――
この物語を見つけていただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ、嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる