71 / 136
8.源氏の将星編
第62話(1184年12月) 備前の戦い⑤・謎の騎馬隊
しおりを挟む
(出雲大社軍神楽隊・蓮華視点)
機甲隊の裏では、謎の騎馬隊の奇襲により神楽隊の小隊が次々と襲われていた。
「もー、なんで弱いメンバーの小隊ばかり敵に当たるの! ツイてないわ!」
崩れた小隊の兵が逃げ散ることで、混乱が少しずつ全軍に広がろうとしていた。
「蓮華隊! 前に出るわよ! あんな少数の敵、跳ね返してやるんだから」
だが敵の騎馬隊は蓮華にはぶつからず、直前で右に曲がると違うメンバーの小隊に向かっていった。足の遅い神楽隊では追いつけない。
「んもう! 憎らしい!――えっ、この香りは?」
蓮華隊の前列の兵が手をだらりと下げ、槍を地面に落としていた。蓮華の顔色が変わる。
「みんな、聞いて! 甘い香りを嗅がないよう布で顔を抑えるの。眠くなった人は腕に槍を刺してでもいいから痛みを感じて!――伝令! スサノオ様に伝えて! 甘い香りの敵と言えばわかるはず!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(謎の騎馬隊視点)
「おもしろい。濃い赤色がどんどん薄くなっている――もう止めていいぞ、静。みな口に当てている布を外せ。スースーするのもツライだろう」
蓮華隊を振り返って義経は言った。ミントを入れた覆面を取る。
弁慶隊が戻ってきて義経に襲い掛かってきたが、静御前がクナイを投げて倒した。
「凄腕だな。護衛の熊若がもうすぐ去ってしまうが、静がいれば安心だ。後はあの走る鉄塊だが――」
「安倍国通様に聞けば、あれが何なのかはわかるやもしれません」
「うむ。陰陽師殿は何でも知っているからな」
義経は何かに気づいたように遠くを見た。
「凄い気だ――鬼一法眼か? 火柱がこちらに向かってくるようだ」
「殿、あの男は危険です。静でも守り切れる自信はございません」
「――そうか。わかった。源氏軍の逃げる時も稼いだ。戦場から離れよう。陰陽師殿への土産も取りに行かねばならぬからな」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(出雲大社軍・貴一視点)
「逃げ足のはえー野郎ですね。もう見えなくなっちまった」
楊柳は謎の騎馬隊が消えた方向に手をかざして言った。
――誰だったんだ。安倍か? 静御前か?
「源氏軍も逃げてしまったね。全軍に伝えろ。備中国へ引き上げる」
「えー、この勢いで備前国を奪っちまいましょうよ」
「今の奴らが夜襲をかけてくるとやっかいだ。それに思ったより負傷者が多い」
出雲大社軍はカグヅチストーブを回収すると、備中国への帰途についた。
源氏軍の死傷者は3万のうち1万5000。出雲大社軍は2万のうち3000を失って、備前国での戦いは幕を閉じた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
備前の戦から一カ月後。備中国府庁舎の一室
「平家と戦わないというのであれば、源氏軍に行くぞ」
貴一に真っ黒に焼けた顔を近づけて話す男は、1181年以来、ずっと反平家の旗を掲げ、ゲリラのように抵抗を続けている伊予の河野通信だ。年は28歳。平家に討たれた父の後を継ぎ、海の武士ともいえる伊予水軍を率いている。
平家の勢力圏である瀬戸内海で、4年近く戦い抜いていることだけとっても、水軍運用の非凡さがうかがえる。貴一もその才能が欲しく、兵糧の援助をしていた。
貴一は目を下にそらしながら、膳に箸を伸ばす。
「いつもながら、通信殿が持ってくる鯛は美味いねー。やっぱ鯛は瀬戸内だな」
「ごまかすな。平家を倒せば、二度と鯛を食べたくないと思うほど、漁ってきてやる」
「うーん、嫌だってワケじゃないんだ。備前の戦いが終わったら九州の太宰府を攻めるつもりだったし。だけどねえ――」
「煮え切らんな――実は源義経から誘いが来ている。源氏の水軍に加わり、ともに平家を討とうと。働けば伊予国も与えると言ってくれた」
出雲大社国の民は私有地を持たない。豪族もいない。幹部・軍人も官僚が建前である。だから、貴一は援助をしても領土の確約はしなかった。
「スサノオ殿は気前がいいのかケチなのか? 平家を倒すのか倒さないのか? ハッキリしろ! わしは海の男。わかりづらいのは嫌いだ」
「えーっとね。迷っているワケじゃないんだ」
「もういい! わしは源義経の軍に加わることにする!」
河野通信は立ち上がると、荒々しく足音を立てて出て行った。
――そりゃ、怒るよなあ。でも正直には話せないよ。軍がゴタゴタしていて攻めるどころじゃないなんてね……。
国府庁舎の役人が部屋に入ってきた。
「長明様が大広間でお待ちです。すでに、弁慶様、木曽義仲様は来ておられます」
「わかった。今、行くよ……」
貴一は立ち上がると重い足取りで、長明が待つ広間に向かっていった――。
機甲隊の裏では、謎の騎馬隊の奇襲により神楽隊の小隊が次々と襲われていた。
「もー、なんで弱いメンバーの小隊ばかり敵に当たるの! ツイてないわ!」
崩れた小隊の兵が逃げ散ることで、混乱が少しずつ全軍に広がろうとしていた。
「蓮華隊! 前に出るわよ! あんな少数の敵、跳ね返してやるんだから」
だが敵の騎馬隊は蓮華にはぶつからず、直前で右に曲がると違うメンバーの小隊に向かっていった。足の遅い神楽隊では追いつけない。
「んもう! 憎らしい!――えっ、この香りは?」
蓮華隊の前列の兵が手をだらりと下げ、槍を地面に落としていた。蓮華の顔色が変わる。
「みんな、聞いて! 甘い香りを嗅がないよう布で顔を抑えるの。眠くなった人は腕に槍を刺してでもいいから痛みを感じて!――伝令! スサノオ様に伝えて! 甘い香りの敵と言えばわかるはず!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(謎の騎馬隊視点)
「おもしろい。濃い赤色がどんどん薄くなっている――もう止めていいぞ、静。みな口に当てている布を外せ。スースーするのもツライだろう」
蓮華隊を振り返って義経は言った。ミントを入れた覆面を取る。
弁慶隊が戻ってきて義経に襲い掛かってきたが、静御前がクナイを投げて倒した。
「凄腕だな。護衛の熊若がもうすぐ去ってしまうが、静がいれば安心だ。後はあの走る鉄塊だが――」
「安倍国通様に聞けば、あれが何なのかはわかるやもしれません」
「うむ。陰陽師殿は何でも知っているからな」
義経は何かに気づいたように遠くを見た。
「凄い気だ――鬼一法眼か? 火柱がこちらに向かってくるようだ」
「殿、あの男は危険です。静でも守り切れる自信はございません」
「――そうか。わかった。源氏軍の逃げる時も稼いだ。戦場から離れよう。陰陽師殿への土産も取りに行かねばならぬからな」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(出雲大社軍・貴一視点)
「逃げ足のはえー野郎ですね。もう見えなくなっちまった」
楊柳は謎の騎馬隊が消えた方向に手をかざして言った。
――誰だったんだ。安倍か? 静御前か?
「源氏軍も逃げてしまったね。全軍に伝えろ。備中国へ引き上げる」
「えー、この勢いで備前国を奪っちまいましょうよ」
「今の奴らが夜襲をかけてくるとやっかいだ。それに思ったより負傷者が多い」
出雲大社軍はカグヅチストーブを回収すると、備中国への帰途についた。
源氏軍の死傷者は3万のうち1万5000。出雲大社軍は2万のうち3000を失って、備前国での戦いは幕を閉じた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
備前の戦から一カ月後。備中国府庁舎の一室
「平家と戦わないというのであれば、源氏軍に行くぞ」
貴一に真っ黒に焼けた顔を近づけて話す男は、1181年以来、ずっと反平家の旗を掲げ、ゲリラのように抵抗を続けている伊予の河野通信だ。年は28歳。平家に討たれた父の後を継ぎ、海の武士ともいえる伊予水軍を率いている。
平家の勢力圏である瀬戸内海で、4年近く戦い抜いていることだけとっても、水軍運用の非凡さがうかがえる。貴一もその才能が欲しく、兵糧の援助をしていた。
貴一は目を下にそらしながら、膳に箸を伸ばす。
「いつもながら、通信殿が持ってくる鯛は美味いねー。やっぱ鯛は瀬戸内だな」
「ごまかすな。平家を倒せば、二度と鯛を食べたくないと思うほど、漁ってきてやる」
「うーん、嫌だってワケじゃないんだ。備前の戦いが終わったら九州の太宰府を攻めるつもりだったし。だけどねえ――」
「煮え切らんな――実は源義経から誘いが来ている。源氏の水軍に加わり、ともに平家を討とうと。働けば伊予国も与えると言ってくれた」
出雲大社国の民は私有地を持たない。豪族もいない。幹部・軍人も官僚が建前である。だから、貴一は援助をしても領土の確約はしなかった。
「スサノオ殿は気前がいいのかケチなのか? 平家を倒すのか倒さないのか? ハッキリしろ! わしは海の男。わかりづらいのは嫌いだ」
「えーっとね。迷っているワケじゃないんだ」
「もういい! わしは源義経の軍に加わることにする!」
河野通信は立ち上がると、荒々しく足音を立てて出て行った。
――そりゃ、怒るよなあ。でも正直には話せないよ。軍がゴタゴタしていて攻めるどころじゃないなんてね……。
国府庁舎の役人が部屋に入ってきた。
「長明様が大広間でお待ちです。すでに、弁慶様、木曽義仲様は来ておられます」
「わかった。今、行くよ……」
貴一は立ち上がると重い足取りで、長明が待つ広間に向かっていった――。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
35
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる