51 / 136
6.木曽義仲編
第44話(1183年9月) 熊若の策
しおりを挟む
(弁慶視点)
「一人でも多くの敵兵が減ってくれると良いのだが……」
義仲軍の野営場所に火矢を打ち込んでいる弁慶隊を見ながら弁慶は言った。
「欲を出すと危険です。敵は狼と呼ばれている凶暴な軍。少しでも敵が動く気配を感じたら退き鐘を鳴らします」
副官の水月が弁慶に念を押す。3つの道から各200の兵が火矢を放っていた。鎧は騎乗の隊長格しか着けさせていない。身軽にして早く逃げるためと、闇の中で、敵味方の区別をわかりやすくするためだ。
「敵が落ち着きをみせてきました。鐘を鳴らせ!」
水月の報告を受け、弁慶が弁慶隊に命ずる。
「みな弓を惜しむな! 捨てて砦に戻れ! 静かに! 一目散に逃げるのだ!」
弁慶隊が逃げ始めると、敵は声を上げながら追ってきた――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
(木曽義仲視点)
義仲軍が弁慶隊の追撃を始めてから1時間後。
――もう少し騎馬隊を手元に置けば良かったか。
山砦まで半分の距離、横道を10本過ぎたあたりで、木曽義仲は後悔していた。
敵の後ろ姿は見えるのだが、距離がまったく縮まらない。数騎、敵に向けて放ってはみたが、敵の殿が強く、簡単に倒されてしまった。
――だが、兼平と巴の騎馬隊の速さなら、充分先回りできる。そうなれば袋の鼠だ。
ほくそ笑む義仲だったが、軍が横道の18本目を過ぎると、首をかしげていた。
――おかしい、なぜ兼平は敵の裏に回っておらぬ? もう歩兵が砦に着いてしまうぞ。
義仲軍の後方が騒がしくなった。騎馬の側近に声をかける。
「敵の伏兵か? すぐに調べさせよ。だが、軍の前進は止めてはならぬ。もうすぐ水田地帯を抜ける」
最後になる20本目の横道を過ぎたところで、側近が戻ってきた。
「後方にいたのは敵ではなく、左右の道を進んでいた味方でした。道が大きな鉄の塊で塞がれていたため、こちらの道に合流したようです」
「大きな鉄の塊? 村には置いてはあれか。それがなぜ道にある?」
側近が前を見て叫ぶ。
「将軍! 出口の先に敵が!」
水田を抜ける道の出口には敵軍が陣を敷いて待ち構えていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
(今井兼平視点)
「また鉄の塊だ。前にも右にも進めぬ」
今井兼平は、騎馬隊に左に進むよう指示を出す。これで何度目だろう。兼平は左へ左へと軍をそらされていた。馬を走らせながら兼平は考える。
――敵の策だとしたら、巴も右にそらされていることになる。一度戻って義仲様の後を追うか? だが、水田を抜けてしまえば山のすそ野だ。鉄の塊で道を塞ぐことはできぬ。どちらが早い?
―――――――――――――――――――――――――――――――――
(弁慶視点)
水田を抜ける出口で弁慶が叫ぶ。
「敵兵を狙うヒマがあるのなら、1本でも多く矢を放て! 道に敵が密集している。射れば必ず当たる! 前衛! 敵を道の出口から展開させるなよ!」
弁慶隊が道から出てくる義仲軍を迎え撃つ。義仲軍6000に対し、弁慶軍は3500だが、1つの道から出てくる義仲軍はせいぜい数百程度なので、弁慶隊としては数で圧倒している。さらに言えば、義仲軍は左右の道から兵が流れ込んで大渋滞を起こし、混乱の度を深めていた。
道から押し出されたり、水田に入って攻めてくる兵に対しては、鉄投げ隊が狙い打つことになっている。
――この分だと1000ぐらいは討ち取れそうだ。後は熊若次第だな。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
(木曽義仲視点)
味方が次々と矢に倒れていくのを見ながら、義仲は唇を噛んでいた。
先鋒部隊に待ち構えている敵を突き破れと命じているが、倒れた味方まで障害になって、出口の外に出て行くことが困難だった。
――このぶんでは突破もままならない。一度、退いて建て直したいところだが……。
一本道に兵が密集している状態では進むも退くも容易ではなかった。兵の多さが逆に邪魔になっている。
――どうせ、このまま兵を失うのなら!
義仲は大声で叫んだ。
「我が狼に命ずる! 前に進めなければ、田に入れ! 鉄の塊が邪魔なら乗り越えろ!」
――そうだ。道に拘る必要などない。犠牲は出るが、敵の守りは分散される。そうなれば突破口も開くはず。
密集していた義仲軍が再び3本の道に分かれていった。
だが、後方が再び騒がしくなる。
「なんだ。兼平か巴が戻ってきたのか?」
だが、遠くから聞こえてくる叫び声は、義仲を驚愕させた。
「伏兵がいた!」
「敵襲!」
「敵の騎馬隊だ!」
――敵にも騎馬隊がいたのか? いたとしても隠れる場所などなかったはずだ!
軍と同じく、義仲の頭の中も混乱に陥った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
(熊若視点)
「敵は田に落とすだけでいい! 殺そうとして、速さを殺すな!」
義仲軍の後方から襲い掛かった熊若騎馬隊の勢いを避けるように、義仲軍の兵たちは左右の水田に飛び込んでいた。
――そうだ。騎馬は水田には入らない。混乱が収まるまで安全な場所に逃げるといい。
「道は開いた! 援軍が戻るまでに義仲の首を取る!」
「一人でも多くの敵兵が減ってくれると良いのだが……」
義仲軍の野営場所に火矢を打ち込んでいる弁慶隊を見ながら弁慶は言った。
「欲を出すと危険です。敵は狼と呼ばれている凶暴な軍。少しでも敵が動く気配を感じたら退き鐘を鳴らします」
副官の水月が弁慶に念を押す。3つの道から各200の兵が火矢を放っていた。鎧は騎乗の隊長格しか着けさせていない。身軽にして早く逃げるためと、闇の中で、敵味方の区別をわかりやすくするためだ。
「敵が落ち着きをみせてきました。鐘を鳴らせ!」
水月の報告を受け、弁慶が弁慶隊に命ずる。
「みな弓を惜しむな! 捨てて砦に戻れ! 静かに! 一目散に逃げるのだ!」
弁慶隊が逃げ始めると、敵は声を上げながら追ってきた――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
(木曽義仲視点)
義仲軍が弁慶隊の追撃を始めてから1時間後。
――もう少し騎馬隊を手元に置けば良かったか。
山砦まで半分の距離、横道を10本過ぎたあたりで、木曽義仲は後悔していた。
敵の後ろ姿は見えるのだが、距離がまったく縮まらない。数騎、敵に向けて放ってはみたが、敵の殿が強く、簡単に倒されてしまった。
――だが、兼平と巴の騎馬隊の速さなら、充分先回りできる。そうなれば袋の鼠だ。
ほくそ笑む義仲だったが、軍が横道の18本目を過ぎると、首をかしげていた。
――おかしい、なぜ兼平は敵の裏に回っておらぬ? もう歩兵が砦に着いてしまうぞ。
義仲軍の後方が騒がしくなった。騎馬の側近に声をかける。
「敵の伏兵か? すぐに調べさせよ。だが、軍の前進は止めてはならぬ。もうすぐ水田地帯を抜ける」
最後になる20本目の横道を過ぎたところで、側近が戻ってきた。
「後方にいたのは敵ではなく、左右の道を進んでいた味方でした。道が大きな鉄の塊で塞がれていたため、こちらの道に合流したようです」
「大きな鉄の塊? 村には置いてはあれか。それがなぜ道にある?」
側近が前を見て叫ぶ。
「将軍! 出口の先に敵が!」
水田を抜ける道の出口には敵軍が陣を敷いて待ち構えていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
(今井兼平視点)
「また鉄の塊だ。前にも右にも進めぬ」
今井兼平は、騎馬隊に左に進むよう指示を出す。これで何度目だろう。兼平は左へ左へと軍をそらされていた。馬を走らせながら兼平は考える。
――敵の策だとしたら、巴も右にそらされていることになる。一度戻って義仲様の後を追うか? だが、水田を抜けてしまえば山のすそ野だ。鉄の塊で道を塞ぐことはできぬ。どちらが早い?
―――――――――――――――――――――――――――――――――
(弁慶視点)
水田を抜ける出口で弁慶が叫ぶ。
「敵兵を狙うヒマがあるのなら、1本でも多く矢を放て! 道に敵が密集している。射れば必ず当たる! 前衛! 敵を道の出口から展開させるなよ!」
弁慶隊が道から出てくる義仲軍を迎え撃つ。義仲軍6000に対し、弁慶軍は3500だが、1つの道から出てくる義仲軍はせいぜい数百程度なので、弁慶隊としては数で圧倒している。さらに言えば、義仲軍は左右の道から兵が流れ込んで大渋滞を起こし、混乱の度を深めていた。
道から押し出されたり、水田に入って攻めてくる兵に対しては、鉄投げ隊が狙い打つことになっている。
――この分だと1000ぐらいは討ち取れそうだ。後は熊若次第だな。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
(木曽義仲視点)
味方が次々と矢に倒れていくのを見ながら、義仲は唇を噛んでいた。
先鋒部隊に待ち構えている敵を突き破れと命じているが、倒れた味方まで障害になって、出口の外に出て行くことが困難だった。
――このぶんでは突破もままならない。一度、退いて建て直したいところだが……。
一本道に兵が密集している状態では進むも退くも容易ではなかった。兵の多さが逆に邪魔になっている。
――どうせ、このまま兵を失うのなら!
義仲は大声で叫んだ。
「我が狼に命ずる! 前に進めなければ、田に入れ! 鉄の塊が邪魔なら乗り越えろ!」
――そうだ。道に拘る必要などない。犠牲は出るが、敵の守りは分散される。そうなれば突破口も開くはず。
密集していた義仲軍が再び3本の道に分かれていった。
だが、後方が再び騒がしくなる。
「なんだ。兼平か巴が戻ってきたのか?」
だが、遠くから聞こえてくる叫び声は、義仲を驚愕させた。
「伏兵がいた!」
「敵襲!」
「敵の騎馬隊だ!」
――敵にも騎馬隊がいたのか? いたとしても隠れる場所などなかったはずだ!
軍と同じく、義仲の頭の中も混乱に陥った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
(熊若視点)
「敵は田に落とすだけでいい! 殺そうとして、速さを殺すな!」
義仲軍の後方から襲い掛かった熊若騎馬隊の勢いを避けるように、義仲軍の兵たちは左右の水田に飛び込んでいた。
――そうだ。騎馬は水田には入らない。混乱が収まるまで安全な場所に逃げるといい。
「道は開いた! 援軍が戻るまでに義仲の首を取る!」
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜
西園寺わかば
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。
どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。
- カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました!
- アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました!
- この話はフィクションです。
なぜか異世界に幼女で転生してしまった私は、優秀な親の子供だったのですが!!
ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
私は中学三年生の普通の女の子だ。
友人や家族に恵まれて幸せに暮らしている。
ただ、最近ライトノベルと呼ばれる本にハマってしまい、勉強が手につかなくなってしまった。
そのことが原因で受験の方に意識が向かなくなり、こちらに集中してしまうようになっていたのだ。
このままではいけないと思いつつも、私は本を読むことをやめることができないでいた。
...、また今度考えよう...、今日はもう寝ることにする。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます
銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。
死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。
そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。
そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。
※10万文字が超えそうなので、長編にしました。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
お人好し底辺テイマーがSSSランク聖獣たちともふもふ無双する
大福金
ファンタジー
次世代ファンタジーカップ【ユニークキャラクター賞】受賞作
《あらすじ》
この世界では12歳になると、自分に合ったジョブが決まる。これは神からのギフトとされこの時に人生が決まる。
皆、華やかなジョブを希望するが何に成るかは神次第なのだ。
そんな中俺はジョブを決める12歳の洗礼式で【魔物使い】テイマーになった。
花形のジョブではないが動物は好きだし俺は魔物使いと言うジョブを気にいっていた。
ジョブが決まれば12歳から修行にでる。15歳になるとこのジョブでお金を稼ぐ事もできるし。冒険者登録をして世界を旅しながらお金を稼ぐ事もできる。
この時俺はまだ見ぬ未来に期待していた。
だが俺は……一年たっても二年たっても一匹もテイム出来なかった。
犬や猫、底辺魔物のスライムやゴブリンでさえテイム出来ない。
俺のジョブは本当に魔物使いなのか疑うほどに。
こんな俺でも同郷のデュークが冒険者パーティー【深緑の牙】に仲間に入れてくれた。
俺はメンバーの為に必死に頑張った。
なのに……あんな形で俺を追放なんて‼︎
そんな無能な俺が後に……
SSSランクのフェンリルをテイム(使役)し無双する
主人公ティーゴの活躍とは裏腹に
深緑の牙はどんどん転落して行く……
基本ほのぼのです。可愛いもふもふフェンリルを愛でます。
たまに人の為にもふもふ無双します。
ざまぁ後は可愛いもふもふ達とのんびり旅をして行きます。
もふもふ仲間はどんどん増えて行きます。可愛いもふもふ仲間達をティーゴはドンドン無自覚にタラシこんでいきます。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる