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5.源氏旗揚げ編

第37話(1181年3月) 反対多数

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 因幡国・国府新庁舎

 貴一と鴨長明は早馬の報告を信じられなかった。貴一が知る平家の動員能力は多く見積もっても4万。しかもその戦力の大半は近江や美濃で戦っていた。
 すぐに貴一は弁慶隊と民兵に召集をかけ、熊若騎馬隊に偵察を命じた。

「10万は平家のハッタリだとしても、今の因幡国では防御の備えが無い。馬ノ山城がある伯耆国へ退くことも考えなないと。京から因幡国までだと、軍の速さなら5日で来る」

 その後、早馬が国府庁舎に続報を持ってくると、詳細がわかってきた。
 こちらに迫っているのは軍では無く流民の群れで、先頭には赤禿あかかむろと陰陽師が煙を炊きながら先導しているらしい。

「赤禿? だとしたら時忠様の策か。陰陽師も協力しているとなると、やっかいだね」

「因幡国に着けば米が食える。民はそれを合言葉に進んでいるようです。飢えた民なので軍ほどの速さは無いにしても、7日もあれば因幡国に入ってくるでしょう」

 貴一が京に潜入したとき、飢えている民がそこらじゅうにいた。元々、京の民は地方の米で生活している都市生活者である。干ばつに動乱とくれば、たちまち飢える。

――あのときは、平家も大変だなあ、と人ごとのように思っていたが……。飢民を都から一掃させ、兵の代わりに出雲大社へぶつけてくるとは、時忠様もえげつない。

「長明、備蓄してある米は? 流民をどのぐらい食わせられる?」

「10万石。もって半年かと」

「それなら、次の収穫まで繋げられるね」

「正気ですか? 備蓄の無くなった翌年はどうします? 伯耆・因幡両国の開墾に全力を注いだとしても流民まで食べさせられるようにするには少なくとも3年はかかります」

「うーん、しょうがない。民には悪いけど、以前のように、一人あたりの配給を年間2石から1.5石に戻そう」

 貴一が集まった弁慶隊と民兵の幹部に配給米について相談すると、みな難色を示した。

 それどころか、情報が漏れて、集結せた兵たちから緊急動議が出された。貴一が出雲大社を治めてからは、初めてのことだった。
 国府庁舎前に集まった兵の前で発議した男が大声で叫ぶ。

「流れてくる民のために米を減らされることを良しとするかどうか!」

 反対意見である「いわれ無し」の声が、兵や民兵から次々と発せられた。中には「流民など殺してしまえ!」という声もあった。貴一は困った顔で弁慶を見たが、黙って首を振るだけだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 国府新庁舎内

「鬼一。とりあえず、兵たちに今まで通り、食の配給を行うと宣言しろ。そうでないと暴動がおきかねん」

「出雲大社の民はこれまで懸命に働いてきました。良民の支持を失えば国の根幹が崩れます」

 弁慶と長明は口をそろえて流民の受け入れを反対した。

――これが広元が言っていた出雲大社の弱点ってわけか。こうも言っていたな、中華の歴史が変わるときは人口の半分が死んだ。覚悟を見せろと。俺が殺戮をした因幡で今度は流民を虐殺しろというのか……。いいだろう、見せてやる。お前とは違う覚悟を!

「出雲大社が成長したのは移民の力も大きいのは長明も知っているだろう。ここで見殺しにしたら、今後、出雲大社に移民は来なくなる! 国の成長が止まる! それでいいのか?」

「崩壊するよりはましです。情に流されて、国を誤ってはいけません」

 長明は煽りに乗らず、冷徹に答えた。弁慶も同意する。

 その場を沈黙が支配した。しばらくして貴一が口を開いた。

「伯耆国と因幡国の間に柵を並べて関所を作ろう。流民を通れないようにするんだ」

「良いご判断です。占領したばかりの因幡国を捨てるのは惜しいですが仕方ありません」

「違う。流民は助ける。出雲大社の食も守る。長明、すぐに備蓄米をここに持ってきてくれ」

「何と! いずれ見捨てざるを得ない、飢民に配ってどうするのです」

「見捨てないよ。弁慶、関所ができたら、民兵に飢民を収容できる簡単な小屋を建てさせるんだ。田植え前までに完了させてほしい」

「民兵はそうするとして、弁慶隊は何をする?」

「流民を引き連れて食料の確保をしてもらう。
増えすぎたヤギ。
農耕していた牛の半分。
水田のイナゴ。
沿岸の魚。
肉、昆虫、魚、野草、食べられそうなものを取ってきて飢民の食料にする。半年分しかない食料を可能なだけ伸ばすんだ」

「戦もせずに狩猟か。軍の仕事とは言えんな。攻められたらどうする?」

「これはすでに戦だよ。平家が仕掛けた兵糧攻めだ。それに飢民だらけの国など誰も攻めはしない」

 社会主義国家で必ずといっていいほど起こるのが食糧危機だ。だからこそ、貴一は知識チートによる開拓を行い、食糧増産に力を入れていた。だが、ここに来て行き詰まろうとしていた。

「半年だけ留守にするね」

そう言い残すと、貴一は因幡国を後にした――。
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