34 / 136
4.戦うアイドル編
第29話(1177年5月) 鹿ケ谷事件の真犯人
しおりを挟む
出雲国・水田地帯
リクエストにできるだけ応えたいという蓮華の考えで、2つにチーム分けをして公演数を増やした。回り切れない村には稲刈り時期にライブをすることで納得してもらった。
貴一は舞台設営を手伝った後は、田植えに積極的に参加することにしている。
――指導者が農民とともに農作業をするって、チェ・ゲバラっぽいよな、俺。
貴一が自己満足に浸っているとライブが始まった。殺気だった戦場と違い、女性もいるため曲のテンポもゆったりで、楽しい歌になっている。田植えは長時間、延々と行うため。テンションアゲアゲで行くと農民が疲れてしまうからだ。
――うんうん、いい選曲だ。男だけじゃなく女性ファンを獲得してこそトップアイドルだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
第1回出雲横断ライブツアーは村人の評判も上々で無事終わった。
今日は貴一が打ち上げといって神楽隊の宿舎で御馳走をふるまっていた。
「ツアーは大成功だったね! もう、田植えも終わったし、京へ遠征に行く前に、いっちょでっかいライブでもやっちゃおうか!」
名プロデューサー気分で貴一が浮かれていると、輿に乗って鴨長明がやってきた。
貴一の耳元でささやく。
「京都で政変が起こりました。平家打倒の密謀が発覚し、京は平家の兵であふれかえっているようです」
――鹿ケ谷事件だな。あれって今年だっけ? あっぶねえー、マジあぶねー。年表の記憶があいまいなんだよなあ。田植え時期に遠征に行かなくて良かったー。
「やはりな――予言通りだ」
貴一は動揺をさとられないように顔を天に向けて言った。
「知っておられたのですね。ということは、今回の遠征は――」
小声で話している二人を見て、蓮華が空気の異変を感じたのだろう。不安げな顔をしてやってきた。
「長明様、遠征に関係がある話?」
「そうだ。京で事件が起こった。スサノオ様は神楽隊の遠征を利用して、偵察を行おうと前々から考えておられたようだ」
――いや、そんなつもりじゃ……。ん? 犬猿の仲の2人がなぜ普通に話している?
「えー、隠してたんですか! 神楽隊は女の子だけなんですよ。護衛はどうするんです? 弁慶も熊若くんも長門国に戦いに行っていないんでしょ」
「俺がいる。30人程度なら目が届く。隠してたのは、まあ悪かったが」
――実際はわかっていなかっただけなんだけどね。
「スサノオ様も隠し事があったんですね。あー、良かった。だったら、おあいこですね! みんなー、出ておいでー!」
わらわらと巫女姿の少女たちが出てきた。100人近くいる。
「な、なんだ!? この巫女たちは」
「この子たちは、神楽隊の研修生です。石見国・長門国の戦いで行き場のなくなった巫女と、私たちに憧れて志願してきた子です。いつ言おうか、ずーっと悩んでいたんですけど、スサノオ様も隠し事をしていましたから、お互い様ってことでいいですよね!」
「はあ? ちょっと待て! 研修生って何だ! 増やしすぎだろ! な、長明!」
「――戦場での神楽隊の働きを見て考えを改めました。そして、スサノオ様はここまで考えて神楽隊を作ったのかと、この長明、感嘆しました。神楽隊を増やすことに異論はございません」
――物分かりいいな、おい!
だが、2人が普通に話していた理由がこれで分かった。神楽隊の戦場での働きを長明が認めたからだ。
「むう……。長明が良いというのなら、まあいいか」
巫女たちから歓声が起こった。
「しかし、この人数を止める宿が、今の混乱した京都にあるかなー」
「勝手知ったる、鞍馬寺で良いのでは? 貢物と脅しの文を送っておきましょう」
長明は意地の悪い笑みを浮かべながら言った――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
神楽隊は6月中旬に出雲を発ち、7月頭に鞍馬寺についた。結局、貴一は130名の少女のお守りは無理だといって、弁慶隊から百人隊長の持経と20名の歩兵、鉄投げ隊から10名を借りてきている。
鞍馬寺の境内を見渡すと貴一は舌打ちをした。
「ったく、久しぶりに帰ってきたのに、みんな引きこもって、誰も建物の中から出て来やしない。感じの悪い高僧だ。昔と全然変わってない。聞いているか! 約束通り、魔王殿の周りはすべて借りるからな!」
貴一は大声で叫んだあと、持経に言った。
「蓮華を連れて、神楽を催す神社が無いか調べてきてくれないか。できるだけ大きい神社がいい、民だけではなく貴族も観に来るような。俺も数日、京へ行ってくる――いいか、残っているものは、武技と舞の練習! サボっちゃダメだぞ!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
鞍馬山を下りた貴一は、平時忠の屋敷を訪ねた。平家に反乱しようとした貴族の刑も執行されたせいか、警戒している兵の数も少なく、京は日常に戻りつつあった。検非違使別当(警視庁長官)の時忠の手腕によるものだろう。
時忠は嫌味をこめて貴一に言う。
「わしも面の皮が厚いといわれるが貴様も負けておらんのう。平家を襲っておいて、わしを訪ねてくるとは。貴様が鞍馬寺から姿を消してから、もう3年か」
「誤解ですってば。証拠も無いのに罪人扱いしないでくさいよー。それに先月の事件、俺の文が時忠様の手柄に役立ったでしょ。実際に鹿ケ谷で陰謀があったんだから」
「ふん、そんなものは無かった」
「へ? だって、大軍を出す大騒ぎになったじゃないですか」
「わしがでっち上げた。ここのところ、平家のやり方に後白河院の周りの公卿から不満の声があがっていたのでな。専横だ、思い上がっている、とな。まったく酷い話だと思わんか」
「いや、『平家にあらずんば人にあらず』と豪語していた時忠様がそれを言うのは……。なかなかの暴言ですよ。あれ」
「敵をあぶりだすには、これぐらい傲慢なほうが良い。わしが調子に乗りすぎて足元が見えていないように見えるだろう?」
――確かに。死亡フラグが立つパターンだ。
「案の定、反平家の公家の動きは活発になった。そこで、検非違使(警察)の警戒を薄くした場所をわざと作ってやった。それが鹿ケ谷だ。貴様の場所選びの感覚だけは褒めてやる。続々と馬鹿が鹿ケ谷に集まり始めたわ。本当はもう少しあぶりだしてから、潰したかったが……」
時忠は少しだけくやしそうな顔をした。
「この春に後白河院と叡山が揉め始め、平家に叡山攻めを命令してきた。元々、平家と叡山の関係は良い。相国(平清盛)も攻撃を止めるべく、福原(神戸)から後白河院を説得にきたがお聞き入れはしなかった。逆に仲の良い叡山の味方をするのかとお怒りになられた。そうこうしているうちに、京には各国から叡山攻めの軍が続々と集まってきた。
相国は困ってわしに知恵を求めた。わしはまだ陰謀まで至っていなかった鹿ケ谷事件をでっちあげ、後白河院の側近を次々と逮捕した。結果、後白河院は叡山攻めどころでは無くなった。これが真相だ。その代わり、わしの反平家のあぶり出しは途中で終わり、反平家の根を完全に断ち切れなかった。
貴様は先ほど、証拠が無いから罪人ではない、と言っていたな。だが、証言なら拷問でいくらでも作れる。調子に乗るなよ」
時忠は凄みのある目で、貴一を睨みつけた。
「やだなー。そんなわけないじゃないですかー」
貴一は白々しく言った。
「貴様が山陰でコソ泥のように国を盗んでいるのを知らないと思っているのか?」
出雲国が流民・移民受け入れ政策を推進した時点で、国外に情報が漏れるのは覚悟していた。時忠はかなりの情報を持っているとみて間違いなかった。
貴一は持ってきた包みを広げた。中には黒い石が入っていた。
「石炭といいます。木炭より熱く燃える石です。長門国で見つけました。これから毎年、時忠様に献上します」
「――それでいい。貴様が役に立つ間は問題にはせぬ。平家がその気になれば、国の1つや2つ簡単に潰せる。平家への恩義をくれぐれも忘れるなよ」
――恩義? ほんと傲慢だわー、この人。しばらく避けたほうがいいかも。
時忠の圧をかけてくる話し合いにぐったりした貴一は、帰り際に玄関先で声をかけられた。
「もし……。いたらない父ですいません……」
「え、もしかして、蕨ちゃん。気にしないで! 全然、平気だから」
時忠の娘・蕨姫だ。
――深層の令嬢はやっぱ気品が違うね。父親と違って控えめな性格なのはいいんだけど。
「…………」
「…………」
おそろしくシャイな姫のため、会話が続かないのだ。
「じゃあ、またね。ハハッ」
貴一は間が持たなくなり、ぎごちない笑いを残して時忠邸を後にした――。
リクエストにできるだけ応えたいという蓮華の考えで、2つにチーム分けをして公演数を増やした。回り切れない村には稲刈り時期にライブをすることで納得してもらった。
貴一は舞台設営を手伝った後は、田植えに積極的に参加することにしている。
――指導者が農民とともに農作業をするって、チェ・ゲバラっぽいよな、俺。
貴一が自己満足に浸っているとライブが始まった。殺気だった戦場と違い、女性もいるため曲のテンポもゆったりで、楽しい歌になっている。田植えは長時間、延々と行うため。テンションアゲアゲで行くと農民が疲れてしまうからだ。
――うんうん、いい選曲だ。男だけじゃなく女性ファンを獲得してこそトップアイドルだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
第1回出雲横断ライブツアーは村人の評判も上々で無事終わった。
今日は貴一が打ち上げといって神楽隊の宿舎で御馳走をふるまっていた。
「ツアーは大成功だったね! もう、田植えも終わったし、京へ遠征に行く前に、いっちょでっかいライブでもやっちゃおうか!」
名プロデューサー気分で貴一が浮かれていると、輿に乗って鴨長明がやってきた。
貴一の耳元でささやく。
「京都で政変が起こりました。平家打倒の密謀が発覚し、京は平家の兵であふれかえっているようです」
――鹿ケ谷事件だな。あれって今年だっけ? あっぶねえー、マジあぶねー。年表の記憶があいまいなんだよなあ。田植え時期に遠征に行かなくて良かったー。
「やはりな――予言通りだ」
貴一は動揺をさとられないように顔を天に向けて言った。
「知っておられたのですね。ということは、今回の遠征は――」
小声で話している二人を見て、蓮華が空気の異変を感じたのだろう。不安げな顔をしてやってきた。
「長明様、遠征に関係がある話?」
「そうだ。京で事件が起こった。スサノオ様は神楽隊の遠征を利用して、偵察を行おうと前々から考えておられたようだ」
――いや、そんなつもりじゃ……。ん? 犬猿の仲の2人がなぜ普通に話している?
「えー、隠してたんですか! 神楽隊は女の子だけなんですよ。護衛はどうするんです? 弁慶も熊若くんも長門国に戦いに行っていないんでしょ」
「俺がいる。30人程度なら目が届く。隠してたのは、まあ悪かったが」
――実際はわかっていなかっただけなんだけどね。
「スサノオ様も隠し事があったんですね。あー、良かった。だったら、おあいこですね! みんなー、出ておいでー!」
わらわらと巫女姿の少女たちが出てきた。100人近くいる。
「な、なんだ!? この巫女たちは」
「この子たちは、神楽隊の研修生です。石見国・長門国の戦いで行き場のなくなった巫女と、私たちに憧れて志願してきた子です。いつ言おうか、ずーっと悩んでいたんですけど、スサノオ様も隠し事をしていましたから、お互い様ってことでいいですよね!」
「はあ? ちょっと待て! 研修生って何だ! 増やしすぎだろ! な、長明!」
「――戦場での神楽隊の働きを見て考えを改めました。そして、スサノオ様はここまで考えて神楽隊を作ったのかと、この長明、感嘆しました。神楽隊を増やすことに異論はございません」
――物分かりいいな、おい!
だが、2人が普通に話していた理由がこれで分かった。神楽隊の戦場での働きを長明が認めたからだ。
「むう……。長明が良いというのなら、まあいいか」
巫女たちから歓声が起こった。
「しかし、この人数を止める宿が、今の混乱した京都にあるかなー」
「勝手知ったる、鞍馬寺で良いのでは? 貢物と脅しの文を送っておきましょう」
長明は意地の悪い笑みを浮かべながら言った――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
神楽隊は6月中旬に出雲を発ち、7月頭に鞍馬寺についた。結局、貴一は130名の少女のお守りは無理だといって、弁慶隊から百人隊長の持経と20名の歩兵、鉄投げ隊から10名を借りてきている。
鞍馬寺の境内を見渡すと貴一は舌打ちをした。
「ったく、久しぶりに帰ってきたのに、みんな引きこもって、誰も建物の中から出て来やしない。感じの悪い高僧だ。昔と全然変わってない。聞いているか! 約束通り、魔王殿の周りはすべて借りるからな!」
貴一は大声で叫んだあと、持経に言った。
「蓮華を連れて、神楽を催す神社が無いか調べてきてくれないか。できるだけ大きい神社がいい、民だけではなく貴族も観に来るような。俺も数日、京へ行ってくる――いいか、残っているものは、武技と舞の練習! サボっちゃダメだぞ!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
鞍馬山を下りた貴一は、平時忠の屋敷を訪ねた。平家に反乱しようとした貴族の刑も執行されたせいか、警戒している兵の数も少なく、京は日常に戻りつつあった。検非違使別当(警視庁長官)の時忠の手腕によるものだろう。
時忠は嫌味をこめて貴一に言う。
「わしも面の皮が厚いといわれるが貴様も負けておらんのう。平家を襲っておいて、わしを訪ねてくるとは。貴様が鞍馬寺から姿を消してから、もう3年か」
「誤解ですってば。証拠も無いのに罪人扱いしないでくさいよー。それに先月の事件、俺の文が時忠様の手柄に役立ったでしょ。実際に鹿ケ谷で陰謀があったんだから」
「ふん、そんなものは無かった」
「へ? だって、大軍を出す大騒ぎになったじゃないですか」
「わしがでっち上げた。ここのところ、平家のやり方に後白河院の周りの公卿から不満の声があがっていたのでな。専横だ、思い上がっている、とな。まったく酷い話だと思わんか」
「いや、『平家にあらずんば人にあらず』と豪語していた時忠様がそれを言うのは……。なかなかの暴言ですよ。あれ」
「敵をあぶりだすには、これぐらい傲慢なほうが良い。わしが調子に乗りすぎて足元が見えていないように見えるだろう?」
――確かに。死亡フラグが立つパターンだ。
「案の定、反平家の公家の動きは活発になった。そこで、検非違使(警察)の警戒を薄くした場所をわざと作ってやった。それが鹿ケ谷だ。貴様の場所選びの感覚だけは褒めてやる。続々と馬鹿が鹿ケ谷に集まり始めたわ。本当はもう少しあぶりだしてから、潰したかったが……」
時忠は少しだけくやしそうな顔をした。
「この春に後白河院と叡山が揉め始め、平家に叡山攻めを命令してきた。元々、平家と叡山の関係は良い。相国(平清盛)も攻撃を止めるべく、福原(神戸)から後白河院を説得にきたがお聞き入れはしなかった。逆に仲の良い叡山の味方をするのかとお怒りになられた。そうこうしているうちに、京には各国から叡山攻めの軍が続々と集まってきた。
相国は困ってわしに知恵を求めた。わしはまだ陰謀まで至っていなかった鹿ケ谷事件をでっちあげ、後白河院の側近を次々と逮捕した。結果、後白河院は叡山攻めどころでは無くなった。これが真相だ。その代わり、わしの反平家のあぶり出しは途中で終わり、反平家の根を完全に断ち切れなかった。
貴様は先ほど、証拠が無いから罪人ではない、と言っていたな。だが、証言なら拷問でいくらでも作れる。調子に乗るなよ」
時忠は凄みのある目で、貴一を睨みつけた。
「やだなー。そんなわけないじゃないですかー」
貴一は白々しく言った。
「貴様が山陰でコソ泥のように国を盗んでいるのを知らないと思っているのか?」
出雲国が流民・移民受け入れ政策を推進した時点で、国外に情報が漏れるのは覚悟していた。時忠はかなりの情報を持っているとみて間違いなかった。
貴一は持ってきた包みを広げた。中には黒い石が入っていた。
「石炭といいます。木炭より熱く燃える石です。長門国で見つけました。これから毎年、時忠様に献上します」
「――それでいい。貴様が役に立つ間は問題にはせぬ。平家がその気になれば、国の1つや2つ簡単に潰せる。平家への恩義をくれぐれも忘れるなよ」
――恩義? ほんと傲慢だわー、この人。しばらく避けたほうがいいかも。
時忠の圧をかけてくる話し合いにぐったりした貴一は、帰り際に玄関先で声をかけられた。
「もし……。いたらない父ですいません……」
「え、もしかして、蕨ちゃん。気にしないで! 全然、平気だから」
時忠の娘・蕨姫だ。
――深層の令嬢はやっぱ気品が違うね。父親と違って控えめな性格なのはいいんだけど。
「…………」
「…………」
おそろしくシャイな姫のため、会話が続かないのだ。
「じゃあ、またね。ハハッ」
貴一は間が持たなくなり、ぎごちない笑いを残して時忠邸を後にした――。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
35
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる