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4.戦うアイドル編

第27話(1177年3月) 初陣!神楽隊!

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 戦い開始から10日目。弁慶隊は石見国東部を国府に向かって、今度は寺社ではなく、地元豪族の屋敷を潰しながら進軍していた。寺社との戦いと違い、豪族の兵はほとんど石見国府に集まっているため、無人の野に近い。豪族の館を完全に破壊するように命じている弁慶の元に、蓮華れんげがやってきた。

「こんなにゆっくりとしていていいの? もう、後ろの民兵部隊も追いついちゃったじゃない。もっと急がないとスサノオ様が危ないわ!」

「わしに指図するな! だいたい何で巫女が戦に口を出す」

「弁慶が歩兵の隊長なら、私も神楽隊の隊長よ! 下に見ないで!」

「ピーピーやかましい! まったく、鬼一もおかしな部隊を作りおって。ゆっくり進んでいるのは、鬼一の作戦だ。黙ってろ!」

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(石見国司視点)

 戦い開始から12日目。石見国府。

「国司様。豪族たちが動揺しています。国司は我らの土地を守ってくれないと。もう石見国の東半分は奪われました。しかも、敵軍は我らが討って出ぬと見て、軍を二つに分けて豪族を攻めています。これは好機です!」

「長門国に逃げた賊はどうしている?」

「あれから、長門国の奥に向かって逃げて行ったようです」

「――よし、出撃する! 国府には150人残せばいい」


 石見国司軍と出雲大社軍の主力は江の川を挟んで対峙した。

 石見国司軍1800に対し、出雲軍は中央に弁慶隊1000。その両翼に民兵が各500配置されている。

「向こうからかかってくる気は無さそうだな。どういうことか――」

 石見国司は家臣や豪族に意見を求めた。

「これまでは寺社としか戦っていないので、武士を怖れているのではありませんか?」
「騎馬もまったく見えない。どうでしょう? 農民兵らしき左翼・右翼のどちらから崩してみては。農民兵など烏合の衆。恐怖に陥れば一気に崩壊します」

 石見国司は首をかしげる。

「あれは、本当に農民兵なのか? 槍を持っているぞ。あのような長い槍をわしは見たことがない」

「では、このままじっとしていると言うのですか! 二手に別れた一方の出雲大社軍は今も石見の豪族の土地を奪い取っているのですぞ!」

 豪族たちが不満の声を上げた。公卿の代官として一時的に来ている国司と土着の豪族では、土地を奪われることに対しての皮膚感覚が全然違う。豪族にとって土地とは命そのものなのだ。軍の中から自分の領地を守りに帰ると言い出す豪族も出てきた。

 こうなってしまっては石見国司は戦闘開始の合図を鳴らすしかなかった。戦闘意欲の高い豪族を左翼に集め、500で出雲軍の右翼に攻めかかる。十数頭の騎馬を先頭に川を渡ると、敵の中央の兵からしか矢が飛んでこなかった。

――家人の言った通り、左右は農民兵で間違いなさそうだ。

 安心した石見国司は右翼にも攻撃命令を出した。川を渡るなら多勢で渡った方が矢の的が散る。すると、敵陣から音楽が聞こえてきた。

――ほう、風流な戦をする。

 微笑んだ石見国司の顔がすぐに強張った。両翼の農民兵の槍が一瞬で消え、兵の頭の高さぐらいの位置に巫女が現れた。実際には槍で巫女が隠されてたのだが、槍を水平に構え直したためにおきた錯覚だった。

 攻めかかった兵たちも同様だった。稲穂のように密集した長い槍がそろって打ち付けられたとき、兵たちの目には、まるで板が倒れてきたように見えた。
 先頭の騎馬が叩き落され、後続の歩兵も次々と突き倒されていった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――
(出雲大社軍視点)

「つーき! ハイッ!」

「「「つーき!!」」」

「みんな、怖がらないで。稽古通り揃えていれば、怪我しないからね!」

 右翼の陣の中心では、台車に乗った蓮華が懸命にコール&レスポンスをして、指揮を取っている。左翼でも同じように神楽隊の副隊長である小夜が声を張り上げている。
 神楽隊は戦の駆け引きはできないので、あらかじめ貴一が敵の動きに対応した、コールを決めている。蓮華のコールにレスポンスを返すことにより、民兵は一匹の大きなハリネズミと化していた。

――みんなわたしを信じて命懸けでレスポンスを返してくれる。でも、わたしが失敗すれば、誰かが死ぬ。神楽隊のファンが死ぬ。そんなことは絶対にさせない!

 極度の緊張感の中で、神楽隊の踊りはさらに輝きを増していった――。


 中央軍・弁慶隊

 弁慶は両翼の様子を見ながら、副官の水月すいげつに笑いながら言った。

「おうおう、小娘がピーピーと頑張っておるではないか。百人隊長の持経じきょう円光えんこうに200ずつ率いさせて、両翼に攻めかかっている敵の横腹を突かせろ。ここは600もいれば十分だ」

 水月・持経・円光は、貴一と弁慶が戦いの中で見つけた、有望な若者である。本来は太郎や次郎といった名前なのだが、貴一が『同じような名前ばかりでややこしい。カッコイイ名前に変えよう』といって、三十三観音から名前を拝借した。百人隊長はこの3人のほかにも数名いる。

「さて、これで敵の本隊はわしに攻めかかる以外に選択肢は無くなった。放っておけば、両翼とも潰走するだけだからな」

 弁慶の予想通り、石見国司軍の中央軍800が川を渡ってきた。

「水月、怖れるなよ。数は向こうが有利だが、しばらく待てば両翼が勝つ。それまでは耐えしのぐぞ! ん?」

 指示を出す弁慶の動きが止まり、目を細めて遠くを見た。

「迎え撃つのは止めだ。追撃戦の準備をさせろ。今日中に石見国府を落す」

 水月が振り返って、弁慶が指す方向を見ると、敵軍の後方で竜巻が起こったように、兵が舞い上がっていた――。

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 戦いが始まってから13日目。石見国府を出雲大社軍が占領し、石見国司を捕らえた。

 弁慶隊は引き続き、石見の残存勢力と寺社勢力との戦うために出撃した。石見国司軍を後ろから奇襲して崩壊させた貴一と熊若騎馬隊は、鉄心とチュンチュンが出雲国から来るまで石見国府で待つことになった。超人的な体力を持つ貴一は別として、激しい戦いを続けていた騎馬隊の兵士たちは、皆、倒れこむように眠りについた。

 石見国府の館では、今後の方針が話された。
 背筋を伸ばして座っている鴨長明に対し、貴一は足を放り出して座っている。

「あーマジ疲れた。でも水田も民も傷つけずに占領することができて良かったよ。この後は長明の頭脳に任せた。俺は当分、長門国で戦わなきゃいけないからさ」

「ククク、ご安心を。すでに水田の区画整理、開拓計画は練ってあります。出雲国に新たに入ってきた移民を使えば、5月の田植え時期までにかなりの開拓ができます。しかし、朝廷の動きが気になります」

「……しばらく朝廷の目をこちらに向けさせたくはない。くやしいけど、奥州藤原氏のやり方で行くしかないんね」

「賛成です。今、石見・長門両国の役所の資料を調べさせています。昨年以上の税を朝廷に収めれば、すぐに攻めてくることはないでしょう。軍を掌握している平家の権益にもこの戦では触れていません」

「でもやっぱ、銀山は欲しいよなあ。長明、後数年の辛抱だ。源氏が関東で挙兵したら、すぐに銀山を奪って国庫を豊かにするから」

「ククク、また、予言ですか。平家の世が揺らぐなんて想像もつきませんがね。期待しないで待っています」
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