27 / 136
3.奥州編
第23話(1976年7月) 金は兵なり
しおりを挟む
貴一たちは蝦夷の集落のある山から出て、平泉の都に戻ってきた。
「だから、力になれないって言ってるだろ、チュンチュン」
『なぜ? 同じ転生者ですのに。うら若き乙女パンダを見捨てるおつもりなの!』
子パンダのチュンチュンの言葉がわかるのは貴一しかいない。熊若や弁慶にはメエー、メエー鳴いている動物と話しているようにしか見えなかった。
――転生者同士の能力らしいけど、端から見たら危ない奴だろうなー。
「俺にはやりたいことがあるんだよ! 民を豊かにして、搾取のない平等な社会を作る。中国に行っているヒマはないの」
『平等な社会を作る? そんなごまかしに騙されるわたくしだと思って?』
「本当だってば。そのために島根県に独立国を作ってる途中」
『男のロマンというものですね――それでは、ギブ・アンド・テイクでどうかしら』
「パンダのギブって何なのさ……可愛さと癒しさをくれるとか?」
子パンダは手で頭をツンツン指し示す。
『違いますわ、お馬鹿さん。知識で国を豊かにしてあげますわ。Fラン大のあなたと違って、一流大学工学部の院生ですのよ。あたくしの手にかかれば、あっという間に産業革命・富国強兵。そうすれば、中国にだってチョイチョイのチョイですわ』
「ほんとかな~。俺を騙してんじゃないの~」
先を進んでいた熊若が馬を止めると、二人の会話を遮るように声をかけてきた。
「法眼様。まもなく平泉御所の前です。あちらで義経様が待っておられます」
「そうみたいだね。弁慶、チュンチュンを預かっていてくれ。俺と熊若で秀衡殿に会ってくる」
ブツブツ言う弁慶を置いて、貴一と熊若は馬から降りると義経の元に近づいて行った。
「遅いぞ、鬼一!」
「あん? 何イラついてんだ義経。時間通りだろうが」
「うるさい! おい門番! この男が出雲国主お鬼一法眼だ。秀衡殿に案内しろ。私はこれで屋敷に帰る」
義経はそう言い捨てると、供を連れてさっさと帰ってしまった。
「なんなんだ、アイツ。カリカリして」
「きっとまた断られたのでしょう」
熊若は気の毒そうな顔をした。
門番の武者がホッとした顔で貴一たちを案内する。義経が待っている間、八つ当たりされていたらしい。
秀衡の部屋に入った貴一は度肝を抜かれた。20畳ほどの広さの部屋はすべて金箔が貼ってあり、中央にはテーブルと椅子があった。部屋の所々に、犀の角、象牙の笛、水牛の角、金の靴、玉でできた仏教の旗飾りの幡、金細工の鶴、銀細工の猫、ガラスの火皿など、これ見よがしに珍しい宝物が飾られている。
――なんかアラブの王族みたい。
「出雲の王よ、ようこそ平泉へ。私が奥州の王、藤原秀衡だ。義経殿から天下無双の強者と聞いている。どうだ? 奥州軍の将軍にならないか」
冗談とも本気ともわからない顔で秀衡は言った。年は50代半ば。四角い顔に大きな鼻と口が印象的だ。中年太りした体はだらしないというより、貫録を感じさせる。貴一は自然と敬語になった。
「ご冗談を。出雲をいつか独立させたい。その方法を奥州に学びに来ました。秀衡殿はどのように国を導いているのかお聞かせ願いたい」
「朝廷には勝てぬ――独立するためには、そこを元に考えねば事を誤る」
「矛盾しているような……。奥州は秀衡殿のものだ。朝廷の力を見事に退けている」
「目を向けさせないようにしているのだ。元々、貴族どもが興味があるのは奥州の金だけだ。人や土地になど気にもかけん。蛮族の住むところと蔑んでいる。奥州の役職に任命されても誰も喜ばぬのがその証拠だ。かといって、独立すれば、昔のように討伐される。奥州は戦場になり、国は疲弊する。では、どうするか?」
秀衡は椅子から立つと両手を広げた。
「見ての通り奥州には富がある。金の採掘と貿易で積み上げたものだ。これを使って、貴族に貢ぐ! 平家に貢ぐ! 大寺社に貢ぐ! 奥州に干渉させないためなら、金などいくらでもくれてやる。都が戦場で金が兵だ。わしは賄賂をもって朝廷と戦っている!」
――いや、胸を張って言ってるけどさあ、賄賂で買った独立ってことでしょ。
「軍を強くして、朝廷と戦ったりは――」
「しない。むしろ軍は縮小して警戒されないようにしている。国の力は貿易と採掘に注ぐべきなのだ――義経殿は気に入らんらしいがな」
「そういえば、さっき怒って出ていきましたね」
「そうだ、会うたびに平家打倒の兵を挙げろ、と迫ってくる。かといって無下に断るわけにもいかん。駄々っ子の扱いは大変だ」
そう言いながらも秀衡は笑っていた。きっとのらりくらりとかわしているのだろう。
「きっぱりと断ってしまえば良いではありませんか」
「逃げられては困る。源氏の名は関東から奥州まで轟いておる。その嫡流の子を平家から保護しているという事実が、奥州藤原家の声望をますます高める」
――余裕ぶっているが、奥州藤原家は10年後には滅んじゃうんだよなあ。一応言っておくか。
「軍の縮小はやめたほうが良いです。戯言と聞き流していただいても構いませんが、数年後に世は乱れます。平家と源氏が激しく争い、源氏が勝ちます。奥州も戦火からは逃げられません」
「ほう、大胆な予言だな。ならば、なおのことそなたに奥州軍の将軍になってもらいたい」
予想通り秀衡は真に受けず笑っていた。
その後、熊若の出雲行きの話をして、秀衡との会談は終わった。
平泉御所から出るとき、熊若が小声で聞いてきた。
「数年後に奥州が戦場になるというのは真ですか?」
――ああ、奥州は熊若の故郷だもんな。余計な心配させちゃったな。
「嘘だよ。秀衡殿が軍事を軽んじるから脅しただけだ。気にするな」
熊若はまだ不安な表情をしていたが、それ以上聞いてはこなかった。
--------------------------------------------------------------------------
その後、貴一は奥州を一か月ほど見物して回った。
アエカシから名馬数頭と馬を育てる牧人を貰い受けると、貴一たちは出雲へ向けて出発した。
「だから、力になれないって言ってるだろ、チュンチュン」
『なぜ? 同じ転生者ですのに。うら若き乙女パンダを見捨てるおつもりなの!』
子パンダのチュンチュンの言葉がわかるのは貴一しかいない。熊若や弁慶にはメエー、メエー鳴いている動物と話しているようにしか見えなかった。
――転生者同士の能力らしいけど、端から見たら危ない奴だろうなー。
「俺にはやりたいことがあるんだよ! 民を豊かにして、搾取のない平等な社会を作る。中国に行っているヒマはないの」
『平等な社会を作る? そんなごまかしに騙されるわたくしだと思って?』
「本当だってば。そのために島根県に独立国を作ってる途中」
『男のロマンというものですね――それでは、ギブ・アンド・テイクでどうかしら』
「パンダのギブって何なのさ……可愛さと癒しさをくれるとか?」
子パンダは手で頭をツンツン指し示す。
『違いますわ、お馬鹿さん。知識で国を豊かにしてあげますわ。Fラン大のあなたと違って、一流大学工学部の院生ですのよ。あたくしの手にかかれば、あっという間に産業革命・富国強兵。そうすれば、中国にだってチョイチョイのチョイですわ』
「ほんとかな~。俺を騙してんじゃないの~」
先を進んでいた熊若が馬を止めると、二人の会話を遮るように声をかけてきた。
「法眼様。まもなく平泉御所の前です。あちらで義経様が待っておられます」
「そうみたいだね。弁慶、チュンチュンを預かっていてくれ。俺と熊若で秀衡殿に会ってくる」
ブツブツ言う弁慶を置いて、貴一と熊若は馬から降りると義経の元に近づいて行った。
「遅いぞ、鬼一!」
「あん? 何イラついてんだ義経。時間通りだろうが」
「うるさい! おい門番! この男が出雲国主お鬼一法眼だ。秀衡殿に案内しろ。私はこれで屋敷に帰る」
義経はそう言い捨てると、供を連れてさっさと帰ってしまった。
「なんなんだ、アイツ。カリカリして」
「きっとまた断られたのでしょう」
熊若は気の毒そうな顔をした。
門番の武者がホッとした顔で貴一たちを案内する。義経が待っている間、八つ当たりされていたらしい。
秀衡の部屋に入った貴一は度肝を抜かれた。20畳ほどの広さの部屋はすべて金箔が貼ってあり、中央にはテーブルと椅子があった。部屋の所々に、犀の角、象牙の笛、水牛の角、金の靴、玉でできた仏教の旗飾りの幡、金細工の鶴、銀細工の猫、ガラスの火皿など、これ見よがしに珍しい宝物が飾られている。
――なんかアラブの王族みたい。
「出雲の王よ、ようこそ平泉へ。私が奥州の王、藤原秀衡だ。義経殿から天下無双の強者と聞いている。どうだ? 奥州軍の将軍にならないか」
冗談とも本気ともわからない顔で秀衡は言った。年は50代半ば。四角い顔に大きな鼻と口が印象的だ。中年太りした体はだらしないというより、貫録を感じさせる。貴一は自然と敬語になった。
「ご冗談を。出雲をいつか独立させたい。その方法を奥州に学びに来ました。秀衡殿はどのように国を導いているのかお聞かせ願いたい」
「朝廷には勝てぬ――独立するためには、そこを元に考えねば事を誤る」
「矛盾しているような……。奥州は秀衡殿のものだ。朝廷の力を見事に退けている」
「目を向けさせないようにしているのだ。元々、貴族どもが興味があるのは奥州の金だけだ。人や土地になど気にもかけん。蛮族の住むところと蔑んでいる。奥州の役職に任命されても誰も喜ばぬのがその証拠だ。かといって、独立すれば、昔のように討伐される。奥州は戦場になり、国は疲弊する。では、どうするか?」
秀衡は椅子から立つと両手を広げた。
「見ての通り奥州には富がある。金の採掘と貿易で積み上げたものだ。これを使って、貴族に貢ぐ! 平家に貢ぐ! 大寺社に貢ぐ! 奥州に干渉させないためなら、金などいくらでもくれてやる。都が戦場で金が兵だ。わしは賄賂をもって朝廷と戦っている!」
――いや、胸を張って言ってるけどさあ、賄賂で買った独立ってことでしょ。
「軍を強くして、朝廷と戦ったりは――」
「しない。むしろ軍は縮小して警戒されないようにしている。国の力は貿易と採掘に注ぐべきなのだ――義経殿は気に入らんらしいがな」
「そういえば、さっき怒って出ていきましたね」
「そうだ、会うたびに平家打倒の兵を挙げろ、と迫ってくる。かといって無下に断るわけにもいかん。駄々っ子の扱いは大変だ」
そう言いながらも秀衡は笑っていた。きっとのらりくらりとかわしているのだろう。
「きっぱりと断ってしまえば良いではありませんか」
「逃げられては困る。源氏の名は関東から奥州まで轟いておる。その嫡流の子を平家から保護しているという事実が、奥州藤原家の声望をますます高める」
――余裕ぶっているが、奥州藤原家は10年後には滅んじゃうんだよなあ。一応言っておくか。
「軍の縮小はやめたほうが良いです。戯言と聞き流していただいても構いませんが、数年後に世は乱れます。平家と源氏が激しく争い、源氏が勝ちます。奥州も戦火からは逃げられません」
「ほう、大胆な予言だな。ならば、なおのことそなたに奥州軍の将軍になってもらいたい」
予想通り秀衡は真に受けず笑っていた。
その後、熊若の出雲行きの話をして、秀衡との会談は終わった。
平泉御所から出るとき、熊若が小声で聞いてきた。
「数年後に奥州が戦場になるというのは真ですか?」
――ああ、奥州は熊若の故郷だもんな。余計な心配させちゃったな。
「嘘だよ。秀衡殿が軍事を軽んじるから脅しただけだ。気にするな」
熊若はまだ不安な表情をしていたが、それ以上聞いてはこなかった。
--------------------------------------------------------------------------
その後、貴一は奥州を一か月ほど見物して回った。
アエカシから名馬数頭と馬を育てる牧人を貰い受けると、貴一たちは出雲へ向けて出発した。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-
一星
ファンタジー
至って普通のサラリーマン、松平善は車に跳ねられ死んでしまう。気が付くとそこはダンジョンの中。しかも体は子供になっている!? スキル? ステータス? なんだそれ。ゲームの様な仕組みがある異世界で生き返ったは良いが、こんな状況むごいよ神様。
ダンジョン攻略をしたり、ゴブリンたちを支配したり、戦争に参加したり、鳩を愛でたりする物語です。
基本ゆったり進行で話が進みます。
四章後半ごろから主人公無双が多くなり、その後は人間では最強になります。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる