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3.奥州編
第22話(1176年7月) カワイイの象徴?
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奥州・胆沢川の上流にある蝦夷の集落。
蝦夷の歓待を受けた、貴一たちが集落から出ようとしていた。
「アエカシ様、秀衡様のお許しを請うて、私も出雲国に行きたいと思っています」
「それは良い。熊若は蝦夷の子。出雲国と蝦夷のつなぎ役にはふさわしい」
アエカシは白髪交じりの髭をさすりながら、熊若に笑顔で言った。
「ところで客人、熊肉を馳走できず、すまなかった。熊を捕らえにいったものが、神獣を見つけて、そちらを捕らえるのに夢中になってしまった」
「神獣というと?」
「見たことのない熊だ。集落の守り神として大事にしようとしているのだが、何も食べようとしないので困っている」
「珍獣! 俺も見たい! 合わせてくれますか?」
アエカシは貴一を集落の外れに案内した。
人だかりの中央に1メートル四方の檻があった。その中にはいる珍獣を見て貴一は走り出した。
「うわっ、カワイイー! パンダの子供じゃん! マジ、カワイイんだけど! ああ、肉なんか食べないよ。熊じゃないんだから。おい、熊若。笹だ、笹! 竹を何本か切って持ってこい!」
熊若と弁慶は、貴一の異様なテンションの上りっぷりに引いていたが、熊若はアエカシに鎌を借りると、命令通り竹を切りにいった。
アエカシは60センチほどの子パンダを指して聞いた。
「客人、この珍獣を知っているのか?」
「もちろん! こんな近くで見れるなんて! いやー、カワイイなー。ん? なんだこの文字。村人たちが刻んだのか。ひどくない? 『FUCK』なんて書いて」
――ん? FUCK?
「いや、それはこの獣が刻んだのだ。だから我々は神の使いだと思っている」
そんな話をしているうちに、熊若が笹の葉がついた竹を抱えて戻ってきた。
「ありがとう、熊若。ほーら、パンダちゃーん。美味しい笹だよー」
子パンダは笹に飛びついた。食べながら貴一のほうを見る。
「あー、いい子でちゅねー」
『カワイイは良いけど、子供扱いはおよしになって』
貴一はあたりを見回すが、誰も話している様子はない。
『この殿方を利用して、檻から出られないかしら』
貴一は頭に手をやった。
――この声は何だ? 頭の中に直接、響いてくる。
子パンダがゴロリと寝転がった。
『どう? この悩殺ポーズ。檻から出して抱っこしたくなったのではなくって』
「これ、パンダちゃんの声なの?」
子パンダがポカンと口を開けて貴一を見た。
『聞こえますの? あたくしの声が!』
貴一はあんぐりと口を開ける。
「ああ、どういう理由かわかんないけど。でもイメージと違うな。全然、子供っぽくない」
『それはそうですわ。転生前は大学院生でしたもの』
「転生! 大学院生! 俺もそうだ!」
メェー、メェーと鳴く、子パンダを前に興奮している貴一を、周りはドン引きして見ていた。村人の中には『獣の神に憑りつかれたのかも』と言って太刀を抜くものさえいた。
貴一は周りの視線に気づいて我に返ると、アエカシに向かって土下座した。腰につけた太刀を外す。
「どうか、パンダ。いやこの神獣を俺にくれませんか! 代わりにこの太刀をあなたに捧げる。出雲の良質な鉄で作った名刀だ」
アエカシは太刀を受け取って納めると、檻を開けるように村人に命じた。
「客人の態度を見ていると、やはり、この熊は神の使いらしい。渡すかどうかは、神の意思にまかせる。それで良いか」
「それで構いません!」
子パンダは檻から出されると、貴一に向かって、ヒョコヒョコと歩いてきた。
アエカシがほほ笑む。
「神獣に選ばれたようだ」
子パンダは弁慶を指すと、貴一に向かって鳴いた。
『このマッチョさんにしてくださる』
「わかった。おい、弁慶。今日からお前は抱っこ係だ」
「え! なぜわしが!」
子パンダは弁慶の身体を這いのぼり、背中にひしっとしがみついた。
「良かったな。おんぶでもいいみたいだぞ」
しがみついているだけでは危ないので、薪を取り行くときに担ぐ、籠を弁慶がもらい、中に子パンダが入ることにした。
蝦夷の集落から、笹の葉を背負った熊若と、子パンダを背負った弁慶に、貴一が続く形で山を下りて行く。貴一は道中もずっと子パンダに話し続けた。熊若と弁慶は、無視を決め込んでいる。
貴一は一通り、自分の転生前と転生してからのことを語ってから質問した。
「パンダちゃん、名前はなんて呼べばいい?」
『早川紗季です。だけど、呼ばれるならカワイイのがいいですわね。チュンチュンはどうかしら? せっかくですから、パンダらしくしましょう』
「いいね! チュンチュンは転生前はどんな人だったの?」
『生きていた時代はあなたと同じじゃないかしら。親の英才教育で工科大の大学院にいましたの。エリートコースを何の疑問もなく生きていましたわ。でも、ふと気づいたのです。全然恋愛してないって。自分の姿を見て絶望したわ。肥満で熊みたいになった体に化粧っ気のない顔、機能性だけでしか選んでいない服。カワイイという言葉の対極にあたくしはいましたわ。
自分の部屋で絶叫しました。ずっとカワイイと言われ続ける存在になりたい、って。そうしたらテディベアのぬいぐるみが答えましたの。その願い叶えてやろう、って』
「それで、パンダになったんだ。良かったじゃん。一生カワイイって言われ続けるよ」
『こういう可愛さじゃないですわ! わたくしが求めていたものは! しかも、こんな時代に言葉も話せないパンダに転生させられて、生き残るのに必死でしたわ』
「神獣扱いされてたもんねー。でも驚いたよ。平安時代の日本にパンダがいるなんて」
『馬鹿じゃなくって。中国からの輸入に決まってますわ。唐船の中でパンダに転生して、しばらくは海の上にいましたの。ようやく船が青森の十三湊に着いたとき、商人の目を盗んで逃げましたわ』
「逃げなきゃ、貴族に飼われて楽しい生活を遅れてたかもしれないじゃん」
『いくら、カワイイって言われましても、モテなきゃ意味がないですわ。日本にはパンダのオスがいないでしょう?』
「熊じゃダメなの?」
『お馬鹿さん。夫婦生活に取って大事なものは何かおわかり? 価値観が同じってことですわ。肉食動物と草食動物がいっしょに暮らせるとお思いになって? 私は転生して完全なヴィーガン(笹)になってしまったの』
「じゃあ、どうするつもりなのさ」
『パンダの聖地、中国四川省を目指します。そこでモテ女、いいえ、モテパンダになります。もちろん、同じ転生者として、協力してくださるわよね』
蝦夷の歓待を受けた、貴一たちが集落から出ようとしていた。
「アエカシ様、秀衡様のお許しを請うて、私も出雲国に行きたいと思っています」
「それは良い。熊若は蝦夷の子。出雲国と蝦夷のつなぎ役にはふさわしい」
アエカシは白髪交じりの髭をさすりながら、熊若に笑顔で言った。
「ところで客人、熊肉を馳走できず、すまなかった。熊を捕らえにいったものが、神獣を見つけて、そちらを捕らえるのに夢中になってしまった」
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「見たことのない熊だ。集落の守り神として大事にしようとしているのだが、何も食べようとしないので困っている」
「珍獣! 俺も見たい! 合わせてくれますか?」
アエカシは貴一を集落の外れに案内した。
人だかりの中央に1メートル四方の檻があった。その中にはいる珍獣を見て貴一は走り出した。
「うわっ、カワイイー! パンダの子供じゃん! マジ、カワイイんだけど! ああ、肉なんか食べないよ。熊じゃないんだから。おい、熊若。笹だ、笹! 竹を何本か切って持ってこい!」
熊若と弁慶は、貴一の異様なテンションの上りっぷりに引いていたが、熊若はアエカシに鎌を借りると、命令通り竹を切りにいった。
アエカシは60センチほどの子パンダを指して聞いた。
「客人、この珍獣を知っているのか?」
「もちろん! こんな近くで見れるなんて! いやー、カワイイなー。ん? なんだこの文字。村人たちが刻んだのか。ひどくない? 『FUCK』なんて書いて」
――ん? FUCK?
「いや、それはこの獣が刻んだのだ。だから我々は神の使いだと思っている」
そんな話をしているうちに、熊若が笹の葉がついた竹を抱えて戻ってきた。
「ありがとう、熊若。ほーら、パンダちゃーん。美味しい笹だよー」
子パンダは笹に飛びついた。食べながら貴一のほうを見る。
「あー、いい子でちゅねー」
『カワイイは良いけど、子供扱いはおよしになって』
貴一はあたりを見回すが、誰も話している様子はない。
『この殿方を利用して、檻から出られないかしら』
貴一は頭に手をやった。
――この声は何だ? 頭の中に直接、響いてくる。
子パンダがゴロリと寝転がった。
『どう? この悩殺ポーズ。檻から出して抱っこしたくなったのではなくって』
「これ、パンダちゃんの声なの?」
子パンダがポカンと口を開けて貴一を見た。
『聞こえますの? あたくしの声が!』
貴一はあんぐりと口を開ける。
「ああ、どういう理由かわかんないけど。でもイメージと違うな。全然、子供っぽくない」
『それはそうですわ。転生前は大学院生でしたもの』
「転生! 大学院生! 俺もそうだ!」
メェー、メェーと鳴く、子パンダを前に興奮している貴一を、周りはドン引きして見ていた。村人の中には『獣の神に憑りつかれたのかも』と言って太刀を抜くものさえいた。
貴一は周りの視線に気づいて我に返ると、アエカシに向かって土下座した。腰につけた太刀を外す。
「どうか、パンダ。いやこの神獣を俺にくれませんか! 代わりにこの太刀をあなたに捧げる。出雲の良質な鉄で作った名刀だ」
アエカシは太刀を受け取って納めると、檻を開けるように村人に命じた。
「客人の態度を見ていると、やはり、この熊は神の使いらしい。渡すかどうかは、神の意思にまかせる。それで良いか」
「それで構いません!」
子パンダは檻から出されると、貴一に向かって、ヒョコヒョコと歩いてきた。
アエカシがほほ笑む。
「神獣に選ばれたようだ」
子パンダは弁慶を指すと、貴一に向かって鳴いた。
『このマッチョさんにしてくださる』
「わかった。おい、弁慶。今日からお前は抱っこ係だ」
「え! なぜわしが!」
子パンダは弁慶の身体を這いのぼり、背中にひしっとしがみついた。
「良かったな。おんぶでもいいみたいだぞ」
しがみついているだけでは危ないので、薪を取り行くときに担ぐ、籠を弁慶がもらい、中に子パンダが入ることにした。
蝦夷の集落から、笹の葉を背負った熊若と、子パンダを背負った弁慶に、貴一が続く形で山を下りて行く。貴一は道中もずっと子パンダに話し続けた。熊若と弁慶は、無視を決め込んでいる。
貴一は一通り、自分の転生前と転生してからのことを語ってから質問した。
「パンダちゃん、名前はなんて呼べばいい?」
『早川紗季です。だけど、呼ばれるならカワイイのがいいですわね。チュンチュンはどうかしら? せっかくですから、パンダらしくしましょう』
「いいね! チュンチュンは転生前はどんな人だったの?」
『生きていた時代はあなたと同じじゃないかしら。親の英才教育で工科大の大学院にいましたの。エリートコースを何の疑問もなく生きていましたわ。でも、ふと気づいたのです。全然恋愛してないって。自分の姿を見て絶望したわ。肥満で熊みたいになった体に化粧っ気のない顔、機能性だけでしか選んでいない服。カワイイという言葉の対極にあたくしはいましたわ。
自分の部屋で絶叫しました。ずっとカワイイと言われ続ける存在になりたい、って。そうしたらテディベアのぬいぐるみが答えましたの。その願い叶えてやろう、って』
「それで、パンダになったんだ。良かったじゃん。一生カワイイって言われ続けるよ」
『こういう可愛さじゃないですわ! わたくしが求めていたものは! しかも、こんな時代に言葉も話せないパンダに転生させられて、生き残るのに必死でしたわ』
「神獣扱いされてたもんねー。でも驚いたよ。平安時代の日本にパンダがいるなんて」
『馬鹿じゃなくって。中国からの輸入に決まってますわ。唐船の中でパンダに転生して、しばらくは海の上にいましたの。ようやく船が青森の十三湊に着いたとき、商人の目を盗んで逃げましたわ』
「逃げなきゃ、貴族に飼われて楽しい生活を遅れてたかもしれないじゃん」
『いくら、カワイイって言われましても、モテなきゃ意味がないですわ。日本にはパンダのオスがいないでしょう?』
「熊じゃダメなの?」
『お馬鹿さん。夫婦生活に取って大事なものは何かおわかり? 価値観が同じってことですわ。肉食動物と草食動物がいっしょに暮らせるとお思いになって? 私は転生して完全なヴィーガン(笹)になってしまったの』
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