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1.京都修行編

第8話(1173年3月) モヤモヤが止まらない

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「石見国で銀山が見つかった。相国(平清盛)も喜んでおられる」

 平時忠邸で貴一は時忠から褒美を受け取っていた。平清盛が神戸を中心に始めた貿易事業も石見銀山という資金源を得て、順調に進みそうだ。宋国との交渉も年内には終わる予定だという。

「それはめでたいですね。時忠様、大陸だけではなく、西南の海へ船を出すことを相国に進言していただきたけませんか。我が国とって必ず益となるものが見つかります」

「益とは何か?」

「海の向こうには痩せた土地でも育つ作物があります。稲や麦のように地上に実を成すものではなく、地中で育つものです。それが手に入れば朝廷はより豊かになります」

 朝廷など強くなって欲しくは無いが、そう言わないと時忠は動かない。

「相国に話してみよう。ただ朝廷は新しいことには興味は示さぬ。他の銀山や金山の場所は知らぬのか?」

「気になっている場所はあります。ただ、今の日本の技術では採掘は難しいでしょう」

「南宋から技術者を呼べというのか?」

――理解が早い。

「日本には黄金が多く眠っています。南宋の最先端の技術を学べは、国は栄え続けます」

「わかった。さて、貴様は褒美の金を使って鉄の増産をすると言っていたが――」

「お約束通り、決して武器には使いません。農具のみに使います」

「人は利に弱い。貴様の思う通りに人が動くと思うな。わしは何度も裏切られた。出雲の絲原鉄心には武器を売りたければ平家が買うと言っておけ」

「承知しました。そのように申しておきます」

「農具についても、いったん朝廷に収めよ――そう不満顔をするな、利を得ようなどと思ってはおらん。全国に均等に割り振るつもりだ」

「間に人を挟めば、不正をする者が現れます。先ほど人は利に弱いといったのは時忠様ではありませんか」

「阿呆め。作った農具を貴様たちだけで配れると思っているのか? 途中に賊に奪われたらどうする? 多少の不正に目をつぶって朝廷を利用したほうが良い。朝廷がまとめて買い上げれば、貴様たちの利益も安定する」

――確かに、農具を作ることだけで、配ることを考えてなかった。

「貴様は全国に均等に配りたいと言っていたが、出雲国の周辺から拡げていくのが良いだろうな」

「西国(中国・四国・九州地方)には平家の直轄領が多いですもんね」

 貴一は嫌味を言った。だが、時忠はむしろ開き直る。

「そうだ。そのほうが平家一門を動かしやすい。そして、わしが出雲国の鉄の分配権を握る。どうだ? これで民も貴様もわしも豊かになる」

――確かにWIN-WINだけど、なんか釈然としないなあ。でも、今の俺には時忠様を頼るしかないしね。

 ぶつぶつ言いながら、立ち上がる貴一を時忠が引き止めた。

「おい、今渡した褒美を置いていけ」

「えっ、なぜですか? 馬を買わねばなりません」

「貴様は本当に阿呆だな。馬五十頭だぞ。街へ出てすぐ買える数では無い」

「だから、何だと言うのです」

 貴一はムっとした。時忠は手を前に出して言う。

「わしが手配してもう出雲に送った。建て替えた金を寄越せ」

「本当ですか? じゃあ……」

 袋を開けようする貴一に時忠は、

「ちょうどだ。そのまま寄越せ」

 貴一は言われるままに褒美の入った袋を渡した。
 話が終わって時忠邸から出てからも、ずっとモヤモヤした気持ちは晴れなかった。

――本当にピッタシなのか? ぼったくりじゃないのか? 大体、あの袋には本当に褒美が入っていたのか?

 一度、鞍馬寺に戻ると、兵法書を渡して遮那王しゃなおうと熊若に言った。

「しばらく出雲国に行ってくる。俺がいない間、兵法書を写経のように書き写せ」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 貴一は出雲国へ入ると、絲原鉄心がいるたたら場を探した。彼らは定住せず、砂鉄を求めて移動している。苦労して見つけると、鉄心が笑顔でやってきて、貴一の肩をバンバン叩いてきた。

「本当に馬を用意するとはな! すごい男だよ、お前は」

「約束通り、大規模なたたら場を作ってくれるか」

「ああ、もう大工を呼んで相談しているところだ。日本一のたたら場を造ってやる!」

「えらい、やる気じゃないか」

「そりゃそうさ、何せ、おぬしの背後に相国(平清盛)の義弟・時忠様がいるのが分かったからな。信用が全然違う。なぜ、初めからそう言わなかったのだ?――ああ、そうか。いきなり言っても誰も信じるわけがないもんな。がははは!」

 鉄心は一人合点して笑っている。
 貴一は馬が集まっているところに、連れていかれた。

「ん? なんか。数が多くないか?」

「そうだ。70頭いる。20頭は時忠様からの贈り物だ。牧を作って馬を増やすよう、と書状には書いてあった。時忠様は実にお優しいお方だ」

――なるほど。たたら場が発展すれば、馬も増やさなきゃいけないもんね。時忠様は先が見えている。それにしても、太っ腹だな。

 貴一は時忠に抱いていた不信感が無くなり、感心さえした。
 その後、鉄心とたたら場の計画と鍛冶屋村の建設について話し、京へ帰ることにした。
 その道中、宿場町で酒を飲んでいると、離れた場所でどんちゃん騒ぎをしている男たちがいた。
 貴一は女主人を呼び出して聞いた。

「あの、騒がしい連中は何者なの?」

「馬商人ですよ。何でも馬が売れずに困っていたところを、平家にまとめて買い上げてもらったそうで、時忠様は神様だ、と口々に言ってますわ」

――売れずに困っていた。どれなら時忠様なら買い叩くはず。もしかして、追加の二十頭も俺の褒美の金で買ったのではないのか? それで、馬商人や絲原鉄心に感謝されているとしたら――だけど、文句を言おうにも証拠が無い……。

「納得いかねー!」

 その日の晩、貴一は潰れるまでやけ酒を飲んだ。
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