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1.京都修行編
第7話(1172年10月) 未来の英雄
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「見てろ、熊若。今日からこの寺は俺のものだ」
そう意気込んて鞍馬寺に乗り込んだ貴一は、僧兵たちを煽って寺を乗っ取ろうとした。しかし、高僧に、みんなの前で論争を仕掛けられると、散々に言い負かされた――。
「あそこで、怒って暴れては駄目ですよ。周りの僧の冷たい視線を感じませんでしたか」
「だってさ、あのジジイ、すっげー議論を詰めてくるんだもん。根性悪りぃよ」
「それは法眼様のお話が穴だらけだからです。証拠も無いのに、高僧たちは不正をしている!と叫び。鞍馬寺の頭になる!と言っておきながら、天台宗のことを聞かれるとモゴモゴするのも良くなかったです」
「熊若まで責めるなよー。最終的には寺の一画を自由に使えることになったのだから、論争も無駄ではなかったろ?」
「論争の後に法眼様が散々に暴れたからですよ。手をつけられないと思った高僧たちが、渋々、認めたのです。こんなことなら、武力で寺を奪っても良かったのではないですか」
「熊若は物騒なことを言うね。俺は平和主義者だから、そんなヒドイことはできないよ」
――散々暴れておいて、よくそんなことを……。
熊若は無言で呆れていた。
「そう言えば、高僧たちに条件を出されてませんでした?」
「ああ、兵法と剣術を教えろだとさ。弟子は寺側が選ぶそうだ」
「受けるのですか?」
「ああ、革命戦士を増やす機会だしね」
熊若の顔が曇った。貴一は熊若の頭を撫でる。
「一番弟子はお前だ。それは変わらないよ」
熊若の表情がパッと明るくなった。
二人は指示された場所へ向かうため。境内をしばらく奥へ進み、谷を渡った。
「えーっと、この僧正ガ谷から向こうが法眼様が自由にしていい場所ですね」
「鞍馬寺の奥も奥だな。これが、不動堂で……、チッ! 俺への嫌味のつもりか」
いくつかある建物の一つには「魔王殿」と記されていた――。
翌日になると、さっそく一人の少年が老僧に連れられて魔王殿にやってきた。
一目見るなり、貴一は思った。
――この子は売れる! 間違いなく! オーラがある!
TVでデビュー間もないタレントを見て、自分が見つけた気分になるあの感情だ。
「誰だ、この子は?」
連れてきた老僧に貴一は訊ねた。
「遮那王でございます。平治の乱で亡くなった源義朝公の子です」
「源氏の嫡流か。やっぱりね、何か違う気がしたんだよ。俺に預けると言うことは僧にはさせないつもりなのか?」
「本人が嫌がっております。しかし平家の手前、寺としてもどうしたらいいものかと……」
――ふーん、厄介者同士まとめて寺の奥に隠そうってことか。
貴一は遮那王をマジマジとみる。
――この子はおそらく義経だ。後の英雄を弟子にするのに悪い気はしない。
話の途中なのに、老僧はそそくさと去っていった。
「みんな俺を煙たがりやがって。義経は今いくつだ?」
「誰のことを言っている? 私は遮那王。年は十三」
――そうか。まだ元服していないのか。お前は義経でいいんだよな? 合ってるよな? 将来、本当に義経になるんだろうな?
この時代の知識があやふやなので、貴一は少し不安になった。
「僧にならないのなら、何になりたい」
「父のような大将になりたい!」
「なら、剣術よりも兵法か。熊若、俺の荷物の中にある兵法書“六韜”を出してくれ。どうせすぐにやることもない。今から講義をはじめよう」
――さて、遮那王が義経なら、後に平家との戦いで勝ちまくるのもわかる。俺が軍略を教えるのだから当然だ。平家に兵法を学んでいる者はいない。ポイントはそれが俺が望む平等社会の実現にとって良いことかどうかだ。義経が活躍しなければ、平家の滅亡は遅くなり、源氏と平家は均衡するかもしれない。それが天皇制を強化することになるのか、弱体化させることになるのか……。
「さっぱり、分からん」
そうつぶやくと、遮那王に向かって話し始めた。
「良い大将は死者を少なくすることを第一に考える。多く殺して喜ぶのは愚かな大将だ。そして、お前は民のために戦う大将になれ」
――うん、決まった。いいことを言ってるぞ、俺。
「死者の数などどうでもいい。私は父の仇を討てる大将になりたい!」
「全然、俺の言葉が響いてないのね。ところで、そういうのやめない? 私怨で戦争なんて最悪だよ。イデオロギーで戦おうぜ」
「嫌だ! 私は亡き父に誓ったのだ。清盛を討つと!」
「強情な上にビッグマウスかよ……。まあ、子供だからなー。遮那王、講義の前に、必ず民のために戦う、と宣言すること。そうしないと、何も教えてあげないよ」
遮那王は唇をしばらく噛み締めた後、言った。
「言うだけならいい」
――ふふん、やはり子供だ。言葉と言うものは、言っているうちに身体にしみ込んでいくんだよ。
「民のために戦う! そして絶対、父の仇を討つ!」
「……可愛げのないガキだ。それでは兵法の講義を始める。熊若もいっしょに聞くといい」
こうして、貴一と遮那王の師弟関係が始まった――。
そう意気込んて鞍馬寺に乗り込んだ貴一は、僧兵たちを煽って寺を乗っ取ろうとした。しかし、高僧に、みんなの前で論争を仕掛けられると、散々に言い負かされた――。
「あそこで、怒って暴れては駄目ですよ。周りの僧の冷たい視線を感じませんでしたか」
「だってさ、あのジジイ、すっげー議論を詰めてくるんだもん。根性悪りぃよ」
「それは法眼様のお話が穴だらけだからです。証拠も無いのに、高僧たちは不正をしている!と叫び。鞍馬寺の頭になる!と言っておきながら、天台宗のことを聞かれるとモゴモゴするのも良くなかったです」
「熊若まで責めるなよー。最終的には寺の一画を自由に使えることになったのだから、論争も無駄ではなかったろ?」
「論争の後に法眼様が散々に暴れたからですよ。手をつけられないと思った高僧たちが、渋々、認めたのです。こんなことなら、武力で寺を奪っても良かったのではないですか」
「熊若は物騒なことを言うね。俺は平和主義者だから、そんなヒドイことはできないよ」
――散々暴れておいて、よくそんなことを……。
熊若は無言で呆れていた。
「そう言えば、高僧たちに条件を出されてませんでした?」
「ああ、兵法と剣術を教えろだとさ。弟子は寺側が選ぶそうだ」
「受けるのですか?」
「ああ、革命戦士を増やす機会だしね」
熊若の顔が曇った。貴一は熊若の頭を撫でる。
「一番弟子はお前だ。それは変わらないよ」
熊若の表情がパッと明るくなった。
二人は指示された場所へ向かうため。境内をしばらく奥へ進み、谷を渡った。
「えーっと、この僧正ガ谷から向こうが法眼様が自由にしていい場所ですね」
「鞍馬寺の奥も奥だな。これが、不動堂で……、チッ! 俺への嫌味のつもりか」
いくつかある建物の一つには「魔王殿」と記されていた――。
翌日になると、さっそく一人の少年が老僧に連れられて魔王殿にやってきた。
一目見るなり、貴一は思った。
――この子は売れる! 間違いなく! オーラがある!
TVでデビュー間もないタレントを見て、自分が見つけた気分になるあの感情だ。
「誰だ、この子は?」
連れてきた老僧に貴一は訊ねた。
「遮那王でございます。平治の乱で亡くなった源義朝公の子です」
「源氏の嫡流か。やっぱりね、何か違う気がしたんだよ。俺に預けると言うことは僧にはさせないつもりなのか?」
「本人が嫌がっております。しかし平家の手前、寺としてもどうしたらいいものかと……」
――ふーん、厄介者同士まとめて寺の奥に隠そうってことか。
貴一は遮那王をマジマジとみる。
――この子はおそらく義経だ。後の英雄を弟子にするのに悪い気はしない。
話の途中なのに、老僧はそそくさと去っていった。
「みんな俺を煙たがりやがって。義経は今いくつだ?」
「誰のことを言っている? 私は遮那王。年は十三」
――そうか。まだ元服していないのか。お前は義経でいいんだよな? 合ってるよな? 将来、本当に義経になるんだろうな?
この時代の知識があやふやなので、貴一は少し不安になった。
「僧にならないのなら、何になりたい」
「父のような大将になりたい!」
「なら、剣術よりも兵法か。熊若、俺の荷物の中にある兵法書“六韜”を出してくれ。どうせすぐにやることもない。今から講義をはじめよう」
――さて、遮那王が義経なら、後に平家との戦いで勝ちまくるのもわかる。俺が軍略を教えるのだから当然だ。平家に兵法を学んでいる者はいない。ポイントはそれが俺が望む平等社会の実現にとって良いことかどうかだ。義経が活躍しなければ、平家の滅亡は遅くなり、源氏と平家は均衡するかもしれない。それが天皇制を強化することになるのか、弱体化させることになるのか……。
「さっぱり、分からん」
そうつぶやくと、遮那王に向かって話し始めた。
「良い大将は死者を少なくすることを第一に考える。多く殺して喜ぶのは愚かな大将だ。そして、お前は民のために戦う大将になれ」
――うん、決まった。いいことを言ってるぞ、俺。
「死者の数などどうでもいい。私は父の仇を討てる大将になりたい!」
「全然、俺の言葉が響いてないのね。ところで、そういうのやめない? 私怨で戦争なんて最悪だよ。イデオロギーで戦おうぜ」
「嫌だ! 私は亡き父に誓ったのだ。清盛を討つと!」
「強情な上にビッグマウスかよ……。まあ、子供だからなー。遮那王、講義の前に、必ず民のために戦う、と宣言すること。そうしないと、何も教えてあげないよ」
遮那王は唇をしばらく噛み締めた後、言った。
「言うだけならいい」
――ふふん、やはり子供だ。言葉と言うものは、言っているうちに身体にしみ込んでいくんだよ。
「民のために戦う! そして絶対、父の仇を討つ!」
「……可愛げのないガキだ。それでは兵法の講義を始める。熊若もいっしょに聞くといい」
こうして、貴一と遮那王の師弟関係が始まった――。
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