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第二章 打倒、リーシュ王国

34・狭いテント

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(セリーヌ、聞こえるか?)
(なあに?)
(明日も今日見させてもらった視点から、戦場を見ることはできるか?)
(別にいいわよ~)

 おそらくだが、この力を使える人間は俺以外いねえ。妖精を体の中にひそませるなんて話は聞いたことねえからな。つまり、戦況が見れる俺は圧倒的に有利なわけだ。正直、これはズルだと思うがよ、仲間と国の命運がかかってるんだ。そんなことは言ってらんねえ。

(あ~、ちなみに、ズルいとか考えなくていいわよ。そもそも妖精はね、どの国が勝とうが滅ぼうが興味ないの。でもね、今回ばかりはあんたに勝ってもらわなきゃね)
(……なんでだ?)
(これも創造主様の思し召し、ってやつよ。じゃあ明日に備えて寝るわ~。おやすみ~)

 こいつ、寝てばっかだな。だが、妖精の協力は得られそうだ。上空からなら敵の位置を特定しやすい。できるだけ遠くから敵の伏兵を妨害して、味方陣営の危険度を下げる。俺以外の四人は魔法にも長けてるからな。特に、土人形を使えるメルリには活躍してもらうことになりそうだ。そして、嫌な予感のする敵の後方にはなるべく近寄らない。なんでかは上手く言えねえが、あまり刺激しねえほうがいい気がする。よし、決まったならもう考えるな。明日のためにしっかり寝ろ。
 テントの中に入り、寝袋の準備をする。宿のベッドが恋しいが、村のときに比べりゃ全然寝やすいぜ。

「ラット、ちょっといい?」
「お、おう」

 メルリが狭いテントの中に入ってくる。まあ、そうだよな。気合は入っていたが、一番ダメージがでかかったのはメルリだ。寝る前に少し話でも聞いてやるか。

「ごめんね。なんか、不安で眠れそうになくて」
「……そりゃそうだ。それが普通なんだよ、たぶん」
「ラットってさ、実は結構優しいよね」
「なんだよ急に」
「ふふ」

 不安になったり笑ったり、忙しいやつだな。さっきはメルリの土人形が一番の頼りといったが、色々なパターンを考えねえとな。実際戦場に出るまでは、誰が冷静でいられるかわかったもんじゃねえ。最悪、ベルートなんかも駄目かもしれねえしな。

「今、明日のこと考えてるでしょ?」
「え? ……まあ、な。正直な話、誰も死んでほしくねえ。でもよ、きっと明日も誰かが死ぬ。戦争ってそういうもんなんだろうよ。だからこそ、俺の手が届く範囲だけでも、絶対に誰も傷つけさせねえ」
「それって、私たちのこと?」
「そうだ」
「よし、私はここでねーようっと」
「は? お前、周りからなんか言われたらどうすんだよ?」
「しー。近所迷惑になっちゃうよ」
「いや……おう」

 まあ、それで少しでもメルリの気分が楽になるんならいいけどよ。なんかこういうの苦手なんだよ。村の家族のことを思い出しちまう。……そうだな。俺にとっちゃ今の仲間も村の家族も同じなのかもな。共に生きた時間の長さは違くてもよ、誰にも死んでほしくねえって点においては同じだ。

「あ、また考えてる」
「……心を読むなよ」

 いつもこうだ。俺の周りにいるやつは、いつの間にか俺の心を読むようになる。ま、俺も相手の心が読めるようになってきたけど……ん?
 なんだよ……なんでメルリの顔がこんなに近くに……。これって……キス?

「へへっ」
「へへっ、じゃね、ねえよ。な、何やってんだ」
「減るもんじゃないし、いいでしょ。私みたいな美少女に」
「う、うるせえ」
「じゃあ、キスもしたし、寝るね。おやすみ!」
「お、おう」

 いや待て、なんなんだこの状況はよ。そもそも下位属性は子供つくっちゃいけねえって話だろ? いや、確かメザシ村長が言ってたな「いいか、ラット。男女がキスするだけでは子供はできん。もっとふかーい関係にならなければ生命は生まれんのだ」と。あんな真剣な顔のメザシ村長は見たことねえ。口数少ねえ村長が言うんだ。キスくらいなら……まあ、問題ねえよな。うん。でもよ、なんでメルリはこんなことしやがったんだ? わかんねえ。なんか心の変化でもあったのか。……いやいや、今はそれどころじゃねえ! 明日のために俺は眠る!!

 くそ、しばらく寝付けなかったじゃねえか。

「おはよう、ラット」
「お、おう。よく眠れたか?」
「うん。ぐっすり」

 なんだよ、すっきりした顔しやがって。ま、俺も体力は回復できてるみたいだな。

「とにかくよ、朝飯食って力をつけるぞ」
「そうだね。行こう」

 すっかり元気になったみてえだな。戦場に出てみるまではわかんねえが、まずは一安心……え? テントを出ると、頼もしい仲間たちのいやらしい顔が並んでいた。

「いやー、ラット君。さわやかな朝だね~」
「ラット君も隅に置けないな~」
「あら~、わたしならいつでもお相手してあ・げ・た・の・に」
「ち、違うぞ! なあ、メルリ!」
「そ、そうです! 不安で相談しているうちに、その、寝ちゃっただけなんです!」

 メルリのやつ、手を振りすぎて踊りみたいになってやがる。そんなんじゃ逆に疑われるぞ!

「ははは、二人とも息の合ったダンスだね。いや~若い!」

 え、お、俺もかよちくしょう! ……その後も飯を食い終わるまでからかわれた。迂闊うかつだったぜ。キスのせいで頭が回ってなかったな。

「へへっ。からかわれちゃったね」

 メルリ、なんでお前は嬉しそうなんだよ。ったく、緊張感の欠片もありゃしねえ。……ま、これくらいの方がいいのかもな。みんなよ、昨日のことを吹っ切って今日頑張るために無理してんだ、きっと。

 そんで、いよいよ戦いが始まる。騎士団の連中がせわしなく配置に着く。俺たちは一先ず砦からそう離れていねえ場所に待機だ。

「なかなか判断が難しいね。森が邪魔で戦況を読みづらい」
「そうね。誰か木にでも登る?」
「いや、その必要はねえ。俺は人の気配を察知するのが得意だからな。だいたいの状況はわかる」
「そういえばラット君、馬車でも敵を察知していたね。そうか、もしかしたら闇属性特有の能力なのかもね」
「かもな」

 まあ、確かに相手の力量を感じ取ったり気配を読むのは得意な方だがよ、今回のは完全に妖精の力を借りたインチキだ。仲間にはこのことも説明したいが、俺の中に妖精がいるなんていった日には、戦争で混乱してるとみなされちまうだろう。

(セリーヌ。大丈夫そうか?)
(うん。お腹いっぱい睡眠も完璧、問題なしよ!)
(わかった。もうすぐ開戦する。その時には頼む)
(了解~)

――ブォオォー。

 開戦を知らせる笛だ。いよいよ、俺たちが活躍する戦いが始まる。
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