√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道~悪いな勇者、この物語の主役は俺なんだ~

萩鵜アキ

文字の大きさ
上 下
42 / 92
1章 悪役貴族は屈しない

第42話 高貴なる血筋

しおりを挟む
「妙だな」

 キングは足を止めて空を見上げた。

 先ほどまであった太陽が、消えている。
 まるで深夜のような闇が当たりを包み込んでいる。

 時間感覚が狂ったか。
 しかし、何故?

 混乱しているところで、背後から女性の声が聞こえた。

「〝こんばんは〟。キング、と呼んでよろしいですか?」
「貴様は殺しの名家、ファンケルベルクの使用人だな」
「ええ。ドブネズミのように影に隠れて暮らしていた割りには、よく知っていましたね」
「言葉が汚いな。さすがはファンケルベルク。使用人がこれでは、飼い主の性格もねじ曲がって――」

 キングが、言葉を止めた。
 いつやられたものか、その頬に真っ赤な亀裂が走っていた。

 まったく、気づかなかった……。
 恐ろしいほど、身体能力とスキルが高い。

「……手も早いときた。こらえ性がないのか? 貴様がこうなら、飼い主の器も髙が知れるな」

 キングは、この女の実力を甘く見積もってはいなかった。
 むしろその逆で、最大限警戒していた。
 まともに戦っては勝機が薄い。

 たとえ勝てたとしても、深手を負ってしまうだろう。
 そのためキングは飼い主――エルヴィンを貶して激高させ、隙をつく算段だったのだが――。

「――ッ!?」

 激しい痛みに顔を歪める。
 足の甲に、いつの間にかナイフが深々と突き刺さっていた。

「良いことを教えてあげましょう」

 はっ、と視線を戻すが、既に女の姿がない。
 一瞬目をそらしただけで女を見失ってしまった。

 全方位を警戒。
 こちらを攻撃した瞬間に、範囲スキルを放つ。

 そのつもりで、じっと剣を構えて力を溜める。

「エルヴィン様はファンケルベルクの至宝。歴代で最も優れた才覚をお持ちです。地べたを這いずり回る下等生物が、易々と語っていい御方ではありません」
「そりゃ、そうかいッ!」

 背後から殺気。
 剣を振るうと、軽い手応え。

 キンッ!
 硬質な音。
 弾かれたナイフ。

 もしあのまま動かなければ、今頃キングの背中にナイフが突き刺さっていただろう。

 くそっ。
 なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。

 いま、闇に紛れている女は、まったく力の底が見えない。
 キングよりも遙か格上。下手をすれば、聖騎士団長に届く実力者だ。
 それが、この一連のやり取りで痛いほど理解出来た。

 出来れば戦闘は避け、勇者と合流したい。

「……悪いが、お前たちに構っている暇はないんだ」
「私もこのようなところで時間を潰すつもりはございません」
「だったら、ここはお互い水入りにして――」
「それは無理。だって貴方。もう死んでいますから」

 次の瞬間。闇の中にナイフが浮かび上がった。
 それも、1本や2本ではない。数十はある。
 自分の周囲を無数のナイフが、切っ先をこちらに向けて浮かんでいた。

(くそっ、操作系の魔法使いかッ!!)

 一般的な魔法使いは、ファイアボールなど魔力を放つ、放出系に属している。
 だが、ごく希に魔力で物を操るタイプがいる。それが、彼女だ。

 ナイフから魔力の導線を感じる。
 この闇夜で感じにくいことを思えば、属性は闇に違いない。
 光で操作を断ち切れる!

「ライトニング・バースト!」

 光を圧縮し、自らの周囲へ拡散させる。
 だが、ナイフは瞬く間にキングへと襲いかかり、全身を串刺しにした。

 操作している魔法が闇ならば、今のでかき消せたはずだった。

「なのに、な、ぜ……」

 キングは血を吐きながら、地面に倒れ込んだ。

「魔法を打ち消そうとした判断はお見事。ですが、残念ながら私の魔法は、光では消えません」
「な、何故……」

 夜だと思っていた闇が消え、当たりには昼の日差しが戻ってきた。
 そこでやっと、自分がしていた大きな勘違いに気づいた。

 闇魔法で辺りが暗くなっていたのではない。
 本来あるべき光がこの場を避けていたせいで、夜のように暗くなっていたのだ。

 この魔法は、一度だけ見たことがある。

「エ、日蝕エクリプス……神聖魔法セイクリッドだとッ!? 馬鹿なッ。このような大魔法を、教皇様以外が使えるはずが――」
「大魔法ではありません。魔法には元々、この程度の力があります。けれど人間は魔法の力を怖れ、矮小化し、自分たちの常識の範囲内でしか使わなくなってしまいました」
「そ……そんな、まさか」

 ここへきて、キングは気づいてしまった。
 昼を夜に変えるほどの大魔法。
 それを事もなげに使用する、幼く見える銀髪の女性。
 そして、今の話を総合して考えると、この女の素性が否応なくわかってしまった。

「――ハイエルフ」

 まさかこれほどの使い手――それもハイエルフという例外と戦うことになるとは、まるで想像もしていなかった。
 そして、彼女がハイエルフだとわかった今、自分に一切の勝機がないことも、またわかってしまった。

 なぜならハイエルフには、さらなる奥の手があるからだ。
 今回彼女は自らの力の、ほんの一部を晒したに過ぎない。
 それだけでキングは、戦いに敗れてしまった。

 この状況からの逆転など、天地がひっくり返ってもあり得ない。

「さようなら、キング」
「ま、待て。最後に一つだけ、聞かせてくれ」
「……良いでしょう」
「何故、人間とともにいる?」

 エルフは人間を嫌っている。
 彼らは人間が下等生物であり、獣であると、本気で考えている。
 故に、森の奥に引きこもり、一切外の世界に姿を現さない。

 キングの問いに、女は耳にかかった髪をかきあげて応えた。

「ハイエルフの、ハーフか」

 人間のものと同じ、丸い耳。
 エルフは通常、尖った耳をもっている。
 故に、丸耳はハーフエルフの証だ。

「人間とともに暮らす、ハーフ、エルフ……。まさかお前、ブルー・ブラ――」
「そこまでです」

 ザクッ。
 キングの喉元に、ナイフが深々と突き刺さった。

「好奇心は死を招く。もし次の人生があるなら、気をつけてくださいね」

 意識が徐々に遠のいていく。
 そのキングを、最後まで冷たい瞳が突き刺すように見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~

はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。 俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。 ある日の昼休み……高校で事は起こった。 俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。 しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。 ……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

ダンジョンブレイクお爺ちゃんズ★

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
人類がリアルから撤退して40年。 リアルを生きてきた第一世代は定年を迎えてVR世代との共存の道を歩んでいた。 笹井裕次郎(62)も、退職を皮切りに末娘の世話になりながら暮らすお爺ちゃん。 そんな裕次郎が、腐れ縁の寺井欽治(64)と共に向かったパターゴルフ場で、奇妙な縦穴──ダンジョンを発見する。 ダンジョンクリアと同時に世界に響き渡る天からの声。 そこで世界はダンジョンに適応するための肉体を与えられたことを知るのだった。 今までVR世界にこもっていた第二世代以降の若者達は、リアルに資源開拓に、新たに舵を取るのであった。 そんな若者の見えないところで暗躍する第一世代の姿があった。 【破壊? 開拓? 未知との遭遇。従えるは神獣、そして得物は鈍色に輝くゴルフクラブ!? お騒がせお爺ちゃん笹井裕次郎の冒険譚第二部、開幕!】

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

みうちゃんは今日も元気に配信中!〜ダンジョンで配信者ごっこをしてたら伝説になってた〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
過保護すぎる最強お兄ちゃんが、余命いくばくかの妹の夢を全力で応援! 妹に配信が『やらせ』だとバレないようにお兄ちゃんの暗躍が始まる! 【大丈夫、ただの幼女だよ!(APP20)】

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

処理中です...