上 下
21 / 92
1章 悪役貴族は屈しない

第21話 深化する思い違い

しおりを挟む
「ああ、思い当たる節があったわ。前に、聖女を救ったことがあったろ? その時、大将が貧民街を通りたいってゴネたことがあったンだよ」
「……もしかして」
「ああ。あン時、やたらスラムの奴らの仕事について聞いてきたから、妙だなとは思ってたンだ。それが、まさかこの計画に繋がるとは、な」
「つまり、人足はスラムの人間を使えと?」
「おそらくは、な。ありゃ、計画の下見だったンだろうよ」
「……当時は、確か9歳でしたか。その頃から、すでに策を巡らせていたのですか。恐ろしい御方ですね」
「まったくだ……」

 貧民なら、帰る家がないから現地で寝泊まり出来る。
 現地から外に出ないなら、秘密も守りやすい。
 たとえ反乱を起こされても、首都の外だからダメージがほとんどない。

 そしてなにより、貧民に仕事を与えることで、飢えや苦しみから救い出せる。

 ここまで考え、計画を作り、お金を稼ぎ、実際に行動に移した。
 その首謀者が10歳児というのだから、神童という言葉すら生ぬるい。

「冬に凍死する子どもたちを、もう見なくて済むかもしれませんね」
「……そうだな」

 あれは、本当に悲惨だ。
 ハンナもかつて下っ端だった頃は、よく遺体の処理を行っていたものだ。

 丸まったまま凍り付いた子ども。
 折り重なって寒さをしのごうとして、そのまま絶命してしまった兄弟。

 それらの処理をしながら、片や冬だというのに汗ばむほどの暖をとり、肥え太った貴族ブタを何度も心の中で惨殺したものだ。

 お前のそのお金があれば、この子たちが救えたのではないか……と。

「出来れば人足確保も秘密裏に行いたいですが、百人規模の人流は隠し通せませんね」
「それについてはスラムの解体とか、貧民にはドブさらいでもさせると言っておけば、問題なく許可が下りるだろ」

 表向きは排除と強制労働。
 その実は雇用の締結と生命の保護。

「ふふふ、まさに正義悪。ファンケルベルクらしいやり口ですね」
「貧民の中には、怪我が原因で仕事が出来なくなった職人もいる。上手く配置を考えれば、案外想像以上のモンが作れるかもしれねぇぜ?」
「それは腕が鳴りますね」

 人員配置はハンナの仕事だ。
 自分の能力如何によって、これから作り上げる拠点が優れたものになるか、はたまた凡庸なものになるかが決まる。

「ファンケルベルク家の総力を挙げ、これまで培った能力を活用し、エルヴィン様にふさわしい拠点……いえ、を作り上げましょう」
「おう!」
「はい」

 こうして、会議はつつがなく終了した。
 元々エルヴィンが想像していた作戦とは、ほんの僅かに毛色が変化した。

 それは、一度にすら満たない角度の違い。
 しかしこの変化が、6年後の未来にどのような結末となって現われるか、この時のエルヴィンには知るよしも無かった。



          ○



 ハンナに計画書を渡したあと、俺は屋敷にある宝物蔵にやってきた。

 最低限必要なステータスの確保は終わった。
 次はお待ちかねのレベリング!
 ――の前に、重要アイテム回収だ。

 原作だと、最終盤に出てくるアイテムが、この蔵に眠ってる。
 これがレベリングの役に立つのだ。

 本来はファンケルベルク家の所蔵品だったが、取り潰しになってから王家が回収。そこから魔王軍が侵攻してきて、いよいよ最終決戦という段階で、アドレア王が勇者に下賜する。

 勇者でプレイしてた頃は、ぐっと来るイベントだったんだけどな。
 エルヴィンになった今となっては『てめぇなに人様のものを、終盤になるまで大事に抱えてやがんだよ!』って感じだ。

 このアイテムがあれば、もっとスムーズに魔王軍を撃破出来ただろうし。

 蔵をあけて、中に足を踏み入れる。
 ほこり臭いし、薄暗いし、なんか出そうだし。
 文字通り宝の山なんだが、あまり長居したくない場所だな。

 ずんずん奥へ進んでいくと――あったあった。
 ひときわ上等なケースの中に、一振りの刀剣が収まっていた。

 今は黒い鞘に収まってるが、これ原作だと純白の鞘だったよな?
 あっ、柄巻つかまきの色とかかしらとか、つばの細工も微妙に違うな。

 もしかしてうちから奪い取ったあと、拵えを勝手に変えたのか?
 まあ、黒いこしらえは光の勇者には似合わないか……。

 でも、これだけは言わせてもらいたい。
 拵えも含めて刀剣なんだよ!
 勝手に変えんな!

 この刀剣は、ゲームの中では『聖光の刀剣』と呼ばれていた。
 ゲーム情報によると『かつてアドレア建国時に祭器として用いられた。ドワーフが製作し、エルフが精霊に加護を願い、聖者が神を下ろしたとされる』という、凄まじい宝だ。

 この刀剣を所持しているだけで、全パーティの物理ダメージが15%アップする。
 まさにお化けアイテムである。

 本編で勇者はこれを装備せず、貴重品として所持するのみだった。
 まあ、二千年近く前の武器なんて、魔王の額にかち込めないよな。
 だって折れそうだし。

 なにげなしに刀剣を掴んだ。
 その瞬間だった。

 ――ピリッ!
 俺の魔力が、刀剣に共鳴した。

「んっ?」

 今は魔力操作の訓練はしてない、よな?
 じゃあ、なんで刀剣を握っただけで、俺の魔力がこいつに纏わり付いてんだ?

 普通、ものを握ったら、体の魔力はそのものを少し避ける。
 意識せずに魔力で覆われるなんてことはない。

「なんだこれ? 気持ちわる……」

 初めて握ったのに、まるでずっと自分の体の一部だったみたいに違和感がない。
 気持ち悪いし、なんか怖い。

 いきなり呪われてバッドエンドとか、ないよね?
 ちょっぴり腰が引ける。

 まさか、勇者以外手にしたらダメ、とか?
 そんな設定あったっけ?

 自分の命に関わることだ。
 必死にプロデニの設定を思い出していると、突如、バチバチっとシナプスが繋がった。

「……もしかしてこれ、勇者専用のアイテムじゃないんじゃないか?」

 そもそも、当時からおかしいと思ってたんだ。
 聖光の刀剣って名前の武器を渡されたのに、武器として装備できず、重要アイテムの欄に収まっていた。

 最強武器ちゃうんかーい! って、当時は内心突っ込んださ。
 でも、説明文を読んだらなんか納得して、それ以降は不思議に思わなくなってた。

 でも、それこそがシナリオライターのミスリードだったら?
 プレイヤーにあえて、誤認させる情報しか提示してなかったら?

 たとえば――勇者はこの刀剣を〝装備出来なかった〟。
 だから仕方なく、重要アイテムとして所持していた、とか……。

【シナリオ理解度が1%増えました――53%】

 ウインドウが現われた瞬間、背筋がゾクっとした。

 一体、シナリオライターはどこまで考えてんだ?
 どこまでプレイヤーを誤認させていて、この物語でどんな真実を明かしたかったんだ?

 手のひらでコロコロされてる気分だが……悪くない。
 この先、ライターがなにを隠してやがるのか、俺が解き明かしてやる。

 ――と、その前にまずは処刑を回避して生き延びること、だな。
 俺は刀剣を装備し、他にも有用なアイテムがないか蔵を物色するのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

八神 凪
ファンタジー
   日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。    そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。  しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。  高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。    確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。  だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。  まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。  ――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。  先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。    そして女性は信じられないことを口にする。  ここはあなたの居た世界ではない、と――  かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。  そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

転生したら主人公を裏切ってパーティを離脱する味方ヅラ悪役貴族だった~破滅回避のために強くなりすぎた結果、シナリオが完全崩壊しました~

おさない
ファンタジー
 徹夜で新作のRPG『ラストファンタジア』をクリアした俺は、気づくと先程までプレイしていたゲームの世界に転生していた。  しかも転生先は、味方としてパーティに加わり、最後は主人公を裏切ってラスボスとなる悪役貴族のアラン・ディンロードの少年時代。  おまけに、とある事情により悪の道に進まなくても死亡確定である。  絶望的な状況に陥ってしまった俺は、破滅の運命に抗うために鍛錬を始めるのだが……ラスボスであるアランには俺の想像を遥かに超える才能が眠っていた! ※カクヨムにも掲載しています

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

処理中です...