√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道~悪いな勇者、この物語の主役は俺なんだ~

萩鵜アキ

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1章 悪役貴族は屈しない

第1話 目覚め

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 目を覚ますと知らない部屋にいた。
 さっきまで部屋でゲームをしていたような……。

 ――うん、間違いない。
 俺はプロミネント・ディスティニー(略してプロデニ)をプレイしていた。

 恋愛と育成シミュレーション、さらにアクションRPGを融合したユニークなVRゲームで、これが出るや否や、SNSで話題が沸騰。あっという間に100万本を売り上げる大ヒットゲームになった。

 凄いのはシステムだけじゃない。
 各ルート毎のシナリオが、すべて心に響いた。
 燃えがあるし、萌もあるし、とても泣けた。

 オタクの間じゃプロデニのことを心のバイブルとか、人生なんて呼んでいる。

 俺は勇者・剣聖・賢者・精霊王の全4ルートを、ノーマルモードとハードモードでクリア。その後解放されるエクストラモードにも挑戦した。

 エクストラモードは……ヤバかった。
 だって、ボスの攻撃1発でも食らったら即死だもん。

 だがそれ以上にやばかったのは、エクストラモード限定の裏ENDだ。

 エクストラモードをクリアしたゲーマーはたくさんいる。
 だが、裏ENDを見た奴は、たぶん俺しかいないだろう。

 なぜなら裏ENDは、最悪の縛りプレイだからだ。

 まず序盤はすべて精神力強化の修行を行う。
 そうすることで、各ヒロインとのフラグが一切立たなくなる。

 通常モードだと、各ヒロインのフラグを立てずに学園期間を終了すると、唐突にバッドエンドが発生する。
 だがエクストラモード限定で精神力を鍛え続けると、そのバッドエンドが発生しなくなる。

 バッドエンドの有無によって、先人達は『この方法がなんらかのルートに繋がっているのではないか』ということに気がついた。

 だが、その先にあるエンディングまで進められる者は誰一人としていなかった。

 だって、精神ぶっぱビルドなんだもん……。

 筋力がないからダメージが1しか出ない。
 クリティカルでも1。
 知力がないから、魔法が使えない。
 体力がないから雑魚の攻撃ですら、1撃で死ぬ。

 幸い、精神力は魔法耐性が上がるから、相手からの攻撃魔法だけは耐えられるんだけどなあ。

 ボスを倒すためには数時間殴り続けなきゃいけないわ、その間、先っちょだけでもかすったら死ぬ攻撃を避け続けなきゃいけないわ……。
 マジで脳が焼き切れるかと思ったわ。

 これまで誰一人としてクリア出来なかったのが頷ける。

 フロムソフトも真っ青。
 俺でも、クリア出来たのが奇跡だと思う。

 だって、もう何十回も攻略失敗してたし。
 ラスボスに何回トライしたかも覚えてない。

 もう少しで体力を削り切れる! って油断して死亡したことが何回もあった。
 数時間戦い続けての死亡……。
 俺のVRゴーグルがまだ割れずに無事だったことが奇跡だ。

 そして、感動のボス攻略の後に待ち受けていたものは――ぼっちEND。

 ひどくねっ!?!?

 これだけきついことしといて、どのヒロインとも結ばれずに終わるとか、シナリオライターは鬼かッ!!

 くそっ、嫌なことを思い出した。
 ため息を付いて、ベッドから下りる。

「……ん?」

 視点が低い。
 身長が、低くなったのか?

 豪華な天蓋付のベッド。
 やたらデカいからキングサイズかと思ってたけど、どうやらそれだけじゃないようだ。

 プロデニを全クリした興奮が一気に冷めた。

「なんだこれは、どうなっているんだ?」

 ここへきて、俺はやっと異常事態を実感した。
 急いで鏡の前に立つ。

「……子どもだ」

 それも、かなり顔が整っている。
 こんなに美麗に生んでくれた両親が羨ましいよ。
 前の自分の顔と比較すると、ちょっとだけ心がやさぐれる。

 ――ザッ。

 脳にノイズが走る。
 僅かな痛み。
 こめかみを押さえると、すぐに消えた。

「この顔、どこかで見覚えがあるが……」

 なにかに似ている。
 なんだったか……ああ、そうだ。プロデニに出てくる、登場してから速攻で退場する悪役貴族に似てるんだ!

「…………ハァッ!?」

 いやいやいや。
 落ち着け俺。
 一度深呼吸だ。

 …………そうか、これはゲームの続きか。
 なんだ、ぼっちENDで終わったかと思ったら、ちゃんと続くのか。

 ああ、驚いた。
 でもそろそろゲームを中断するか。
 頭に手をやるが……ないッ!?

 VRゴーグルが、ない!
 えっ、これVRじゃないの?

 じゃ、じゃあ……夢だ!
 プロデニをクリアして、感動と疲労で俺は気を失った。
 五十時間ぶっ続けでプレイした結果、プロデニが夢にまで出て来た。

 ははは。
 なあんだ、夢か。
 じゃあそろそろ目覚めを――。

「いへへ……」

 つねったほっぺたがマジ痛い。
 ……ええと?
 もしかして、これは、ゲンジツなんですカ?

 その時、扉から三回ノック音が聞こえた。

「エルヴィン様、お目覚めでしょうか」
「――ッ!」

 心の準備が出来ないうちに、突きつけられる現実。
 どうやら、俺は本当に悪役貴族エルヴィンになってしまったらしい。
 それも、夢ではなく現実で……。

 俺は、転生したのか。
 とすると、日本の俺は死んだんだろう。
 当たり前だ。50時間もぶっ続けでゲームをやってたんだ。
 突然死んでも不思議ではない。

 ほんの少しのショックと、それ以上に大きな高揚感が湧き上がる。

 死んだのは残念だ。
 そのおかげで俺は心のバイブル、人生の世界にやってきた!

「でも、エルヴィンかあ……!」

 何故、早々に退場――というか処刑されるキャラに転生してしまったんだ。
 せめて勇者になりたかった。
 がっかりだ!

「……いや、これはチャンスか?」

 プロデニには、実は公開されていないルートが存在する。
 一度特集記事の対談でシナリオライターが公言したのだ。

ライターA:実は、後々のDLコンテンツ用にとあるルートを作ったんですけど、最後の最後で没を食らってしまいまして……(笑)。
――大人の事情?
ライターA:それもありますけど、少々過激すぎたんですね。
――どこまで作っていたんですか?
ライターA:最後まで。
――それは……凄まじい決定ですね。
ライターA:開発費をドブに捨てるようなものです。僕としては、かなり粘りました。これがあるとやっと物語として完成するので。でも…………いえ、この話はこの辺にしておきましょう。外に出ない物語の話をしても、皆さんに無駄な期待をさせるだけですから。

 この会話から、ネットでは様々な憶測が飛んだ。
 完璧のように思われていたシナリオが、実はまだ未完成だったというのだから、驚かないはずがない。

 とあるルートとはどんな物語だったのか。
 皆が推測した。
 俺もした。

 ネットでの議論の結果、そのルートの主人公にエルヴィン説が浮上した。

 なぜならエルヴィンだけ、物語の中で不自然なほど情報がないからだ。
 主人公を排除しようとした理由も、どういう心境だったかも語られないまま処刑される。

 ここが補完されれば、たしかに物語は完成するに違いない。

「……もしかして俺は、ボツルートに転生した!?」

 可能性はある。
 となれば、まさか処刑回避ルートがあるのか?
 あっ、逆にエルヴィンの事情や心境を理解した上で、斬首される可能性もまだ残ってるな……。

 実際、エルヴィンルートがどこで終わるかとか一切情報ないし。
 過激だからNGってのは、エルヴィンが斬首されて物語が終わるから、と言えないこともない。

 うわぁ、めっちゃ嫌だ。
 せっかく大好きなゲームの中に転生したのに、すぐに死ぬとか絶対嫌だ!

 ライターに『物語のために死ね』って言われたら死ぬか?
 ――否。
 断じて、否だ!

「……くくく、やってやろうじゃん」

 これがライターが書いたシナリオかどうかはわかららない。
 だが確かなことが一つだけある。

 ――死にたくない。

 俺はまだまだ、プロデニの世界を満喫したい。
 死ぬにしても、おじいちゃんになるまで満喫してからだ!
 それだけは、絶対に譲れない。

 大好きな世界を満喫してから、寿命で死ぬ。
 なんて幸せな人生だろう?

 俺はエクストラモードの地獄をくぐり抜けた。
 そして裏ENDっていう、誰一人達成し得なかった偉業を成し遂げたんだ。
 それくらいのご褒美が、あってもいいだろ?

 鏡に映る自分に宣言する。

「この人生ルート、寿命まで生き延び全クリしてやる!!」

 こうして、俺の第二の人生が始まったのだった。
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