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青年前期
第76話 肖像画
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ヒロ達は情報屋として活動していた五年間、西の大国カルオロンやその周辺で薬草の調査を行っていた。
それにより、大陸の東側には足を踏み入れたことがない。
進めば進むほど、寂れた風景の中には民家すら見当たらず、あったとしても今にも崩れ落ちそうな壁が痛々しく、生活水準はかなり悪化していると言っていいだろう。
カルオロンも街中失業者で溢れかえっているような国であったが、ここは更に劣悪な状況だった。
荒廃した国。
ここにかつて王国があったことさえ感じることができず、貧しい人々は飢えに苦しみ、明日の希望さえも失っていた。
三人は地図で示された城へと向かうにつれ、次第に口数が少なくなっていく。
地図に記された場所に建つ赤茶色の城は小ぢんまりとした石造りの建物だった。
山脈の麓に位置するフォスタの城、アルギナに会ったバミルゴの宮殿、そして圧倒的な大きさを誇るカルオロン城。どれと比べても比較できない程小さく、どちらかと言えばタバンガイ茸が発見された南の貴族の屋敷に近い。
すでに廃墟と化している城の中へとぼとぼと三人は進んでいく。
煤で真っ黒になった壁紙。引き裂かれたカーテン。歩く踏み場もない程、いろんなものが散乱している室内は、じっと目を凝らすと滲む血のような跡すら見受けられる。そんな耐えがたい状況に顔を下に落として足速に先へと進む。
ヒロは不意に一階大広間から二階の広間へと続く階段の途中で足を止める。
古ぼけた一枚の肖像画には、濃い紺色の夜会服を着て、頭に質素な飾りをつけている髪の長い女性が描かれていた。
今の自分とあまり歳の変わらない、美しくも儚い少女のような顔をしたその女性は寂しげな目線をこちらに向けている。
自分と同じ瞳と髪色をしたその女性が誰かヒロにはすぐに分かった。
(……どうしたの、ヒロ。眠れないの?)
(ウッ、ウッ、怖い夢を見たの。……母さん)
(どんな夢?)
(母さんがいなくなってしまう夢……。何処にも行かないよね、ねえ約束して母さん?)
(……何処にも行かないよ。こんな可愛い子たちを残して何処に行くというの? さあこっちに来てシーツに入りなさい。今日だけよ。一緒に寝ることは、皆には内緒ね)
(うん。母さん、大好き! これからもずっと傍にいてね…………)
ふくよかで力強く、五人の子どもを育てあげたセラ。
光り輝く太陽のように子どもたちの中心で、絶えず明るい笑顔を振りまいていた育ての母。
そこに描かれていたのは、そんな育ての母親とは全く掛け離れた生みの母親の姿だった。
この母親はどんなふうに俺に語りかけていたのだろうか?
声は似ていたのだろうか?
そしてどんな気持ちで俺を遺して逝ったのだろう?
「この絵は?」
じっとその絵を見続けるヒロに、カイも同じように見上げて訊いてきた。
「……ミッカ妃。ベガが言っていた、この国の妃で、恐らく俺の本当の母親だと思う」
「確かに、そう言われて見れば、お前に似ているかも。髪や目の色も同じだし。驚いたな。俺たちと同じ年位じゃないか、母さん……セラは四十を越えていた。おい、お前大丈夫か?」
そこへアラミスの手がかりを探しに行っていたテルウが血相を変えて戻ってきた。
「ね、ねえ。変な部屋を見つけたんだ。ちょっと二人とも来て!」
テルウに促され二人は彼の後について走り出したが、ヒロは明らかに肖像画を見て鬱屈した表情をしていた。
そして、テルウがこっちこっちと手招きした部屋に入った瞬間、二人には衝撃が走る。
その部屋は城内部より更に進んだ棟の一角にあった。
しかし城とは明らかに様子が違う。
部屋のあらゆるものが斜めに歪み、その歪みはその先のある一点に集中している。
そして、その先にある一点には壁に開けられた穴があり、後から誰かが補強した何枚もの薄い木の板が穴を塞ぐように壁に打ち付けてあった。
「………壁に穴? この部屋はまるでタバンガイ茸で調査した貴族の館と同じじゃないか?」
「カイもそう思うでしょう? ヒロ、あの館もこんな感じだったんだよ」
考えたくはないが、この状況がヒロ自身と関係があることは、もはや疑いようのないことである。
記憶がない赤子の頃にも無意識にあの力を使っていたという信じられない現実。
ヒロはその壁を黙ってじっと暫らく眺めてから一瞬辛そうに下を向いた。
しかし、いつもと同じように笑顔で二人に
「………さあ、日が暮れる前にアラミスを探しに行こう」
と珍しく前向きな姿勢を示した。
それにより、大陸の東側には足を踏み入れたことがない。
進めば進むほど、寂れた風景の中には民家すら見当たらず、あったとしても今にも崩れ落ちそうな壁が痛々しく、生活水準はかなり悪化していると言っていいだろう。
カルオロンも街中失業者で溢れかえっているような国であったが、ここは更に劣悪な状況だった。
荒廃した国。
ここにかつて王国があったことさえ感じることができず、貧しい人々は飢えに苦しみ、明日の希望さえも失っていた。
三人は地図で示された城へと向かうにつれ、次第に口数が少なくなっていく。
地図に記された場所に建つ赤茶色の城は小ぢんまりとした石造りの建物だった。
山脈の麓に位置するフォスタの城、アルギナに会ったバミルゴの宮殿、そして圧倒的な大きさを誇るカルオロン城。どれと比べても比較できない程小さく、どちらかと言えばタバンガイ茸が発見された南の貴族の屋敷に近い。
すでに廃墟と化している城の中へとぼとぼと三人は進んでいく。
煤で真っ黒になった壁紙。引き裂かれたカーテン。歩く踏み場もない程、いろんなものが散乱している室内は、じっと目を凝らすと滲む血のような跡すら見受けられる。そんな耐えがたい状況に顔を下に落として足速に先へと進む。
ヒロは不意に一階大広間から二階の広間へと続く階段の途中で足を止める。
古ぼけた一枚の肖像画には、濃い紺色の夜会服を着て、頭に質素な飾りをつけている髪の長い女性が描かれていた。
今の自分とあまり歳の変わらない、美しくも儚い少女のような顔をしたその女性は寂しげな目線をこちらに向けている。
自分と同じ瞳と髪色をしたその女性が誰かヒロにはすぐに分かった。
(……どうしたの、ヒロ。眠れないの?)
(ウッ、ウッ、怖い夢を見たの。……母さん)
(どんな夢?)
(母さんがいなくなってしまう夢……。何処にも行かないよね、ねえ約束して母さん?)
(……何処にも行かないよ。こんな可愛い子たちを残して何処に行くというの? さあこっちに来てシーツに入りなさい。今日だけよ。一緒に寝ることは、皆には内緒ね)
(うん。母さん、大好き! これからもずっと傍にいてね…………)
ふくよかで力強く、五人の子どもを育てあげたセラ。
光り輝く太陽のように子どもたちの中心で、絶えず明るい笑顔を振りまいていた育ての母。
そこに描かれていたのは、そんな育ての母親とは全く掛け離れた生みの母親の姿だった。
この母親はどんなふうに俺に語りかけていたのだろうか?
声は似ていたのだろうか?
そしてどんな気持ちで俺を遺して逝ったのだろう?
「この絵は?」
じっとその絵を見続けるヒロに、カイも同じように見上げて訊いてきた。
「……ミッカ妃。ベガが言っていた、この国の妃で、恐らく俺の本当の母親だと思う」
「確かに、そう言われて見れば、お前に似ているかも。髪や目の色も同じだし。驚いたな。俺たちと同じ年位じゃないか、母さん……セラは四十を越えていた。おい、お前大丈夫か?」
そこへアラミスの手がかりを探しに行っていたテルウが血相を変えて戻ってきた。
「ね、ねえ。変な部屋を見つけたんだ。ちょっと二人とも来て!」
テルウに促され二人は彼の後について走り出したが、ヒロは明らかに肖像画を見て鬱屈した表情をしていた。
そして、テルウがこっちこっちと手招きした部屋に入った瞬間、二人には衝撃が走る。
その部屋は城内部より更に進んだ棟の一角にあった。
しかし城とは明らかに様子が違う。
部屋のあらゆるものが斜めに歪み、その歪みはその先のある一点に集中している。
そして、その先にある一点には壁に開けられた穴があり、後から誰かが補強した何枚もの薄い木の板が穴を塞ぐように壁に打ち付けてあった。
「………壁に穴? この部屋はまるでタバンガイ茸で調査した貴族の館と同じじゃないか?」
「カイもそう思うでしょう? ヒロ、あの館もこんな感じだったんだよ」
考えたくはないが、この状況がヒロ自身と関係があることは、もはや疑いようのないことである。
記憶がない赤子の頃にも無意識にあの力を使っていたという信じられない現実。
ヒロはその壁を黙ってじっと暫らく眺めてから一瞬辛そうに下を向いた。
しかし、いつもと同じように笑顔で二人に
「………さあ、日が暮れる前にアラミスを探しに行こう」
と珍しく前向きな姿勢を示した。
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