デルタトロスの子どもたち ~曖昧な色に染まった世で奏でる祈りの唄~

華田さち

文字の大きさ
69 / 81
青年前期

第69話 唇の熱

しおりを挟む
最初は唇同士が軽く触れただけで、彼女は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに目を閉じて身を委ねてきた。
ヒロは堪え切れずもう片方の手を彼女の腰に当てて、さらに強く抱きしめた。
五年間の離れ離れだった辛い日々のことを思い浮かべながら、何度も何度も唇を重ねる。
ヒロが思い描いていた通り、こんなに柔らかい感触を知らないというほど、その唇はとても柔らかく、唇を通してとろける様な気持ちへと変化していく。

そして二人はお互いの思いをぶつけるかのように、その暖かい唇の熱を感じながら、ようやく想いを通わせる。

「ど、どうしよう。気持ちが抑えられない。ようやく君に触れられたんだもの。もっと、もっとしたい!」
彼女はとろーんと半開きの目をして、ん、んと言いながらも
「初めて会った時から大好きよ、ヒロ。このまま私を連れ去って……」
と繋いだ指先に力を込めた。

そのたった一言が、薬のせいで興奮していたヒロのハートにさらに火を点けた。

もういつから湯殿に入っていないとか、そんなことはどこかで吹っ飛び、そのまま押し倒しそうな勢いでズンズンと彼女にキスしながら、前に進みだしたのだ。

もはや今いる場所が、断崖絶壁の山の頂上だということは頭から完全に消え去り、ただ思いが通じあえた事にすっかり舞い上がってしまい、さらに力いっぱい、芳しい匂い漂う彼女を抱きしめた。

「今日から俺たちは恋人同士だ。これからはずっと一緒だよ、もう絶対に離さないから」
そう言って、さらに唇を軽く噛むようにキスをした。
そんなキスにすっかり甘い顔をし、色っぽく頬が染まっている彼女を見てしまったヒロはさらに自分が抑えられなくなってしまう。

いつの間にか彼の首に手を廻して濃厚なキスをしていたのだが、やがてシキは異変に気付く。
それは興奮したヒロに押されて、どんどん崖の方へと向かっているかもしれないことだった。

ん?
気のせいかしら?
霞がかかってよく見えないけど。

横目でちらりちらりと場所の確認をしようとするが、ヒロの顔が視界を塞いでいるのと、気持ちが高ぶって平衡感覚を失ってしまう。

これはひょっとすると、非常にまずい状態なんじゃないかいうことに気が付いた途端、案の定ぐらっと身体から力が抜けた。

崖から後ろに倒れかかっているシキが見える。
「◯×△◇■◯×××!」

言葉にならない叫び声をあげたヒロはようやく、興奮した自分が崖から彼女を押し出してしまった痛い現実を知ることとなる。

今、自分の身の上に起きていることが信じられない。
どうして? どうして、ヒロ?
どーーうーーしてーー???
という顔をして、シキは掴んでいる手がスルッとヒロから離れた。

「あわわわわわわ、シキ! こんなつもりじゃなかったのに! 気持ちが抑えきれなくて押し出しちゃった」

どうしよう! どうしよう! 
あれほどベガに注意されたのに、また見境なく突っ走ってしまった。やっと君と繋がることができたのに!

ヒロは仰け反り落ちかけている彼女の体を、飛び出していって両手でガシッとしっかり抱いた。
頭の辺りに顔を押し付けて愛おしく庇う様にありったけの力を込める。
そんな抱き合った二人の身体は、崖の上から鏡に向かって真っ逆さまに落下していった。

あれほど苦労して登った山がやっぱりこんなにも高かったのかと思うほど、長い滞空時間と猛烈な風を感じながら、やがて二人の身体は途中から燃え盛る真っ赤な炎に包まれていく。
そして、その赤く燃え盛る炎が緩衝材の役割を果たし、鏡は二人に触れることなくパリパリ、ガッシャーンと凄まじい音を出して割れた。
その割れた時の衝撃音が鼓膜を通して脳にまで達したので、脳震盪を起こしかけ、やがて二人とも意識が遠のいていく。


(…………何か聞こえてくる。可愛らしい小さな声で誰かが唄を歌っている)


エスフィータ エスフィータ
こどもたちに口づけを 幸せだった日々を思い出し涙するだろう
エスフィータ エスフィータ
亡き魂に花束を こぼれる涙を胸に抱き明日を見つめるだろう
エスフィータ エスフィータ
輝く王冠に祝福を 赤い月夜の晩に彼方のまばゆい光を掴むだろう…………


(あれ? この唄って前にも聞いたような……)
ヒロが薄目を開けると、シキによく似ているあのホログラム映像で浮かび上がってきた黒髪の女の子が、隣でシキが歌っていたあの唄を歌っている。

その小さな黒髪の少女は唄うのを止め、ヒロに話しかけてきた。
「やあ、二人とも鏡の中からは無事脱出できたようだね。でもまだまだよ。まだ何も始まっていないのだから、ふふふ………」

そして抱き合っている二人の周囲をクルクルと踊り子のように回りはじめ、飛ぶように舞い踊りながら再びあの唄を歌いはじめる。

(………なぜこの子もこの唄を知っているのだろう?)

腕の中を見るとシキの銀色の髪が揺れている。
ようやくお互いの気持ちを確認し、恋人になれた彼女。
自分に力を与え、戦う勇気を与えてくれる彼女。
叶うならば、ここままずっとこうして抱きしめていたい。

「永遠に俺の傍にいて……、シキ……」
やがてヒロは完全に意識を失ってしまった。




“ねえ、君はあの鏡の中で過ごした時のことずっと覚えていただろうか?
今になって思えば、二人きりで過ごしたあの満ち足りた時間が、一番幸せだったのかもしれない。
二人とも背負うものが何もなく、ただ純粋に愛を囁いていればよかったのだから。
あの時は夢にも思ってもいなかったんだ。
まさか、まさかこんな事になるなんて……………“
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

現代ダンジョン奮闘記

だっち
ファンタジー
15年前に突如としてダンジョンが登場した現代の地球。 誰が何のために。 未だに解明されていないが、モンスターが落とす魔石はすべてのエネルギー源を代替できる物質だった。 しかも、ダンジョンでは痛みがあるが死なない。 金も稼げる危険な遊び場。それが一般市民が持っているダンジョンの認識だ。 そんな世界でバイトの代わりに何となくダンジョンに潜る一人の少年。 探索者人口4億人と言われているこの時代で、何を成していくのか。 少年の物語が始まる。

処理中です...