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公爵令嬢は絶望し、開き直る

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一瞬後、瞳を開くと目の前に王子の顔があった。
「そ、んな……」
表情かおが絶望に染まる。
「嘘でしょう、こんな……!」
こんなタイミングで戻ってきてしまうだなんて___フェリシアは紫亜と魂を入れ替えてからの日々を思い返す。
入れ替わりが成功して、初めに鏡を見て思ったのは“似ているな”だった。
魂が引き合うような存在は、外見も似通うと聞いたことがある。
なるほどこちらの方が鼻が少し低いし、前の自分ほど色も白くなく髪色も違うが、全体の雰囲気としては良く似た顔と言えるだろう。
スタイルも良いし目もぱっちりとしていて可愛いらしい。しかも生来の性格が天真爛漫だからだろう、この紫亜という少女は家族にも友人にもとても愛されていた__本人は全く気がついていないが、周りの異性にも。
紫亜には悪いと思ったが、優しく仲の良い両親に言いたいことを言いあえる友達、完全ではないけれど男女同権の世界__私はすっかりこの世界が気に入り毎日を過ごし、時折学校帰りにお洒落なカフェでスイーツを食べて帰ったりと忙しくも楽しくて、こちらでの日々を想うことなどなかった。

それなのに、ふと満月フルムーンの月を見上げて一瞬、ほんの一瞬だけ 考えてしまったのだ、こちらの世界は今頃どうなっているかと。
まさかその一瞬が、紫亜の想いと重なってしまうなんて……!

目の前には今にも泣きそうにこちらをみつめる王太子。
思わずフェリシアはチッと舌打ちしそうになるのを堪える。
どう見ても状況は最悪だ。
なんてこと……!
フェリシアが絶句していると、やがて父である公爵がコホン、と咳払いしその場の膠着状態が解ける。
「とりあえずここでは……、詳しいことは場所を変えてからの方が良いでしょう」
とフェリシアではなくリカルドに言い、
「そ、そうだなっ!」
ホッとしたようにリカルドが返し、
「シア、」
そのリカルドが伸ばしてきた手を私は思いきり叩き落とした。
「フェリシア!殿下になんてことを、「__うるさい!」?!」
家臣らしい兄の態度にあちらの世界にすっかり慣れたフェリシアは叫ぶ。

「今更兄貴面はやめて下さいませ!それに殿下もです、私が側を離れたから気にしただけで、あのまま私が黙って側にいたらそのまま酷い態度を続けていたでしょうっ?!大体、この国は男尊女卑がすぎますわ!女性には貞淑さと従順さだけを求め、殿方の浮気はただの火遊びだからと許される、なんて男性にだけ寛容な世界なのかしらっ…?殿下には冷たくあしらわれ、執務の手伝いだけ求められ、可愛いと褒めそやすのは別の女で…!学生のうちからこんなざまで一体未来にどんな希望があるというのです!__だから、私は捨ててやろうと思ったのです、形だけの家族も、王子の婚約者なんて立場も!ただの枠組みフレームだわ!中の絵が変わったところで誰も気付かない!そんな役目、こっちから捨ててやるわ……!」
そうだ。誰も気付かなかった、紫亜が私になったことも、私が紫亜になったことにも。

__だったら、どうだっていい。

血を吐くように叫ぶ令嬢の声は男女問わず心に何かを想起させ、令嬢らしからぬ振る舞いを咎める者はいなかった__言えなかった の方が正しいかもしれない。
主に男性はばつの悪さを、女性達は共感を感じずにいられなかったからだ。
そしてそれは王妃も同様だった__今の国王も例にもれず愛人がいる。王妃にも思うところがあったのだろう、だがそんなことはどうでもいい。

現在私は公爵家に軟禁状態だ。

あの後反省した王子が「彼女はただ妃の位目当てのあざとい娘だ」とフェリシナを糾弾し、私との婚約破棄はなされず、毎日花束を抱えて謝罪に来るのだ。
「僕が悪かった」
「君と別れた僕など想像出来ない」
「私と離れてからの君がどんどん綺麗になってくのを見て自分がいかに君を笑顔にする努力を怠っていたか痛感した」
「許せないなら、一生かけて償わせてくれ」
等々、以前なら考えられない甘ったるい台詞のオンパレードだ。
兄も「お前の辛さをわかってやれなくてすまなかった」などと謝罪してくるし、
父公爵まで「お前が家を捨てたいとまで思いつめていたとは…、すまん」と端的ではあるが謝って来た。
以前はそう親しくしていた覚えのない従兄弟のレナードやクラスメイトからまでお見舞いの手紙や品物が届く。
何やっちゃってくれてるのよ紫亜……!
もうこんな厳しいマナーと義務を押し付けるだけの世界、戻りたくなかったのに……!だから必死であの術を完成させたのに。
あの術式は準備も大変だがタイミングも難しく、そう何度もほいほい出来るものでもない。
フェリシアは途方にくれた。

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