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「八年……?まさか__俺が出征してから一度も会っていないのですか?!」
「い、いや一度は会った!後からお前との婚姻を知らされたアルスリーア嬢がどういう事かと説明を求めて来たからな、だが、儂も詳しくは知らんし、お前からは“気に掛けてやって欲しい“としか言われておらなんだし、向こうが何も言ってこない以上干渉する理由も__「もういい」?!」
ひやりとエドワードの纏う空気が変わり、侯爵は呑まれて口を噤む。
「父上__いや侯爵、貴方が私の願いなど丸切り気にしていなかったことは理解した」
そう言って去って行く三男に、フェンティ侯爵はうすら寒さを覚えた。
「役立たずめ、爵位を継いだだけで騎士ですらなかったくせに」
吐き捨てるように言ったエドワードはエルドア子爵家に向かった。
だが、エルドア子爵家で待っていたのは、更なる絶望的な現実だった。
「おや、騎士団長どの。十日ほど前に凱旋されたと聞きましたが今頃どのような御用向きでこのような田舎へ?」
エルドア子爵家は王都から馬で駆けても五時間はかかる。エドワードと側近のディーンだからこそ四時間そこそこで駆けて来られた距離だが、迎えたエルドア子爵の対応には多分に皮肉が混じっていた。
ディーンは眉を顰めたがエドワードにそんな余裕はなく、
「先触れのなかったこと、お詫び申し上げる、エルドア子爵。リーアは、ご令嬢はどちらにおられる……?」
「アルスリーアですか?あの娘なら出て行きましたよ、四年前に」
「はっ……?」
「ですから出て行きました。本人のたっての希望により籍を抜きましたから既に我が家の娘ではありません」
「なっ……!エルドア子爵!貴方は十六の己の娘を捨てたと言うのか……?!」
「人聞きの悪い言い方をしないでいただきたい、本人のたっての希望だと言ったでしょう、どちらかと言えば捨てたのはエドワード殿__貴方の方ですよ」
「何……?」
「八年前、貴殿は娘に何も告げず、一方的に書類上の婚姻を成立させ出立なされた__娘に“デビュタントには迎えに来る“とだけ言い残して。だが、その約束は果たされず、娘のデビュタントの日を過ぎても貴殿からも侯爵家からも、連絡一つなかった。あの子は書類上貴殿の妻であるにも関わらず、です。夫が出征中であるから気楽に遊びまわるわけにも行かず、あの子はひたすら勉強に明け暮れていました」
「手紙は、出していたはずだ__まさか届いていなかったのか?!」
「ひと言だけの生存報告なら届いていましたよ、最後に来ていたのはあの子が十六になる半年前でしたか」
「デビュタントの祝いの品をこちらに送ったはずだ、まさか届いていなかったのか?!」
「ああ、あれはデビュタント祝いだったのですか、娘のデビュタントから十日程経った頃届いたのですがその頃もう娘は出ていってしまっていたので」
「十日後だとっ?!そんな馬鹿な__いや、だがその頃ならまだリーアはここにいたのではないのか……?」
「残念ながらあの子がここを出たのはデビュタントから八日後です。既にこの家にはおりませんでした」
「十六になったといえど彼女はまだ学生の年だぞ?!何故放り出すような真似を!貴方は何故娘に対してそんなに冷酷なのだっ……」
「娘は既に学生ではありませんでした。我が娘ながら学業は優秀で、既に学齢をスキップして卒業しておりましたのでな__今思えばあの子は元々そういう心算だったのでしょう、本来ならデビューしたはずの日からきっかり一週間後、娘は除籍を願い出て来ました。そしてその翌日、家を出て行きました」
「__っ__その後、連絡は……?」
「ありません。本人からも“私のことはもう死んだと思っていただいて結構なので決して干渉して来ないで欲しい“と言われたので敢えて捜索しようとはしませんでした」
「馬鹿なっ……!そこで引き留めておけば__」
「勿論貴殿や侯爵家からそのような要請があればその通りに致しました。が、そんな要請はないどころかお見上げするに娘がとっくに出奔してることさえご存知なかったとは。いかにこの八年間無関心だったか窺い知れますな」
「彼女は、俺の妻だ。そのことをこの八年間、忘れたことなどない」
「おや、それは失礼を。ですがあの子はこう言ってましたよ、貴殿との婚姻についてどうするつもりかと尋ねた私に“形にすらなっていませんわ。書類上そうなっているだけ。あの方もあちらの家も私の存在など忘れているでしょうし婚姻時も私の承諾やサインなど求めなかったのですから離婚だって同じようになさるでしょうし何らお父様が気になさることはありません。“と」
「__っ__!」
「そうでしたか、あの子が出て行ってからも荷物が届くので困惑していたのですがエドワード様におかれては“妻“に送ってるつもりであったと。何とも義理堅いことで痛みいります」
「……何が言いたい」
「いえ、正直困っていたのですよ、受け取る当人はおらぬしかといって騎士団長どのから送られてくる物を勝手に開封したり処分したり出来ませぬからな」
「………」
「全て未開封のままこれこうして保管してあるのです。受け取るべき人間が既にいないのですからご本人にお返しせねばとずっと思っておったのですよ」
子爵の合図で目の前に大きな箱が置かれた。
一つひとつは小さいのでこれに纏めて保管していたのだろう。
「……は……」
「なんでしょう、騎士団長どの?」
「心当たりは、ないのかっ……?リーアの行き先に!」
「……ございません」
「もう良いっ!貴方には本当に肉親の情というものがないのだなっ!?」
「返す言葉もございませんが、私からひとつ質問をしても?」
「何だっ?」
「仮にも貴族の娘であるあの子の十ニ歳からの八年間、花の盛りともいえる年月を全て書類上の婚姻で縛り付け放置し続けた貴殿は再会して何を言うつもりなのですかな?」
「__それは会って直接彼女に伝える、失礼する」
「い、いや一度は会った!後からお前との婚姻を知らされたアルスリーア嬢がどういう事かと説明を求めて来たからな、だが、儂も詳しくは知らんし、お前からは“気に掛けてやって欲しい“としか言われておらなんだし、向こうが何も言ってこない以上干渉する理由も__「もういい」?!」
ひやりとエドワードの纏う空気が変わり、侯爵は呑まれて口を噤む。
「父上__いや侯爵、貴方が私の願いなど丸切り気にしていなかったことは理解した」
そう言って去って行く三男に、フェンティ侯爵はうすら寒さを覚えた。
「役立たずめ、爵位を継いだだけで騎士ですらなかったくせに」
吐き捨てるように言ったエドワードはエルドア子爵家に向かった。
だが、エルドア子爵家で待っていたのは、更なる絶望的な現実だった。
「おや、騎士団長どの。十日ほど前に凱旋されたと聞きましたが今頃どのような御用向きでこのような田舎へ?」
エルドア子爵家は王都から馬で駆けても五時間はかかる。エドワードと側近のディーンだからこそ四時間そこそこで駆けて来られた距離だが、迎えたエルドア子爵の対応には多分に皮肉が混じっていた。
ディーンは眉を顰めたがエドワードにそんな余裕はなく、
「先触れのなかったこと、お詫び申し上げる、エルドア子爵。リーアは、ご令嬢はどちらにおられる……?」
「アルスリーアですか?あの娘なら出て行きましたよ、四年前に」
「はっ……?」
「ですから出て行きました。本人のたっての希望により籍を抜きましたから既に我が家の娘ではありません」
「なっ……!エルドア子爵!貴方は十六の己の娘を捨てたと言うのか……?!」
「人聞きの悪い言い方をしないでいただきたい、本人のたっての希望だと言ったでしょう、どちらかと言えば捨てたのはエドワード殿__貴方の方ですよ」
「何……?」
「八年前、貴殿は娘に何も告げず、一方的に書類上の婚姻を成立させ出立なされた__娘に“デビュタントには迎えに来る“とだけ言い残して。だが、その約束は果たされず、娘のデビュタントの日を過ぎても貴殿からも侯爵家からも、連絡一つなかった。あの子は書類上貴殿の妻であるにも関わらず、です。夫が出征中であるから気楽に遊びまわるわけにも行かず、あの子はひたすら勉強に明け暮れていました」
「手紙は、出していたはずだ__まさか届いていなかったのか?!」
「ひと言だけの生存報告なら届いていましたよ、最後に来ていたのはあの子が十六になる半年前でしたか」
「デビュタントの祝いの品をこちらに送ったはずだ、まさか届いていなかったのか?!」
「ああ、あれはデビュタント祝いだったのですか、娘のデビュタントから十日程経った頃届いたのですがその頃もう娘は出ていってしまっていたので」
「十日後だとっ?!そんな馬鹿な__いや、だがその頃ならまだリーアはここにいたのではないのか……?」
「残念ながらあの子がここを出たのはデビュタントから八日後です。既にこの家にはおりませんでした」
「十六になったといえど彼女はまだ学生の年だぞ?!何故放り出すような真似を!貴方は何故娘に対してそんなに冷酷なのだっ……」
「娘は既に学生ではありませんでした。我が娘ながら学業は優秀で、既に学齢をスキップして卒業しておりましたのでな__今思えばあの子は元々そういう心算だったのでしょう、本来ならデビューしたはずの日からきっかり一週間後、娘は除籍を願い出て来ました。そしてその翌日、家を出て行きました」
「__っ__その後、連絡は……?」
「ありません。本人からも“私のことはもう死んだと思っていただいて結構なので決して干渉して来ないで欲しい“と言われたので敢えて捜索しようとはしませんでした」
「馬鹿なっ……!そこで引き留めておけば__」
「勿論貴殿や侯爵家からそのような要請があればその通りに致しました。が、そんな要請はないどころかお見上げするに娘がとっくに出奔してることさえご存知なかったとは。いかにこの八年間無関心だったか窺い知れますな」
「彼女は、俺の妻だ。そのことをこの八年間、忘れたことなどない」
「おや、それは失礼を。ですがあの子はこう言ってましたよ、貴殿との婚姻についてどうするつもりかと尋ねた私に“形にすらなっていませんわ。書類上そうなっているだけ。あの方もあちらの家も私の存在など忘れているでしょうし婚姻時も私の承諾やサインなど求めなかったのですから離婚だって同じようになさるでしょうし何らお父様が気になさることはありません。“と」
「__っ__!」
「そうでしたか、あの子が出て行ってからも荷物が届くので困惑していたのですがエドワード様におかれては“妻“に送ってるつもりであったと。何とも義理堅いことで痛みいります」
「……何が言いたい」
「いえ、正直困っていたのですよ、受け取る当人はおらぬしかといって騎士団長どのから送られてくる物を勝手に開封したり処分したり出来ませぬからな」
「………」
「全て未開封のままこれこうして保管してあるのです。受け取るべき人間が既にいないのですからご本人にお返しせねばとずっと思っておったのですよ」
子爵の合図で目の前に大きな箱が置かれた。
一つひとつは小さいのでこれに纏めて保管していたのだろう。
「……は……」
「なんでしょう、騎士団長どの?」
「心当たりは、ないのかっ……?リーアの行き先に!」
「……ございません」
「もう良いっ!貴方には本当に肉親の情というものがないのだなっ!?」
「返す言葉もございませんが、私からひとつ質問をしても?」
「何だっ?」
「仮にも貴族の娘であるあの子の十ニ歳からの八年間、花の盛りともいえる年月を全て書類上の婚姻で縛り付け放置し続けた貴殿は再会して何を言うつもりなのですかな?」
「__それは会って直接彼女に伝える、失礼する」
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