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しおりを挟む「それを早く言え!」
言ったらやっぱり怒られた。
解せぬ。
「わ、私はちゃんと”それは買い被りです”って言いました!そんな神経過敏にならなくても!」
「セイラ様がそう答えたとしても、あちらがどう考えてるかは別ですよ。あの男は自分の目で見て判断してるでしょうから」
「ユリウスの言う通りだ。現に奴はお前と殆ど話した事がないのにあの夜会でのお前の姿を見ただけで妃にと言ってきたんだぞ?」
そもそもそれがただ面白がってるだけなんじゃないかって思うんだけどな?
「とにかく、護衛は増やす。他に隠してる事はないな?」
「っ、元々別に隠してませんっ!」
流れ的に言うのをちょっとためらっただけなのに、なんでこんな責められなきゃなんないんだ。
私が睨みつけると、いきなりレオン様は私の手を口元に持っていき手のひらにキスを落とした。
「っ?!な、何するんですかいきなりっ!」
「何って、消毒だよ。奴がお前の手を取ったのを見た時から戻ったらこうしようと思っていたんだ。黒太子に預けた手はこっちだろう?」
そう言いながら手のひら全体に行き渡る(?)ようにキスの雨を降らせた。
まさか、ずっと手を離さなかった理由ってそれ?!
いやいや、取られたって手袋越しだし!直にどこも触られてないし!消毒いらないと思うんですけどっ!?
そもそもここがレオン様の宮とはいえ廊下で他にも人いるんですけど?!
そう、ここはレオン様の宮。
つまり、止める人がいない。
ユリウスは私の護衛だけど、雇ったのはレオン様だから従うならレオン様だろうし?
「あの、もう……」
私が必死で手を引っ込めようとするもレオン様は意に介さない。
「嫌だ」
嫌だ、て。
子供ですか?
レオン様は呆然とする私の手の甲に深いキスを落とす。
「っ?!」
更に深く吸い上げて離された手にはくっきり跡がついていた。
「な、なんてことを……」
嫁入り前の娘(?)に。
「俺のものだという印をつけているんだが?」
__はい?
自分のものだという印を付けるとか、野生の獣かっ!
そういえば昨夜もさんざん付けられた、見えない所にだけ。
そして今はわざわざ見える場所に付けている。
「………」
やっぱり獲物にマーキングする獣……思わずぞわぞわして叫ぶ。
「やめて下さい!」
「何故?」
「普通に恥ずかしいです」
なんだか怖いです!とか本音を言ったら更に怖い事になりそうなのでその発言は避ける。
「見えない場所なら良いのか?」
「どっちも良くないです」
ていうか昨夜好き放題に付けてたじゃないですか?
「君が私に付けてくれるならその分減らしてもいいが?」
どこの悪徳高利貸しですか?
というかこれではまるで、
「それが、私がこの宮に預かってもらう条件ですか?」
「預かったつもりはない。君はもう私と共にこの宮の主だ」
「まだ正式な婚約すら整っていません!」
「……何をそんなに怒っている?」
「私は!一旦帰りたいんです!このまま、「それは無理だ」」
なし崩しに囲われてるみたいで嫌だ、までは言わせてもらえない。
「ドラゴンに対しての備えが一番出来てるのはこの城だ。君をこの城から出すわけにはいかない」
「なら、私はこの宮を辞して叔母様の宮にお世話になる事にします。同じ王城内ですから問題ありませんよね?」
「!」
むしろ一石二鳥だ。
毎日こんなでは身が保たない。
言うが早いか身を翻す私を見て、
「__待て!俺が悪かった!」
と慌てたような声がかかる。
振り返った私はきつい目で問い詰める。
「__つまり、今のは私が困ってるとわかっててやってたんですね?」
「仕方ないだろう!君が黒太子といちゃいちゃしてるのを見た後なのだから、」
「誰がいついちゃいちゃしてました!?」
自分はフェリシア皇女と腕組んで離れてったクセに!
普段の私ならレオン様にこんな風にくってかかるような事はしない。
だが私は本気で怒っていた__何故かは良くわからないが。
睨む目に力が入り、手を伸ばすレオン様から距離を取る。
「悪かった。俺が悪い。謝るから、頼む。そんな風に泣いてくれるな」
心底困ったような声に、自分が泣いてるのに気付く。
「っ、誰のせいですかっ!」
「~~すまない。だが、この宮から出る許可は出せない。わかったな?」
「っ!」
私は無言のまま部屋へ引っ込んだ。
手を伸ばしたまま茫然とするレオン様を残して。
リリベルは先程のやり取りなど一切見聞きしておりません、という風情で付いてきていた。
「セイラ様。部屋着はどれをお召しに?」
「……一番地味で楽なのをお願い」
「かしこまりました」
着替えながら、
「このドレスは残念でしたが、すぐに新しい物をお作り致します。似た感じのものより全く違ったものの方がよろしいでしょうか?」
「いいえ。必要ないわ。夜会服なんてもう沢山」
「セイラ様?」
昨日といい今日といい、ドレスは素晴らしくともろくな目にあってない。
「っ、何かお召し上がりになりますか?紅茶の種類も珍しいものが、」
焦ったようなリリベルの声に冷たくかぶせるように、
「__もう、ドレスも紅茶も、」
ついでに王子様も、
「うんざりだわ。当分見たくもない。白湯だけお願い、その後は一人にして」
「!」
リリベルが私の言葉にショックを受けてるのがわかるが、今の私にはそれに気付いても気遣う余裕がない。
「セイラ様……、」
だから、せめて八つ当たりしないで済むように離れてもらうくらいしか出来ない。
自分のものだという印をつけたいって、あれではまるで玩具をねだる子供だ。
あの王や宰相といい、わたしは物かなんかか?
いや、レオン様に至っては食べ物扱いっぽい?
どっちにしろなんか怖い。
怖いだけじゃなく落ち着かない。
なんでこんなにイライラ、ざわざわするのだろう?前世の記憶が戻った時だって不安ではあったけどここまで感情が不安定になるような事はなかった。
あの兄にだって、どうしてあそこまでキレてしまったのかわからない。
窓の外を見やり 、これでは 鳥籠の鳥なんて可愛いもんじゃない、檻の中にいる翼のない動物だ。
そう考えてしまって気が滅入る。
追放された時に備えて纏めた荷物は寮の部屋にそのまま置いてある。
あの時会場からそのまま連れ出されてしまったので持ってくる間もなかった。
あれだけ持って、いっそここから逃げてしまおうか。
そうしたら少しは気が楽になるだろうか?
まあ、
「寮に忘れ物を取りに行く 」
なんて言ったところでさせて貰えそうにないし、許可がおりたとしても護衛がぞろぞろ付いてくるだろうから現実問題として無理だろうけど。
大事に守られているのが、酷く息苦しい。
どれくらいそうしていたのか__深更、窓の外に見覚えのある形が飛んでいるのを見つけ、何とはなしに目で追っていると突然それが落下した。
「!」
今のは__まさか?
「リリベル、ちょっと来て」
私は下がらせていたリリベルを窓際に呼んだ。
「何かございましたか?セイラ様」
「今、あの方向__わかる?この窓からみて左から二つ目の星のちょうど下あたり。あそこで手紙鳥が撃ち落とされたの。少し前この城から手紙鳥を放った人はいる?」
「ローズ伯と王妃様宛には毎刻送っているはずでございます。まさか__」
顔色を悪くするリリベルに私は首肯する。
手紙鳥は文字通り手紙自体を鳥と化して飛ばす魔法だ。
難易度はそれ程高くないが、速さは使い手の力量による。
そして気軽に使える分、気軽に撃ち墜とされる率も高い。
格の高い使い手ならそういった攻撃を弾く鳥も作り出せるが、そこまでして使う者はあまりいない。
手紙鳥はあくまで文通手段で、通信魔法は他にも色々あるからだ。
条件と使い手さえ整えば、直接使者を転移魔法で送る事さえ出来る。
ただ、今父のいる場所は魔法制限がかかった土地かつドラゴンがまだうろうろしているかも知れない場所のため手段が限られているのと、王妃様の行き先がそもそも良くわからないためこれも条件が限られる(場所宛てでなく王妃様個人宛てでしか発信出来ないからだ)。
だからとにかく数を打ってるわけだが、それを片っ端から撃ち墜としてる何者かがいるのだとすれば。
二人は、未だ現状を知らないのかもしれない。
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