記憶が戻った伯爵令嬢はまだ恋を知らない(完結) レジュール・レジェンディア王国譚 承

詩海猫

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ノートに今日あった事を纏めて閉じると、私はバスルームへと向かった。
メイドの手伝いは断った。
気分的に何だか身体を見られるのが嫌だったからだが、それで正解だった。
ドレスを脱ぐ前に髪をあげるとそこにはくっきりと赤い跡が付いていたのだ


「………」
ーーまさか、お兄様に見られた?
いやそんな感じではなかった、髪で隠されていたし大丈夫だろう。
そうに違いないと思いたい。

結局、私は翌々日から1週間自宅から補講に通い、入寮は補講終了と同時にとの判断が下り、クラスメイト達との初顔合わせが許されたのは登城から10日後の事だった。





入学して1カ月、私はすっかり学園生活に慣れていた。
「セイラ?今日のお昼はどうする?」
「う~~ん…図書室で食べたかったけどもう無理よね?」
この学園の図書室は読書用スペース、学習スペースの他に個室がある。
本来図書室は飲食禁止だが(因みに喫茶スペースは図書室の隣に併設されている)、昼休みに予習や課題等を済ませたい生徒用に食事をしながらの使用も許可されていて、尚且つ防音も完璧という優れものだ。
これを聞いた時(さすが金持ち学校!)と前世の庶民感覚で叫んでしまいそうになったのは内緒だ。

個室は1人用が主(自主学習用なのだから当然)だが、2~3人用が数室、最大10人まで入れる部屋が1室ある。
当然予約制で、利用したい生徒は当日朝図書室のカウンターで利用したい時間と人数を申請し空きがあれば利用出来る。
早い者勝ちなので、どうしても利用したい生徒は朝一で図書室が開くのを待っていたりする程人気だ。
かく言う私もその1人だ、 毎朝凄い早起きとか無理だけど。
「予約で埋まっているわよね?」
「とりあえず何か調達して行ってみましょう、そのほうが早いわ」
こんな論議は時間の無駄、とばかりに立ち上がるリズをみて頼もしい友達だ、と追うように立ち上がる。リズ・エヴァンズ。シルバーブロンドにアイスブルーの瞳の美少女ーー私の親友だ。

正直、初登校は薄氷を踏むような心境だった。
初日に門で倒れて騒ぎを起こしてるうえ、皆から20日も遅れての学園入り。
グループにしろ個々の友達同士にしろもう一緒に行動する相手が決まっててもおかしくない。
元々お茶会等で見知っている令嬢達も何人かいる筈だが取ってる授業やクラスまでは知らないし__何よりヒロインが既に取り巻きを引き連れ力をつけてたら?
__あまりにも分が悪い。
そう考えたら初日先生と共に歩く廊下さえ朝から暗く感じられ、さらに余程顔色が悪かったのか先導されている先生に保健室に寄ったらどうかと言われる始末だった。

まるで転校生のように紹介された時、クラス中に注視されるのがわかって足が竦みそうになった。
怯えを悟られないように踏ん張ってクラス中を見回したが、ヒロインらしき令嬢は見当たらない。
(……このクラスじゃないのか……)
ほっと息をついて席に着くと、前の席の女生徒から声をかけられた。
「はじめまして、セイラ・ローズ伯爵令嬢。私はリズ・エヴァンズ。よろしくお願い致しますわ」
にこやかではあるがどこか含みのある言い方が引っかかって、相手の顔を凝視する。
「はじめまして。私の事はセイラで結構ですわ、エヴァンズ伯爵令嬢?」
真顔でそう返すとリズは一瞬虚をつかれた顔をしてーー次の瞬間、ぶはっと吹き出した。
美少女が台無し__て、何がしたかったんだ?
その理由はすぐに知れた。
そして、一気に意気投合して一緒に行動するようになった。


「残念だったわね、空いてなくて」
「仕方ないわよ。中庭にでも行きましょう」
私達は売店でパンや飲み物を購入した後、図書室に行ってみた。
個室は予約制だが、空いていれば飛び込みでも利用出来る。
実際何度かそれで利用出来た事もあるので、私達はとにかく行くだけ行ってみる、を日々実践している。
主にリズの提案で。

エヴァンズ伯爵家は事業を手広く行っており、エヴァンズ伯の手腕は広く知れ渡っている。
何でも家族全員生粋の商人気質なんだとか。
そのせいかどうか、リズも伯爵令嬢としては変わり種だ。
エヴァンズ伯爵家は新興貴族だがリズは決して令嬢らしくない訳ではなく、令嬢らしくしなければいけないところはきちんとわきまえている。

それでいて、行動はとにかく合理的だ。
ぐだぐだ言ってる暇があるなら行動した方が早いーー今みたいに。それは何かにつけ勿体つけた貴族社会で育った私にはとても新鮮で好ましいものだった。

吹き出した後、彼女は言ったのだ。
家名を付けられて当たり前、という反応をする令嬢だったらそれきりにするつもりだったのよ、と。
この平等を謳った学園は基本名前呼びだ、家名は付けない。
リズのように親しくなれば呼び捨て、他の生徒同士なら名前に様だけ。
が、
高位の貴族はつけられて当たり前、さらにはファーストネームで軽々しく呼ぶなんて無礼、自分の事は某家の令嬢と呼びなさい、さらにその上を行くと名前だけで呼ぼうものなら自分が貴族だと知らないのかこの痴れ者恥を知りなさい!となったりする。

この学園、高位の令嬢程そういう傾向が見られるそうだ。学園の中では平等の筈なのにね?だから、そういう人達には近付かないようにしてるの。
分かりあおうとするだけバカバカしいから__試すような事をしてごめんなさいね?
とちっとも悪びれずに謝られ、苦笑するしかなかった。
まあ、貴女が私を家名付けするなら私も家名で呼びますよ?
な私の反応は正しかった訳だ。

中庭に行くと、
「セイラ!リズ!」
という声と共に駆け寄ってくる令嬢がいた。
「ご機嫌よう、ヴァニラ」と私。
「相変わらずね、ヴァニラ」とリズ。
ヴァニラ・アーバンテイルは由緒正しい公爵令嬢だが、半月程前から良く一緒に行動する様になった令嬢だ。
所謂リズのいうところの「分かりあおうとするだけ無駄」の範疇から外れた令嬢で、見た目も金髪に毛先は縦ロール、紫色の瞳の美少女。
リズと並ぶと本当にお人形さんのよう。
引き換え私は、黒髪黒目だ。
顔立ちこそ日本人離れしているが髪と目の色は前世と一緒。
何というか、前世の自分をベースにちょっとだけ美人に加工してもらった、みたいな?黒い瞳はまあ若干吊り目だけど前世よりずっと大きいし割と気に入ってる、猫みたいで。
目鼻立ちも前世よりずっとすっきりしているし黒髪は……神様ありがとう。
前世では固い癖っ毛だったのがさらっさらで柔らかいこと!手触りが物凄く良いのだ。
長く伸ばしても全然絡まないし!肌が半端なく白いので余計に映えて、これにちゃんと身だしなみを整えれば伯爵令嬢の出来上がり!
なのだが。
それでもまあ、隣の2人に比べると大分地味だし、金髪比率が高いこの国では若干コンプレックスになってた時期もあるが、私はこの髪が嫌いじゃない。むしろ割と気に入ってる。
この世界、色彩的には何でもありで、髪や瞳の色は多種多様だ。
ピンクの髪やブルーの髪の人だっている。
黒だって別におかしくはないのだが、こんなに色々あるなら私だって別の色にしてくれても良かったんじゃない?
とか、ちょっと思った時期もあったんだけど。

ーー仕方ないか、悪役令嬢だし。
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