〈第一部完・第二部開始〉目覚めたら、源氏物語(の中の人)。

詩海猫

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トウヤと蓮花 2

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そう思っていたのだが、次の春もその次の春も、二人は庭園の桜を一緒に眺めた。
既に蓮花は幼子でなく、裳着(成人式)も近いだろう年齢になっていたが溌剌とした様はまだまだ少女めいていて、透夜は春の陽射しとあいまって眩しそうに目を細めた。

「……この庭の桜はいつ見ても見事だな」
「でしょ?今年は特に帝が方々に使者を送って見事な枝ぶりの桜を集めさせたので部屋の中までいっぱいなの。見せられなくて残念だわ」
「部屋の中にわざわざ折った枝を集めて眺めるのか?庭に出てくれば風に乗って舞い散るさままで見られるのに__貴族というものはわけのわからないことをするな」
「……お母様は今床から出られないの。起き上がろうとすると物怪もののけが邪魔をするんですって」
「?この宮に物怪などいないぞ」
「いるの。お母様の胸元にどっかり居座って高僧の祈祷でも退けられないって__「そんなものは迷信だ」え?」
「僧侶の祈祷で払える物怪などいない。祈祷で楽になるのは単に祓ってもらった気がするからそれが体にも良い影響を与えているからにすぎない」
「そんなはずないわ!でなければお母様があそこまで弱るはずが」
「お前の母親は元々あまり丈夫ではない体質タチなのだろう、祈祷よりも少し鍛えた方が良いんじゃないのか?」
「鍛えるって、お母様を?」
「本人の心身が弱いから怪しげな祈祷なんかに頼るんだ、そ「怪しげなんかじゃありません!帝が特にお呼びになり、承香殿に寄越して下さった徳の高いお坊様です!」、」
「帝がお寄越しになったお坊様が怪しげな方であったならそれはつまり、帝がお母様を疎んじておられるということに__いくらお母様が中宮様と較べて軽んじていられようとそのようなこと!」
「……悪かった」
涙ぐんでしまった蓮花に、透夜は決まり悪そうにフードを被り直した。
「お前の母は、お前ほど強くはないんだな」

だがこの殿周辺__というより内裏に今物怪や狐狸妖怪の類はいない。
自分が全て斬って捨てたからだ。
それが目的でこの宮に入り込み、全て消し終わったところで「新たなものがわいて出た」と期間の延長を告げられ、未だここに留まってはいるがそういったものを斬って捨てるのが己の本分だ。

蓮花は知らないが、この内裏という場所はどうにもそういったものが湧きやすい。
人の出入りが多いからか、またはその人々の想念に引き寄せられるのか、__初めて足を踏み入れた時は驚いた。
特に後宮には澱みが溜まるように多くが留まっていて、だからこそこの承香殿にだけ溜まっていないのが不思議だった。

確かめるべく承香殿に足を踏み入れるとその理由はすぐに知れた。

ここには蓮花がいた。この姫の周りだけ空気が違った。あの澱みはこの姫に近寄れないのだ。
本人に自覚はないようだが、霊験あらたかな体の持ち主のようだ。
この姫と同じくあの澱みが近寄れないのが帝で、だからこそ内裏で人が生きていけていると言える。

成る程天照大神の子孫であると言われるだけはあると思ったが、帝より蓮花の方がその力は強い。血筋だけの問題ではないようだ。
(この姫が他所に嫁いでしまったら、この殿はどうなるだろう)
逆に言えばこの娘がそばにいてそこまで弱ってしまうということは__、

「どういう意味?」
「いや、お前は心身共に物怪より強そうなのに母君はそうではないのだなと」
「は?」(物怪より強そう??)
「ああ、お前の産みの母なら物怪など片手で跳ね除けそう「人を化け物みたいに言わないでっ!」__いや、褒めたんだが」
「それのどこが褒め言葉なのよ?」
「だからその物怪とやらを祓いたければ、高僧よりお前の方が役に立つ」
「私?」
「ああ」
「__何をすれば良いの?」
「ただ傍にいてやればいい」
「本当にそんなことで?」
「お前は自覚がないみたいだがお前の“気“は強い。僧侶の祈祷よりお前を取り巻く空気とでもいうか、そっちの方が格段に効くはずだ」
「__わかった、やってみる。ありがとう
「?あぁ」
いつもと違うイントネーションで呼ばれたことに少し違和感を覚えたが、そういえば自分はいつこの姫に名乗ったろうかと思いつつ、透夜は承香殿を後にした。

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