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トウヤと蓮花 1
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春の花が舞う季節、透夜は後宮の一角である承香殿の庭に降り立った。
この庭園は多くの花が咲いているが、とりわけ桜が見事でしばし見惚れていた。
そこに、「トウヤ!!」と駆けて来た少女は躊躇いなく透夜に抱きついた。
「っ、お前!!前にも言ったろう、帝の姫が軽々しく抱きつくな!」
「軽々しくないわよ、トウヤにしかしてないんだから!」
「それのどこが理由になってるんだ?」
「__トウヤの馬鹿」
「馬っ……仮にも帝の姫が使う言葉じゃないだろう!」
「だから貴方にしかしないって言ってるでしょ」
ツンとそっぽを向く姿がまだ愛らしい少女の名は蓮花、時の帝の二の姫。
対する青年は白い布で全身を覆っているが、僅かに隙間から覗く髪は金色。
二人が初めてこの庭園で出会ってから四度の冬が過ぎ、蓮花は十一歳になった。
母には自分以外の子は生まれず、最近は床に伏せがちな春だった。
最初は後宮の警護兵かと見違えた蓮花も今ではこの青年が色々な意味で普通ではないとわかっている。
多い時は月に一度、少ない時は年に一度しかここを訪れない青年は金の髪に青い瞳と、都に住む人々としてはあり得ない容姿をしている。
他人が見れば「鬼か妖か」と恐怖しそうなものだが不思議と蓮花は怖くはなかった。
剣を携えてはいるが抜いたのは見たことがないし、自分に無体な態度を取ることもない。
怜悧な顔立ちだが青い瞳はどこか哀しげで、冷たさより儚さを感じさせる彼の瞳を見るのが蓮花は好きだった。
何より彼がここに来ている時は誰もこの庭園に近付かない__というより認識されないらしい。
神か妖か知らないが、蓮花はこの青年と出くわすのを楽しみにしていた。
「あまり頻繁に出て来るんじゃない。お前は帝の姫だろう、男に気軽に顔を晒していい身分じゃないはずだ」
「だから晒してないってば」
「……俺は男だぞ?」
「見ればわかるわよ。あと、貴方が他の人には見えてないってことも__てことは一緒にいる私も他の人には認識されないってことでしょ?」
「!」
「だから晒したことにはならないじゃない?て いうかいつ連れてってくれるの?」
「何だと?」
「町を見渡せる高台に。いつか連れてってくれるって約束したじゃない」
「あぁ、確か初めて会った時にそんなことを言っていたな。だが約束したのは俺じゃない」
「貴方よ」
「俺じゃない。初めて会った時お前はかなり幼かったから思い違いをしてるんだろう」
「してないってば。トウヤと約束したの」
「だったらその“トウヤ“が別人なんだろう、それは俺じゃない」
「っ!」
やけで言った言葉に蓮花が大きく反応したことに、透夜の方が戸惑う。
「おい……?」
「……か……」
「か?」
「トウヤの馬鹿っ!」
そう叫んで走り去る蓮花に「おいっ……?」と声を掛けかけて透夜は黙る。
自分は本来“ここに存在しない者“だ。特定の個人と深く関わりあうべきではない。
あっさり結界を抜けて来た姫に興味がわき、ついうっかりここに来る度話す様になってしまったが、
「今あの娘は十、いや十一、か……?」
そろそろ結婚の話が出ていてもおかしくはない。
そんな姫を内裏から連れ出せるはずもない。
そもそも、ここにはあの姫とその母親に仕える女たちしかいない。
「一体、誰と約束したんだ……?」
(まあ関係ないか。俺のこの世界での役割ももうすぐ終わる。あの姫と会うことももうないだろう)
見るたび大きくなっていく姿が花の成長を見るようで面白く、つい話すようになってしまったが本来自分はここにいるはずのない者だ。
あの姫もじきに結婚して自分のことなど忘れるだろう。
この庭園は多くの花が咲いているが、とりわけ桜が見事でしばし見惚れていた。
そこに、「トウヤ!!」と駆けて来た少女は躊躇いなく透夜に抱きついた。
「っ、お前!!前にも言ったろう、帝の姫が軽々しく抱きつくな!」
「軽々しくないわよ、トウヤにしかしてないんだから!」
「それのどこが理由になってるんだ?」
「__トウヤの馬鹿」
「馬っ……仮にも帝の姫が使う言葉じゃないだろう!」
「だから貴方にしかしないって言ってるでしょ」
ツンとそっぽを向く姿がまだ愛らしい少女の名は蓮花、時の帝の二の姫。
対する青年は白い布で全身を覆っているが、僅かに隙間から覗く髪は金色。
二人が初めてこの庭園で出会ってから四度の冬が過ぎ、蓮花は十一歳になった。
母には自分以外の子は生まれず、最近は床に伏せがちな春だった。
最初は後宮の警護兵かと見違えた蓮花も今ではこの青年が色々な意味で普通ではないとわかっている。
多い時は月に一度、少ない時は年に一度しかここを訪れない青年は金の髪に青い瞳と、都に住む人々としてはあり得ない容姿をしている。
他人が見れば「鬼か妖か」と恐怖しそうなものだが不思議と蓮花は怖くはなかった。
剣を携えてはいるが抜いたのは見たことがないし、自分に無体な態度を取ることもない。
怜悧な顔立ちだが青い瞳はどこか哀しげで、冷たさより儚さを感じさせる彼の瞳を見るのが蓮花は好きだった。
何より彼がここに来ている時は誰もこの庭園に近付かない__というより認識されないらしい。
神か妖か知らないが、蓮花はこの青年と出くわすのを楽しみにしていた。
「あまり頻繁に出て来るんじゃない。お前は帝の姫だろう、男に気軽に顔を晒していい身分じゃないはずだ」
「だから晒してないってば」
「……俺は男だぞ?」
「見ればわかるわよ。あと、貴方が他の人には見えてないってことも__てことは一緒にいる私も他の人には認識されないってことでしょ?」
「!」
「だから晒したことにはならないじゃない?て いうかいつ連れてってくれるの?」
「何だと?」
「町を見渡せる高台に。いつか連れてってくれるって約束したじゃない」
「あぁ、確か初めて会った時にそんなことを言っていたな。だが約束したのは俺じゃない」
「貴方よ」
「俺じゃない。初めて会った時お前はかなり幼かったから思い違いをしてるんだろう」
「してないってば。トウヤと約束したの」
「だったらその“トウヤ“が別人なんだろう、それは俺じゃない」
「っ!」
やけで言った言葉に蓮花が大きく反応したことに、透夜の方が戸惑う。
「おい……?」
「……か……」
「か?」
「トウヤの馬鹿っ!」
そう叫んで走り去る蓮花に「おいっ……?」と声を掛けかけて透夜は黙る。
自分は本来“ここに存在しない者“だ。特定の個人と深く関わりあうべきではない。
あっさり結界を抜けて来た姫に興味がわき、ついうっかりここに来る度話す様になってしまったが、
「今あの娘は十、いや十一、か……?」
そろそろ結婚の話が出ていてもおかしくはない。
そんな姫を内裏から連れ出せるはずもない。
そもそも、ここにはあの姫とその母親に仕える女たちしかいない。
「一体、誰と約束したんだ……?」
(まあ関係ないか。俺のこの世界での役割ももうすぐ終わる。あの姫と会うことももうないだろう)
見るたび大きくなっていく姿が花の成長を見るようで面白く、つい話すようになってしまったが本来自分はここにいるはずのない者だ。
あの姫もじきに結婚して自分のことなど忘れるだろう。
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