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思い通りになんて、生きてあげない
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「……驚きましたわ。大将様のあのように砕けたお顔は初めて見ました」
薫が去った後、まだ驚きが去らないという風情で中君が言う。
「私もですわ。そういえば、大将の君は以前は気安く声を掛けたり出来ない雰囲気を纏った方でいらしたのに、最近は以前ほど緊張しなくなりましたわ。今お姉様が言われるまで気がつきませんでしたけど……」
(浮舟ちゃん、それはちょっと無関心が過ぎるんじゃ?)
心の中で苦笑しながら、
「私が殿にお願いしましたの。内裏ではともかく家では気楽にお過ごし下さい、私とももっと感情豊かにお話しましょうと」
「まあ、そのようなことをよく……」
「ふふっ、大将の君は何事も考えすぎなところがあるでしょう?“そんなにいつも緊張感を孕んでいてはお腹の子によくありませんわ“とお話しましたのよ、“お腹の中でこの子は私たちの会話を聴きながら成長するのですから、迂遠な言い回しでなくもっと感情豊かにお話ください“と」
「まあ……」
「それで大将の君があんな感情豊かに?!凄いですわお方様!」
(いや、本当はその無邪気さであなたにやって欲しかったんだけどね浮舟ちゃん、薫は大君との間に子が欲しかったんだし、大君に似た子を産むんなら大君によく似た浮舟ちゃんが産むしかないんだから)
織羽とて“薫の性格を矯正してやろう“と思ってはいたが受け入れようと思っていたわけではない。
だが、月二人とトウヤの思惑を感じとってしまった今、「アイツらの思い通りに生きてなんてあげない」と「私は私だ、生きる場所がどこであっても」という思いがない混ぜになったところに熱い想いを告げて来る薫の姿があったのだ。
後悔はしていない。
月二人は何とも複雑な顔をしていたが、トウヤのように責めて来ることはなかった。
「うまくやれ」
と言ってたくらいなのだから、この事も彼らにとっては思惑通りなのかもしれない。
懐妊がわかってから薫はやたら朗らかに笑うようになり、内裏では女房達がファンクラブでも作りそうな勢いで人気が高まっていたが薫がフラフラと靡くようなことはなく、ひたすら織羽の世話を焼いていた。
その愛妻家ぶりがまた人気に拍車をかけるのだが、当人はどこ吹く風で時折同僚に無自覚に惚気話をしては時間通りに出仕し、早めの帰宅を心掛けていた。
そのさまに「あれが皇子だったら良かったのに」と帝が、「匂宮が薫のように落ち着いた性格だったら良かったのに」と中宮が嘆いていたことは一部の女房しか知らない。
また一部の貴族たちも、「お父君・光源氏の君も若くして臣籍降下した身といえ元々の身分は皇子、母君は先々帝が殊更愛された女三の宮でいらっしゃる。お血筋からしても申し分ない」
「御正室の父君は現帝、後ろ盾としても申し分ないというのに御当人は全く野心なく臣下として弁えておられる」
「ゆめゆめ惜しいことでございますなあ」
などと、好き勝手に噂し合い、匂宮を余計いじけさせた。
薫が去った後、まだ驚きが去らないという風情で中君が言う。
「私もですわ。そういえば、大将の君は以前は気安く声を掛けたり出来ない雰囲気を纏った方でいらしたのに、最近は以前ほど緊張しなくなりましたわ。今お姉様が言われるまで気がつきませんでしたけど……」
(浮舟ちゃん、それはちょっと無関心が過ぎるんじゃ?)
心の中で苦笑しながら、
「私が殿にお願いしましたの。内裏ではともかく家では気楽にお過ごし下さい、私とももっと感情豊かにお話しましょうと」
「まあ、そのようなことをよく……」
「ふふっ、大将の君は何事も考えすぎなところがあるでしょう?“そんなにいつも緊張感を孕んでいてはお腹の子によくありませんわ“とお話しましたのよ、“お腹の中でこの子は私たちの会話を聴きながら成長するのですから、迂遠な言い回しでなくもっと感情豊かにお話ください“と」
「まあ……」
「それで大将の君があんな感情豊かに?!凄いですわお方様!」
(いや、本当はその無邪気さであなたにやって欲しかったんだけどね浮舟ちゃん、薫は大君との間に子が欲しかったんだし、大君に似た子を産むんなら大君によく似た浮舟ちゃんが産むしかないんだから)
織羽とて“薫の性格を矯正してやろう“と思ってはいたが受け入れようと思っていたわけではない。
だが、月二人とトウヤの思惑を感じとってしまった今、「アイツらの思い通りに生きてなんてあげない」と「私は私だ、生きる場所がどこであっても」という思いがない混ぜになったところに熱い想いを告げて来る薫の姿があったのだ。
後悔はしていない。
月二人は何とも複雑な顔をしていたが、トウヤのように責めて来ることはなかった。
「うまくやれ」
と言ってたくらいなのだから、この事も彼らにとっては思惑通りなのかもしれない。
懐妊がわかってから薫はやたら朗らかに笑うようになり、内裏では女房達がファンクラブでも作りそうな勢いで人気が高まっていたが薫がフラフラと靡くようなことはなく、ひたすら織羽の世話を焼いていた。
その愛妻家ぶりがまた人気に拍車をかけるのだが、当人はどこ吹く風で時折同僚に無自覚に惚気話をしては時間通りに出仕し、早めの帰宅を心掛けていた。
そのさまに「あれが皇子だったら良かったのに」と帝が、「匂宮が薫のように落ち着いた性格だったら良かったのに」と中宮が嘆いていたことは一部の女房しか知らない。
また一部の貴族たちも、「お父君・光源氏の君も若くして臣籍降下した身といえ元々の身分は皇子、母君は先々帝が殊更愛された女三の宮でいらっしゃる。お血筋からしても申し分ない」
「御正室の父君は現帝、後ろ盾としても申し分ないというのに御当人は全く野心なく臣下として弁えておられる」
「ゆめゆめ惜しいことでございますなあ」
などと、好き勝手に噂し合い、匂宮を余計いじけさせた。
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