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織羽、気付く 前
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「__何のつもりだ」
それは京の町に噂が流れ始めてひと月もした頃。
夕暮れ時、町を見下ろせる場所で「今日はどの辺りに出没してやろうか」
と考えを巡らせていると、唐突に背後からやや殺気立った声と共に固い切先が押しつけられた。
(あゝ、やっぱり来たか)
織羽は潔くハンズアップしながら自分の予測が正しかったことに嘆息する。
“白装束の若い女が白頭巾の男を探している“
この噂を京の町に流したのは織羽である。
この噂を耳にすれば透夜は必ず姿を現すだろうと目論んでのことだったが、この方法は同時に“敵“認定される危険も孕んでいた。
“探しもの“を見つけるために夜毎徘徊している透夜の動きを邪魔することになるのだから。
だが、最初に織羽を助けたことといい、織羽が白装束で京に現れる前から破落戸退治をしていたことといい、この青年は非道な輩ではない。
今だって怒って出てきたのだろうに、当てられている切先は鞘のままだ。
「貴方に言いたいことがあったの」
何か訊いたところで答えてくれないことはわかっていたので、織羽は自分の言いたいことだけを言うことにした。
「私は織羽。葉宮織羽。こことは違う、たぶんずっと先の未来の日本に住んでた。私のいた世界では、女性はもっとずっと自由だった。男尊女卑が全くなかったわけじゃないけど、自分から動くことも声を上げることも罪ではなかった。」
だから自分もそうしている__と声に乗せることはしない。
「………」
「何で私の魂がここに来てしまったかわからない。だから思ったの、もしかしてこの世界から離脱したかったのは、蓮花の方なんじゃないかって」
「……っ?!」
背後の透夜の驚愕が嫌でも目に浮かんで、織羽は唇を噛む。
ひと呼吸おいて、
「__なんて、そんなはずないわよね。父親にも兄弟姉妹にも大事にされて、おまけにあんなに美形の旦那さまに溺愛されてるのに__「バカなっ!」、」
遮った声に、織羽は目を閉じる。
「“馬鹿な“ってなに?貴方は蓮花を知ってるの?」
「っ、いや、何度か見掛けたことがあるくらいだ、詳しく知っているわけではない」
「じゃあなんであの時知らないふりをしたの?蓮花だってわかってて助けたんでしょ?何故“身分ある若い女“なんて__」
あの時は“晶もいたからああした“といえばわからなくもないのだが。
だが、
「中の魂が違うのが、わかったからだ」
与えられた答えは違った。
「そう……貴方にはひと目でわかったのね」
すぅっと織羽の心が冷えていく。
私は今自分の体がどうなってるか知らない。
体が葉宮織羽でも中の魂が違うことに、気付いてくれる誰かが私の側にはいただろうか?__わからない。
でも、少なくともこの体にはいるのだ、一目でわかる存在が。
「魂だけ逃げたって、この身が薫のものだってことに変わりないのにね?ほんと、やんなっちゃう」
織羽はあげていた手を下ろし、透夜の方へ振り返る。
「薫大将が離さないから、抜け出してくるの大変なんだよ?ほんっと夜とかしつこくてやんなっちゃう。なんで私がこんなこと引き受けなくちゃならないんだろ」
「おい!お前何を__!」
動揺する透夜に構わず、私は顔を近付けて彼の瞳を覗き込む。
「私はいずれこの世界から去るわ。どんな方法であれ、去ってみせる__その時蓮花の魂がここに戻ってくるかは知らないけど」
「!!」
「もうあの噂を流すのは止めるから大丈夫よ?そうそう、ひとつ言い忘れてた」
「何……?」
「あの時は助けてくれてありがとう」
助けたかったのは、この“器“だけなんだろけど。
「私は夫の所に帰るわ、ご機嫌よう」
そう艶やかに微笑んで、織羽の姿は闇に溶けた。
それは京の町に噂が流れ始めてひと月もした頃。
夕暮れ時、町を見下ろせる場所で「今日はどの辺りに出没してやろうか」
と考えを巡らせていると、唐突に背後からやや殺気立った声と共に固い切先が押しつけられた。
(あゝ、やっぱり来たか)
織羽は潔くハンズアップしながら自分の予測が正しかったことに嘆息する。
“白装束の若い女が白頭巾の男を探している“
この噂を京の町に流したのは織羽である。
この噂を耳にすれば透夜は必ず姿を現すだろうと目論んでのことだったが、この方法は同時に“敵“認定される危険も孕んでいた。
“探しもの“を見つけるために夜毎徘徊している透夜の動きを邪魔することになるのだから。
だが、最初に織羽を助けたことといい、織羽が白装束で京に現れる前から破落戸退治をしていたことといい、この青年は非道な輩ではない。
今だって怒って出てきたのだろうに、当てられている切先は鞘のままだ。
「貴方に言いたいことがあったの」
何か訊いたところで答えてくれないことはわかっていたので、織羽は自分の言いたいことだけを言うことにした。
「私は織羽。葉宮織羽。こことは違う、たぶんずっと先の未来の日本に住んでた。私のいた世界では、女性はもっとずっと自由だった。男尊女卑が全くなかったわけじゃないけど、自分から動くことも声を上げることも罪ではなかった。」
だから自分もそうしている__と声に乗せることはしない。
「………」
「何で私の魂がここに来てしまったかわからない。だから思ったの、もしかしてこの世界から離脱したかったのは、蓮花の方なんじゃないかって」
「……っ?!」
背後の透夜の驚愕が嫌でも目に浮かんで、織羽は唇を噛む。
ひと呼吸おいて、
「__なんて、そんなはずないわよね。父親にも兄弟姉妹にも大事にされて、おまけにあんなに美形の旦那さまに溺愛されてるのに__「バカなっ!」、」
遮った声に、織羽は目を閉じる。
「“馬鹿な“ってなに?貴方は蓮花を知ってるの?」
「っ、いや、何度か見掛けたことがあるくらいだ、詳しく知っているわけではない」
「じゃあなんであの時知らないふりをしたの?蓮花だってわかってて助けたんでしょ?何故“身分ある若い女“なんて__」
あの時は“晶もいたからああした“といえばわからなくもないのだが。
だが、
「中の魂が違うのが、わかったからだ」
与えられた答えは違った。
「そう……貴方にはひと目でわかったのね」
すぅっと織羽の心が冷えていく。
私は今自分の体がどうなってるか知らない。
体が葉宮織羽でも中の魂が違うことに、気付いてくれる誰かが私の側にはいただろうか?__わからない。
でも、少なくともこの体にはいるのだ、一目でわかる存在が。
「魂だけ逃げたって、この身が薫のものだってことに変わりないのにね?ほんと、やんなっちゃう」
織羽はあげていた手を下ろし、透夜の方へ振り返る。
「薫大将が離さないから、抜け出してくるの大変なんだよ?ほんっと夜とかしつこくてやんなっちゃう。なんで私がこんなこと引き受けなくちゃならないんだろ」
「おい!お前何を__!」
動揺する透夜に構わず、私は顔を近付けて彼の瞳を覗き込む。
「私はいずれこの世界から去るわ。どんな方法であれ、去ってみせる__その時蓮花の魂がここに戻ってくるかは知らないけど」
「!!」
「もうあの噂を流すのは止めるから大丈夫よ?そうそう、ひとつ言い忘れてた」
「何……?」
「あの時は助けてくれてありがとう」
助けたかったのは、この“器“だけなんだろけど。
「私は夫の所に帰るわ、ご機嫌よう」
そう艶やかに微笑んで、織羽の姿は闇に溶けた。
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