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動きだす物語 3

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夕霧の左大臣邸で過ごした翌日、春の花を携えた(正確にはお付きの女房がたに持たせた)薫が織羽のもとへとやって来た。

「???」
わけのわからない織羽をよそに、女房たちはそよそよと花が活けられた器を織羽と薫の間に並べ、下がって行く。

__ぇえと。
こんな場面源氏物語にあったっけ?
戸惑う織羽に、
「蓮花様はどのような花がお好みでしょう?邸に引き籠ってばかりでは気も塞ぎがちかと思い、せめてもの気晴らしに春の花々を集めて参りました。お好みのものがあれば寝所なりと飾らせましょう」
は??
驚愕の言葉も出ない織羽に変わり、
「まあ。なんて素晴らしい心配り」
「花々も色にとりどりで美しいこと……」
「まるで部屋にそのまま春が参ったよう」
晶をはじめ側付きの女房達が華やいだ声をあげる。

(あぁそうか)
夜な夜な部屋を抜け出して町を駆け回ってる自分と違い、彼女たちは本当にこの邸にこもり切りなのだ。
この時代では当たり前とはいえ、彼女たちにも気晴らしは必要だろう。
(ただでさえ、形だけの正室に仕えさせちゃってるしねぇ……)
この世界ではいくら血筋が良くても、宮中でときめいている女御姫君に仕える方が箔も付くだろうし。
(晶たちも喜んでいるし、さすがにここで素気すげ無く帰すのはまずいわね)

「そうですね、私は春の花といえばやはり桜でしょうか。中でも糸桜よりも樺桜の方が好きですわ」
「おぉ……!ではこちらですね縁ある寺の樺桜の枝ぶりの見事な所を宮に見て頂きたいと分けてもらったものですが、樺桜がお好みならば他の名所のものも集めさせましょう」
(良かった、合ってたみたい?)
この時代、現代日本のように桜の品種分けはされていない。

品種改良などが盛んになったのは江戸時代だったはずで、平安時代の桜は枝垂れ桜(糸桜ともいう)かそうでないかくらい(夕霧が紫の上を“樺桜の君“と呼んでいたので樺桜はあったのだと思う)しか区別されていなったのだと思う。
織羽自身花の種類に詳しいわけではないが、枝垂れ桜は何だか寂しい感じがしてしまい江戸彼岸桜とかの方が好みだった、と口にするわけにもいかず場凌ぎに答えただけだったのだが。

「ではこの樺桜は蓮花様の寝所の枕元に。他にお気に止まった花はありますか?」
「この桃の花もとても綺麗ですわ。桜が盛りの今まだこんなに花をつけているものがあるのですね」
「ええ、場所によっては桃も盛りのようです。北の寺院などが主ですが、蓮花様がお望みなら来年は私がどこへなりとお連れしましょう」
「……?!……」
絶句した織羽に変わり、女房たちが黄色い悲鳴をあげる。

「まあ!大将様が姫様をお花見に連れ出そうなんて……!」
「今日のお花だってあんなにたくさん……眩しい程のご寵愛っぷりですわ」
__蓮花じゃないから寵愛されても困るんだけど。

そこへ、
「蓮花様」
と何やら改まった様子で薫から声がかかる。
「はい?」
「私は長いこと彷徨っていました。自分がここにいて良いのか、これで自分は正しいのだろうかと__思えば貴女様を上様より賜った時も、心よりお世話申し上げているつもりで実は心ここにあらずだったのかもしれません」

いや、心ここにあらずはずっと知ってはいたが?













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