〈第一部完・第二部開始〉目覚めたら、源氏物語(の中の人)。

詩海猫

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笑顔の効果

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織羽が戦闘服改め、巫女服姿で市中を彷徨くようになって三月程経った頃、京ではある噂が飛び交っていた。

「頭からすっぽり白装束で覆った何者かが野盗退治をしてまわっている」
というものだ。
身軽で素早く、検非違使よりも早く屋根の上を駆け抜け、鮮やかに敵を倒しては市中の真ん中に放置し、誰かがその破落戸ならずものも発見する頃には影も形もないという___。


「なーにをやっているんだお前はっ!?」
結月が怒鳴る。
が、
「敵は倒せって言ってたじゃない」
と 織羽は涼しい顔だ。
「わざわざ敵のいる所に赴いてどうする!」
「赴いてないもん、夜に町に行ったらしっちゅう野盗が彷徨いて通行の邪魔だから退けてるだけだもん」
私は両耳を掌で覆いながら返す。

「はぁ~……」
結月が頭をがしがしやりながらため息をつき、
「してやられましたね結月どの」
「全くだ。ここまでじゃじゃ馬とは……」
「ええ。ここまで行動的とは__やはり織羽どのの性根は蓮花様に似ておられるのでしょうか」
二人の小声でのやり取りは織羽には聞こえないはずだが、身体強化中の耳であれば拾えるものだった。

「!」
織羽はひゅっと息を呑む。
(月影も、二人とも蓮花のことを知ってる?そしてそれを隠してる?だとしたらなんで__)
衝撃に呑まれそうな思考は、襖の向こうからの声に遮られる。
「姫さ、いえお方様、背の君がこちらにいらっしゃるとの先触れが__」
(は?薫がここに?)
私が二人に目を走らせると、
「上手くやれよ」
と口の形だけで告げる結月と、人差し指を口元に立てて(所謂いわゆる沈黙の強要ポーズで)、意味ありげに微笑む月影が姿を消すところだった。

やがて先触れから間をおかずに薫が入ってくる。
「お久し振りですわね大将の君。大層突然のお越し、何か火急のご用件でも?」
「久し振りと仰りながら大層つれない物言いですね女二の宮様。最近は浮舟の元にもあまりお越しになられておられぬ様子、何か憂いごとでもおありかと案じてご機嫌伺いに参りましたのに」
そう言えば最近修行に夢中で浮舟ちゃんとこに行ってないなー。
貰った文に返事はしてたけど(浮舟ちゃんと姉宮と中君にはしたがコイツにはしてないし)、最低限だったし。
修行終わったら寝所にまっしぐらって感じだったからな。

「浮舟のことで、何かご不快なことでもございましたか?」
あるわけないでしょーが、浮舟ちゃんは私の癒しだっての。
「いえ、最近部屋に篭もりがちだったのは浮舟さまのせいではありませんわ。中君さまの元に一緒に参ったことを思わず兄である匂宮様や大将の君に誹られましたでしょう?その後の外出の際も破落戸に襲われたことで大将様に叱責されてしまいましたし__ですから暫くお部屋に篭っていることに致しましたの」
私は殿上人の物言いらしく遠回しにお前ら風流人のせいだよ、と言ってやる。
「叱責などと……!そのようなつもりは決して!ただ女二の宮様の御身なれば大切にと」
思わぬ衝撃を受けたらしく慌てふためくさまがおかしくて、私は扇の影で笑いを漏らす。
いつも涼しげすぎるこの男の醜態に少しだけ溜飲が下がる。

が、僅かに漏れた笑いに気付いたのだろう、
「お笑いに、なられましたね……?」
「失礼を。大将の君がお珍しいお顔をなさっているので、つい」
即座にツンと澄ました顔に戻すと、
「いや、私の方こそ女二の宮様がそのような表情を浮かべられるのを初めて見ました。大層可愛らしい」
(__は?)
と思わず発してしまいそうになるのを堪えて薫の顔を見返す。
いきなり来て何かましてんだコイツ、という思いを込めて。

「思えば私は貴女を大切に扱うばかりで笑顔にする努力を怠っていたように思います。これからは良き夫であるばかりでなくそのように努めていきましょう。次に行きたい場所があれば私が自ら手を取ってお連れいたします故、何なりと希望を仰ってください」
と妙に艶かしい視線を寄越して帰って行った。

















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