〈第一部完・第二部開始〉目覚めたら、源氏物語(の中の人)。

詩海猫

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蓮花、やり返す

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……最近薫がよそよそしい……
北の方である女二の宮の失態(←匂宮の思い込み)を俺が告げたので決まり悪く思っているのだろうか?俺は気にしていないのだが。

__気にしている もとい用心しているのは薫の方である。
あの匂宮が浮舟を見逃すはずがない、宇治のような行き届かぬところへ置いてなど置けぬ と女二の宮さまと主上うえさまのお許しを得て手元へ引き取ったというのにまさか中君との対面中に踏み込んで来たとは……!
いくらなんでも許し難い。
「私が素性を明かして止めねば、迂闊に触れかねないご様子でしたわ」
とまで言われ、供をした女房たちももちろん差にあらん と頷き、
「お方さまがご一緒でなければ、作用気まずいことになったと存じます」
中君も気不味げに侘びて来た。
「中君さまが気になさることではありませんよ」
と慰めてはおいたがそれにしても困った気性である。

それとなく中宮さま(源氏の娘で匂宮の実母、薫にとっては姉でもある)に注意していただくべきか……いや、恋のさや当てのような苦情を申し立てるのは、だがやはり……と宮中行事で人の出入りが多いのを良いことに女人たちの休息所になっている辺りをうろうろしていた。
そこへ、ぱきん、と氷が割れるような音が響き、続いてきゃあきゃあ騒ぐ女達の声が響き「なんとやかましい」と眉をひそめるが、「まあ、私はいいわ。手に垂れてくる滴が気持ち悪いもの」おっとりと響く声に「おや?」と思い中を覗き見る。
暑い時期な為風通し良く配置された几帳のお陰で、たまたま中が見通せた薫は、この時に蓮花の異母姉・女一の宮に恋をするのである__匂宮と大して変わらねぇ。

と、翌日薄物の衣を勧めてくる薫を見て織羽は突っ込んだ。
この薄衣は昨日覗き見た女一の宮と同じものを女房に命じて縫わせ、同じように女房達に割らせた氷を持たせ、「美しくないわけではないのに、姉宮にちっとも似ておられぬなぁ」などと心中で自分の妻を盛大にディスる場面なのである__周りの女房たちが「花の盛りの女二の宮さまを愛でておられるのだ」と愉快に思っているのがまた腹ただしい、いっそ氷を叩き割る方をやりたい__いや、かち割るならコイツの頭か?
誰かハリセン持ってこいや!
それにしても、
女一の宮に一目惚れするのは、浮舟ちゃんを失った痛手も手伝ってのことかと思ってたけど、浮舟ちゃんを迎えてても変わんないのねこの男……

そんな織羽の心中を気付くはずもなく、聖を気取った好色男は
「姉宮とは、文のやり取りなどなさっておられますか?」
と女一の宮の文見たさに聞いてくるのである。
本当に予想違わずだったので、織羽は呆れたが、
「えぇ。しておりますがそれが何か?」
と用意していた言葉を返した。
この場面、「いいえ。宮中にいた頃ならともかくこちらの邸に来てからは全く」と答える女二の宮に「なんと、降嫁したからといって情けの無い方だ、貴女がお恨み申し上げていたと中宮さまより伝えてもらいましょう」とか言って文通を進めた挙げ句女一の宮からの文をみて感動し(ヒトの手紙見てんじゃねぇ)、珍しい絵など集めてせっせと女一の宮に献上するのだ、もうお前が直接文通しろよ。
てか、女二の宮さまが「今はものの数に入らぬ身」とご自分からは申し上げられぬので私がこうして言っているのです、私は誠実な良い夫ですアピールすっげーームカつく!!
読んだ時超ムカついた!
てか、よくよく考えたらコイツのやってることって、柏木が女二の宮にやったことと同じじゃね?

光源氏に女三の宮が降嫁した時、柏木は女三の宮に懸想してた。
その後女二の宮を娶った柏木だが「あの方となにもかも違いすぎる。同じ姉妹なのに、どうして落ち葉のようにつまらない方を頂いてしまったのか」てな歌を詠んでその後女二の宮は落葉の宮と称されるようになった。
__蔑称にも程があるだろっ!
「色付く紅葉が散るさまのように美しいので」とかなんとかフォローのひとつも付け加えたら良いじゃないっ、歌詠むか女口説くか しかしてないクセにっ!

まあ、補足しておくと柏木が亡くなった後女二の宮は夕霧(光源氏と葵の上の息子)に望まれて今も健在、夕霧は一夜限りの相手が千人斬りレベルの光源氏や匂宮と違い生真面目で幼馴染の妻雲居の雁と女二の宮の元に毎日交互に通っているというからあのまま柏木に冷遇され続けるより今の方が幸せかもしれない、一日おきに帰ってくるのなら。コイツなんか、たまに顔出したと思ったら女一の宮ごっこ女二の宮わたしにさせてんだから。
流石柏木の息子、そっくりだわ。心中では蔑称のひとつも付けてそう。

ので、コイツの好きにはさせない。
「おぉ、しておられるのか。それなら__「お見せすることは、出来ませんけれど」何?」
文通していると聞いて喜色満面、その文を見せてもらおうと身を乗り出すヤロウに私は告げた。
「姉宮さまとの文は、女性同士の秘密のやり取りですの。誰にも、特に殿方には絶対見せてはいけない約束ですのよ」
「そ、そんな馬鹿な__」
「あら。殿方も殿方同士集まって女性には聞かせられないやり取りなどなさるでしょう?同じことですわ。例えば、中君さまにこっそりお忍びで会いに行くことなども、姉宮さまには事前に御文で知らせておきましたのよ?」
「え?」
「姉宮さまは“興あり”と面白がっておられましたわ。中君さまがどのようなご様子だったかも含めまた結果をお待ちしている と言っていただいたのですけど__」ちら と薫の顔を上目遣いで意味ありげに見てやれば目に見えて狼狽えていた。

__そりゃあそうよねぇ。
「中君さまと浮舟ちゃんと楽しく語らってたら匂宮が乱入してきて浮舟ちゃんに顎クイかましてましたー」なんて報告できないもの。
匂宮は元々色狂いで有名だけど、真面目一途(どこが?と激しく罵りたい)と評判の自分の面目もねぇ……嗚呼“私だと気付かない兄宮さまに無礼者呼ばわりされましたー”まで世に広く伝えてやりたい、書込み掲示板SNSはどこだ?

「文に書くのは色々都合が悪うございますわね、一度内裏に里帰りしてもよろしいかしら?姉宮さまには直接「駄目だ」え?」
「そのような事をされては私が貴女を粗略に扱っていると噂されてしまうかもしれないではないか、当たり障りない文でお返事して差し上げなさい」
うわぁ超自分本意……!
さっきのご機嫌はどこへやら、保身に全振りしやがったーー最低!
なら、次の手を打つまでよ!

私は「内裏に里帰りしたり、母の縁の寺にお参りに行きたいのに、“外聞が悪い”と大将の君が外出を許可してくれません」と愚痴めいた一文を、姉宮への返事に書き加えた。

話は姉宮から中宮、中宮から父帝に伝わり、薫は不承不承外出の許可を出した。

この世界、何事を行うにもとにかく時間がかかる。
里帰りの日程などを組み、具体的な準備に入った頃、その男はやってきた。
「お方さま、結月の大将どのがお目にかかりたいと参っております」
__誰ソレ?
「結月の大将さまは殿の同僚です、今上帝の覚えも目出度く薫大将の君と並ぶ出世頭ですよ」
成る程。
薫は右大将、その結月なんたらは左大将。確かに同僚なんだろうけど、そんな人読んだ本には出て来なかったぞ?女二の宮__蓮花と知り合いだったのだろうか?こうしてあっさり女房達が通すのだからそうなのかもしれない。

そう思いつつ、御簾越しに対面した男性を向こうからは見えないのを良いことに観察する。
「姫宮さまにおかれてはお初にお目にかかる。結月の大将と申します」
慇懃に言ったその口調は何故か非難めいてるような気がする。
年の頃は薫と同じくらい、匂宮や薫のような華やかさはないが座する所作も美しく、すっきり整った目鼻立ちの美男子といえよう。
……美形しかいないのかこの世界?
そう心中で突っ込むと同時に、目の前の美男に
「__お前、何者だ?」
と突っ込まれた。






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