〈第一部完・第二部開始〉目覚めたら、源氏物語(の中の人)。

詩海猫

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殿上人だって女子会したい

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周囲もはもちろん浮舟ちゃんも止めたけど「もし匂宮様が強引に割り込んで来られたら私以外誰が止められるというの?」と言えば皆黙った。
皆わかっているのだ、匂宮の色狂い(好みではない、断じて)を、止める術などないことを。
罪な男、と言えば聞こえはいいが現代に照らし合わせたらただの痴漢犯罪者だからね?
私は容赦するつもりなんか一切無くて、一人のお付きの女房に立ち混じって薫にも内緒で、浮舟ちゃんと中君と後はお付きの数人のみだけが知っているという“お忍び”状態で行くことにした。
周りは最初「何と恐ろしいことを」と慄いていたが「女性だけの内緒話をするのよ?男性は出入り禁止なの」と悪戯っ子のように微笑んでみせれば「まぁ、お方様がそう仰るなら……」と「姫様が楽しく朗らかそうなご様子なのは良きこと」と絆された。
流石 薫が浮舟を隠した時、匂宮の「私が先に想っていた人を薫大将が隠してしまったのだ」という嘘泣きにあっさり引っかかって取り持ってしまうのが通常仕様のご家来衆、脳が清らか(きっとシミもシワもひとつもないんだろう)にできている。
念には念を、ということで私はある人にだけこの「秘密の集まり」のことを文で打ち明けておいた。





そして当日、匂宮が御所にお出ましになって四半刻(三十分)もした頃に私達は中君のところに赴いた。因みに薫は昨夜から御所に宿直なので問題ない。
既に一児の母である中君はまだまだ少女じみた浮舟ちゃんと違い落ち着いた風情で私達を出迎えた。
「ようこそお出でくださいましたわお、いえ、浮舟さま、それに__蓮の方」
女二の宮、と言いかけて女房達が出揃っているのを見て咄嗟に“蓮花”を転じて“はすの方”と言い換える辺り、なるほど機転の利く方だ。
「お久しぶりです、中君さま。本日はお招きありがとうございます」
「お久しぶりね。中君さまなどと言わず、お姉様と呼んで頂戴な。__皆下がりなさい」
と、私の素性を承知してる女房以外を下がらせ、御簾も上げさせてしまう。
たぶん、浮舟だけならばともかく私相手に御簾越しは不味いと思ったのだろう。
そよそよと女房達の衣擦れの音が遠ざかると、中君は
「__皆、下がったようですね」と右近(匂宮が浮舟に言い寄った際に居合わせた女房)に確認を取り、右近が頷くとほぅ、と息を吐き出し、居住まいを正し「ようこそお越し下さいました、女二の宮さま。」と礼をとられた。
「まぁ、堅苦しいのはやめて頂戴。変に形式ばってるのは宮中だけで充分よ、こちらこそ急に同行を申し出てしまってごめんなさいね?姉妹のお話の邪魔はしないので少しだけ私も混ぜてくださったら嬉しいわ」
と告げると、
「まぁ……浮舟さまから聞いてはいたけれど」
中君はじめ居合わせた二条院の面々は驚く。
「はい。お方さまは優しいお方でしょう?お姉さま。私最初の日からとても良くして頂きましたの」
もう私のこんな様子に慣れてる浮舟ちゃんは得意げに中君に語ってくれる。
「あのお邸に着いて初めての夜私の元を訪ねてくださった時も“疲れているところをごめんなさいね、どうぞ休んでいらして“とお声掛けくださって」
だって普通でしょ?
「装束が良く似合っているとお褒めくださって」
いや、だって実際良く似合っていたし。
「更には貴方は先先代の八の宮さまの姫君なのだから、自分とも血縁だと言ってくださって、私がどんなに嬉しかったか……」
あ”ー……ついでに八の宮を盛大にディスった気がする、中君さまには良い父君だったんだろうけど。
「それからも何かにつけ気にかけてくださり、身も竦む思いで参上した身でありながらここに来て、お方さまにお会いできて良かったと私心から……」
ちょ、浮舟ちゃん?なんか愛語りみたいになってるよ?貴女 薫大将の恋人だよね?!
だが、
「手紙にもじゅうじゅう書かれていたけれど、浮舟さまは本当に女二の宮さまが大好きねぇ」
ところころ笑い、女同士の話が弾んだのでまあいいか。





お茶とお茶菓子なども頂き、現代で言うところの女子会も盛り上がって二刻(二時間)も過ぎた頃、慌てて入って来た女房が中君の耳元で何事か囁く。
「まぁ、宮様が?」
__やっぱり来たか。凄ぇな好色センサー。
中君が急いで御簾をおろし、浮舟ちゃんが下がり、私は浮舟ちゃんの背後に扇で顔を隠すように控えたところに声掛けもなく匂宮が入り込んできた。

いや、いくら自宅とはいえ不躾すぎだろ。
客人をもてなし中って報告は受けてるはずだよね?
「お帰りなさいませ宮様、本日は夜まで御所にお勤めと伺っておりましたのにお早いお戻りで」
おう、なかなかやるな中君!
「酷い言い様だな、夫を蔑ろにしておきながら」
「まぁ。何のお話ですの?」
「知っているぞ、俺が探していた女人の素性を教えてくれないばかりか薫との仲を取り持って邸に迎えさせたことは」
いや、それやったの私だがな。
「聞けば君の異母妹だそうじゃないか、薫の邸に迎えられてからは気軽に文のやり取りなどもしているとか」
それのどこが悪い。
「それを咎め立てはしないが俺の留守を狙ってこそこそ会っているのはどう言うことだ?君の姉妹なら堂々と訪ねてくれば良いではないか、こうして俺を除け者にするとは……!」
構ってちゃんかお前は。
「浮舟さまは私の妹である前に現在いまは大将の君の奥方です。女性だけで会うのは当然でしょう」
そうだそうだ言ってやれ。
ぐっ、と匂宮が詰まる。
これ幸いと扇越しに匂宮の顔を拝み、(確かに滅多に見かけない美形だわね……)と心中で唸る。
すっと通った鼻筋は薫よりやや高く、瞳も大きく睫毛も長くぱっちりしていて華やかな印象を与える顔だ。ただ狩衣の似合い具合でいくと薫の方が上な気がする。ちょっと西洋系な顔立ちなのかもしれない。
この間にも二人の舌戦は続いていたが、
「まあ、良い。今日ここで再会出来たのも何かの縁だ。君がその浮舟の君をちゃんと紹介して目合わせてくれるなら俺も水に流そう、女房たちを下がらせなさい」
「「「……!……」」」
今、私達の心がひとつになった。

「まぁ__他所よその奥方の顔をまじまじとご覧になるおつもり?」
「姉である君が一緒なのだから問題あるまい」
うわぁ開きなおったよコイツ。
今浮舟ちゃんと匂宮のいる間には几帳もあるが浮舟ちゃんが顔を青くしてガタガタ震え出した。
チッ、と扇の内側で私は小さく舌打ちした。
念には念を入れて対策してきたとはいえそれがこうにも役に立つとは。
どんだけ残念なんだこの男は。
「几帳を全て取り除いて、女房たちは下がりなさい」
中君が指示しないのに焦れて匂宮自らが指示すると女房たちは皆従わざるを得ず、皆が困惑して私に視線を寄越すのに頷いてみせると皆下がっていった。
はぁ、と中君は呆れ気味に額に手をあてた。アテレコしたら「もうこの人といると頭痛い」って感じ。



そよそよと女房たちが下がって行き、浮舟ちゃんと私だけが残る。
「どうした?そこの女房は何故下がらない?耳が不自由なのか?」
おぅ、ナナメ方向な指摘が来た。いっそ不自由なフリでもしてみせようか?
「浮舟と言ったな?そこの女房に下がるよう指示なさい」
匂宮が優しく言いながらこちらに近寄ってくるのがわかる。
浮舟ちゃんが顔を隠す扇をぎゅっと握りしめつつ、
「い、いいえ、この方は__」
「この方?それなりの血筋の女房なのか__薫のやりそうなことだな、それなりの身分の女房をお付きにして体裁を整えようというのだろう、そんな風に監視されていては息が詰まってしまうだろうに。女房というものは主人を緊張せてはいけないものなのに__女、お前、名は?」
よくまぁ、ここまで勝手に話を自分の中だけで作れるものだ。
私が戦闘モードに入って立ち上がるより先に、
「お、お待ち下さい、宮さま……!それ以上、この方に近寄ることまかりなりません……!」
浮舟ちゃんが私と匂宮の間に立ちはだかった。













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