〈第一部完・第二部開始〉目覚めたら、源氏物語(の中の人)。

詩海猫

文字の大きさ
上 下
3 / 47

好感度、急上昇中。

しおりを挟む
現代日本みたいに“とにかく早く・5Gに生きよう”とはいかないがこの世界にしては早いほうなのだろう、翌月には浮舟ちゃんが邸にやってきた。
邸に入る前しゃっちょこばった使者を寄越し、ひっそりと離れの一隅に居を構え、「落ち着いたら挨拶に伺う」との丁寧な文も貰っている。
だが私はそんなタイミングをうだうだと待つ気はない。この世界の物忌みだの吉日だのに付き合ってたら事が進みやしないのだ。
なので私は浮舟ちゃんが邸に着いて人心地ついた頃を見計らって彼女の部屋を訪れた。
先導の女房が私の訪れを告げると室内から小さく悲鳴が聞こえた気がしたが気にしない。
すっと中に入り、
「どうぞ皆さまそのまま休んでいらして。急な引っ越しでお疲れの所ごめんなさいね?」
出来るだけ威圧しないように言ったつもりだったが室内にいた女性たちは皆固まっている。
うーん、重すぎる身分って色々やりにくいわねー。
「貴女が浮舟さまかしら?」
この日の為に揃えられた女房たちに囲まれるようにして奥に座している少女にアタリをつけて声をかける。
少女は弾かれたように、
「は、はい!お初に御目文字いたしますのにこのような見苦しい有様で申し訳ございません!」
とひれ伏した。
「まあ、見苦しくなんてなくてよ?今日の為に大将殿が誂えさせた装束、良く似合っていてよ。水面に浮かぶ花を描かせるとはなかなか風流ですこと__貴女の名前に擬えたのなら差し詰め川は宇治川かしら?」
「勿体ないお言葉ありがとうございます、薫大将の君にもこのような格別な待遇を賜り__…」
尚もひれ伏す浮舟に、
「格別なんてことはなくてよ。貴女は先々代の八の宮様の姫君でしょう、私とも血縁だわ」
「そ、そのような……!」
という言葉は几帳の向こうからあがった。
嗚呼、やはりいらしたのね。
「この娘は当時の八の宮様から認知されなかった身、そのように名乗ることは許されますまい」
この方は浮舟の母君だ。八の宮に手を付けられて浮舟を身篭ったものの当時の八の宮に「知らぬ存ぜぬ」を通されて捨てられ、常陸の介(いわゆる受領身分、地方領主みたいなもん?)の後添いとなった方だ。身重の女性をそんな風に放り出すとかあり得ない、現代ならギルティ即社会的抹殺物件だわそんな男。
『常陸の介は成金で粗野な男だけれど「一時の過ち」と蔑むだけだった八の宮と違い私一人だけを妻と扱ってくれた』の辺り泣ける。苦労が偲ばれるわ。
そんな鬼畜な真似仕出かしておいて「心は聖(ひじり)」とか良く言えたな!それを理想の師と仰ぐ薫も大概だけど!
どちらにしろ___この親子に罪はない!
「ええ。本当に酷いこと」
「え……」
「お、お方様……?!」
付いてきた女房達も皆驚いて窘めようとする__ここ数日ですっかり慣れた晶を除いて。彼女は蓮花が晴れやかな顔で居られれば他はどうでも良いようなので、織羽からしても気がラクである。
「当時の八の宮様がお認めにならなかったとしても兵部卿の宮(匂宮)に添われた中君様と亡くなられた大君様にこの浮舟様が同じお血筋なのは誰が見ても明らかなこと__当の八の宮様がお隠れになられてもう幾とせ……今となっては御仏も咎めだてなどなさいますまい。それに今宵貴女様は薫大将の君の奥方となられたのです、堂々としておられませ」
この言葉に誰よりも感動し泣き伏したのは浮舟の母君で、次いで浮舟の乳母、続いて浮舟本人も泣き伏してしまい大変居心地が悪かったが、向けられる眼差しは特段非難めいたものじゃなかった。
そりゃ、口にこそ出さないもののそう思ってる人はいておかしくないよね?
大体男にばかり都合良すぎなのよこの世界設定。
「私、片親のいない娘として生涯侮られて生きていくものだと、それが宿命なのだとばかり…。」
涙ながらに語る浮舟ちゃんは可愛い。うん、蓮花の方がパーツの整い具合からいくと美人だけど可愛さや可憐さを求めるなら浮舟ちゃんだよね。
薫はアテにならないけど、うん、私が守る!
そう決心して、
「今後母君も是非こちらには気軽に会いにいらしてあげてくださいませ、慣れない邸に来られたばかりで浮舟様も不安でしょうから」
「い、いえ、そのようなわけにはっ……!本日の付き添いとて本来なら受領の妻の身であれば辞退すべきところ__」
「母が子に会いに来て何が悪いのです、良いから気兼ねなくおいでなさい__皆もそのつもりでね」
「勿体ないおおせ、痛み入ります。ですが私のように軽い身分の者がこの邸に出入りしては大将の君が__」
「この邸の女主人は私です。その私が良いと言っているのです。誰にも口出しはさせません、たとえ旦那さまであっても」
「……!……」
「女二の宮様……!」
先程から何とか受け答えしていた母君は絶句し、浮舟はまるで眩しいものでもみるように瞳を潤ませた。
「まあそんなに泣かれては、私が苛めてしまったと思われるわ、せっかく可愛いらしい顔立ちをなさっておられるのだから貴女はどうぞ笑っていらして。私、それを言いにここへ来たのよ」
手を取って言うと涙目ながら僅かに微笑んで頷いてくれた。
そうそう、そうやって笑ってあの女の敵を虜にしてせいぜい振り回してやってくれ、期待しているよ?浮舟ちゃん。

私が退出してから、室内ではその女二の宮の話題で持ちきりだったくだりを私は知らない。



「なんとまあ、女二の宮さまは心映え優れた方なのでしょうか」
「ええ。それにあの砕けたご口調、さりげなくこちらが緊張しないようにと気を配ってあえて慣れないお話かたでこちらを気遣ってくださって……」
実際は中身が現代人というだけなのだが。
「気高いばかりの方だとばかり思ってたのに……」
「ええ。降嫁されたとはいえ今上帝の姫宮様、こちらはきつく当たられても仕方ないと思っていたのに」
「お優しそうな方で良かったですわね」
女房たちが次々に口にする賞賛に、
「本当に。浮舟の身ばかりか私のような者のことまでお気遣いくださるとは」
母が心底畏れ多い調子で言うと、
「……私、頑張りますわ」
浮舟も答えるように強く呟いた。

__あの方は取るに足りない私のことを「大将殿の奥方」と言って下さった。「堂々としていなさい」とも。
あの方の御心に、答えられる自分でありたい。



織羽からすれば、
「とりあえず匂宮に寝取られエンドは回避したから、後は思う存分幸せになって!ついでに薫を虜にしてあの取り澄ました顔を精々取り乱させてやってくれ」という意味でしかなかったのだが、
「あの気高い奥様が治める邸に不似合いな田舎者がいる などと誰の口の端にも誹られることのないように、立派な女人になって女二の宮様のお役に立ってみせますわ……!」

__何故か、当の浮舟には明後日の方向に解釈され無駄に自分の株が爆上がりしていることに織羽は気が付いていなかった。
知らず人を緊張させてしまうということは、言い換えれば一時いっときたりとも気が休まらないということ__要するに、常に緊張を強いられていた浮舟及び側仕えの者たちは疲れきっていたのだ。
そこへ、当の薫大将の君が頭の上がらない奥方から「寛いで、しっかり休みなさい」「泣かずに笑っていらっしゃい」と言われたのだ。
そりゃあ、心象爆上がりして当然である。
ついでにただおっとりしていると思われている浮舟だが薫が何かにつけ亡き人(大君)と比べては失望めいた溜め息を漏らしているのに気が付いていたので、薫の心象などはこの時どうでも良くなっていた。



浮舟の母は嬉しさと興奮を隠しきれず帰路につき、行き先も告げずにどこへ行っていたと喚く常陸の介に事の次第を報告し黙らせた。
以前から継子である浮舟に興味のない常陸の介には邪魔をされると面倒なので事が全部成ってから話そうと黙っていたので、
「そ、そんな雲の上のお方と……?!」
と仰天して腰を抜かすさまがたまらなく愉快で、これも気高い女二の宮様のお陰、と深く感謝されたことなど織羽は知りようがなかった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。  その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。  すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。 「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」  これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。 ※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど

富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。 「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。 魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。 ――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?! ――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの? 私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。 今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。 重複投稿ですが、改稿してます

処理中です...