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アンサー編 彼女が死んだ後 3(原作 マリーローズとハンナ/ロード家使用人/カイゼル侯爵家)

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「もう一度言って頂戴、モンド」
「……奥様、いえマリーローズ嬢が……お亡くなりになりました」
「なんてこと……!伯爵家で大切に育てられたお嬢様をいただいておきながら_…セントレイ伯爵家の方々に、なんてお詫びすれば……」
「いえ、訃報をお知らせしてすぐ、セントレイ伯爵家は奥様の籍を旦那さまのロード家から抜かれました。流れたお子様共々、お二人の亡骸はセントレイ伯爵家代々の土地に墓碑を建てるゆえ、“当家は一切関わるな“と酷くお怒りでした」
そう小さくなりながら続けたモンドの台詞に、カイゼル侯爵夫人・イザベラは手にしていた扇子を取り落とした。

「……なんですって……?」
「マリーローズ様は、ご懐妊されておりました。先日のお邸襲撃の際、流れてしまいましたが…_それが元で、そのまま回復することなく」
「アベルは…、あの馬鹿息子は知っていたの……?」
「旦那さまは、ご存知ありませんでした。何も」
「“何も“ですって……?」
「ご懐妊がわかった際、マリーローズ様は“自分で旦那さまにお知らせしたいから“と私どもに口止めされました。そして旦那さまに大事な話があると切り出され、旦那さまは“わかった、では今夜“と答えられました」
「そう。それで?」
「いつも通りすっぽかされました。私どもが知る限り、旦那さまは奥様との約束を誠実に守ったことなどありません。嫌な予感は、していたのです…_おそらく奥様も半ば予測されていたのでしょう、旦那さまが時間通りに帰って来なくても、これといった反応は示されませんでした。ですがこの時ならばまだ、間に合ったかと思います」
「間に合った__とは?」
夫人の横で眉を顰めていたカイゼル侯爵が尋ねた。

「奥様を永遠に失うことからです。この後直ぐにロード伯邸は襲撃され、死人こそ出なかったものの怪我人は多数、この襲撃が元でマリーローズ様が流産されました。__普通、邸が襲撃され、妻が怪我を負ったと聞けば、飛んで帰ってくるものではありませんか?たとえ懐妊の事実を知らなかったとしても」
「__そうだな」
「当たり前よ」
「報告を受けた旦那さまは、“死人は出ていないのだろう、怪我人たちの補償などは追って指示する“とだけ言って戻ってこられませんでした。時を同じくして王女宮も襲撃があったとは聞きましたが、王女宮の警備など、大勢おりましょう?」
「そう、だな……」
突然歯切れの悪くなった侯爵に“何か知っているのだろうな“と思いはしたが、モンドは知ったことかと続けた。
これが今、自分がマリーローズに出来るなのだから。

「怪我の報告を聞いてなお何日も帰らない旦那さまに、奥様は殺されました」



*・゜゚・*:。. .。:*・゜゚・*


そう報告した際のマリーローズは「腹の子が流れた」と診察した医師に言われた時より遥かに絶望した顔をしていた。

だが、
「そう」
という言葉以外は発さず、ただ宙を見ていた。

まだ流産のショックが抜けきらないのだろう、おひとりにして差し上げようと指示したのが仇となった。

「お薬を飲んで暫く養生すれば回復するでしょう。まだお若いからすぐに次のお子を授かりますよ」
という医師の慰めの言葉も届いてはいなかったろう__いや、むしろ聞いていて無視した可能性の方が高い。

マリーローズは処方された薬を一切飲まなかった。飲まずに捨てていた。
残したスープの中に混ぜたり、花瓶の水の中に溶かしてしまったりしていたらしい。

回復どころか急激に衰弱していったマリーローズに訪れた医師が驚いて訊ねたものの、
「自分でもわからない、ごめんなさい」
とだけ答え、お付きのハンナはじめ皆で必死に看病するも弱っていく一方で、
「このままではいつ命が尽きてもおかしくない。ご家族を枕辺に呼んで差し上げてください」
と遂に医師に告げられた時は目の前が真っ暗になった。



医師に「手遅れ」と言われた頃、マリーローズは白状した。
「でしょうね。薬は飲んでないし、食事も適度に減らして食べたようにみえるよう捨てていたから」
と。
「回復なんかしなくていいのよ、私はもう疲れたの」
とも。



その際、漸く思い至った。
彼女のあの時の「そう」は、全てに絶望し、もうアベルには何も期待しないという意思表示、同時にもう生きていくつもりもないということだと。
気付いたモンドは自ら王城に出向き、アベルに直談判を試みた。
「もう最後かもしれない」と。

だが、アベルの反応は「命に関わるような怪我人はいなかったと聞いている。今王女宮から離れるわけにはいかない。もうすぐケリがつくから、それまで待っているよう伝えてくれ」というもので、モンドは怒りを通り越して「この男は本当に自分が長年仕えた主人だろうか?」と怒りと悍ましさに震えた。

言葉が通じない。

邸の誰もがここまで夫人を蔑ろにする主に憤り、呆れ、怒りを覚えていた。
彼の乳母でもあった侍女頭のマリアは主人の側を離れないハンナを少しでも休ませようとマリーローズに付き添っている。
「間もなく旦那さまも駆けつけます、お気をしっかり持ってください」
と夫人の手を握りながら。

誰に。

そんな中、誰に、何にこんな言葉を伝えるというのか。
誰が聞くのか。

「もう結構です。お世話になりました」
モンドは深く頭を下げた。

この男が帰った時、邸に待つ者は誰もいないだろう。
いや、この男にとってはこちらが家なのかもしれない。

「忠告はしましたよ。もう二度と夫人と話せなくなっても、苦情は受け付けませんから」
そう言い置いて、モンドはアベルの元を去った。



邸に帰り、マリーローズの部屋を訪れたモンドに、
「モンド!旦那さまはっ?!」
と開口一番に尋ねるマリアに、モンドは黙って首を横に振るほかなかった。
マリアは絶望した顔をみせ、慌ててマリーローズに何か言おうとしたが、マリーローズが
「ハンナと二人にして」
と弱々しく発したので、
「わかりました……」
とモンドと連れ立って退室したものの、やりきれずにドアに隙間を残して閉め切らず、ドアの外に立ち尽くした。
ハンナと共に自死を選んだりしないよう__ハンナならやりかねない__する事のないよう、用心のためでもあった。

が、
「お嬢様、気をしっかり持ってください!あの男のどこにお嬢様が命をかける価値があるのですかっ!馬鹿げています!今すぐ離婚してセントレイ伯爵家に帰りましょう!」
聞こえてきたのはハンナの叱咤激励の声。
嫁いだ先で大声で言う台詞ではないが、今この邸でこの言葉を咎められる者はいない。
モンドもハンナも甘んじて受け入れ、「生きていてくださるなら、いっそその方いい」と俯いた。

そこへ、「そうね……」と弱々しくはあるが答えるマリーローズの声が続いて、二人はホッとした。
そこで玄関ホールの方が騒がしくなったのに気づき、モンドは「奥様を頼む」とマリアに目配せして階下に降りて行った。
マリアはひと言も聞き漏らすまいと、再度耳を澄ませた。

「そうです!あんな男、こっちから捨ててやれば良いんです!」
「うん……、私が決心するのが遅くて、挙句こんなことになって苦労をかけてごめんね?貴女も、居心地が悪かったでしょうに__お飾り正妻のお付きだなんて」
「お飾り正妻って_…、誰がそんなことを言ったんです?!私がきっちり成敗しますから教えてください!いえ一緒に殴りに行きましょう!!」
「ふふっ、そうね……もっと言ってやれば良かったわ。この人でなしって、誰かの夫にも父親にもなれない人間のくせになんで結婚なんかしたんだって、罵倒してやればよかった」
「っ_、そうです!そんな生ぬるい言葉じゃなくもっと言ってやりましょう!その為にもお嬢様!早く動けるようになってください!!」
「貴女はセントレイ伯爵家に戻って_…に伝……て……」
握った手の指先から、力が抜けていくのがわかる。
「お嬢様!セントレイ伯爵家に戻る時は一緒です!!一緒に戻るんですよ?!」
そう必死に叫びながら握る手に握り返す力は感じられない。

「マリーローズ!待ってくれ!!」
モンドの様子に胸騒ぎを感じたアベルが使用人たちに責め立てられながら部屋に辿り着いたのは、マリーローズがまさに息を引き取る瞬間だった。



*・゜゚・*:.。..。.:**:.。. .。.:*・゜゚・*



「襲撃の怪我が元とはいえ、あれは緩やかな自死です。加えてマリーローズ様の最後の言葉は“あなたと結婚なんかしなければよかった“。マリーローズ様の、最初で最後の本音であり、遺言でした」
「「…………」」
侯爵夫妻は言葉を発せない。

「私は今日でお邸を去ります。これをお伝えするのが最後のお役目でございます。家令というお役目をいただきながら全うできず、申し訳ありません」
「あなたのせいではないわ」
「いえ、私もマリアも…_とてももう、あの方を主として仕えることはできません」
「でしょうね。アレを見捨てるのは構わないわ。貴方とマリアはカイゼル侯爵家に戻ってらっしゃい」
「マリアは奥様、いえマリーローズ様とハンナ嬢がセントレイ伯爵家に戻るのを見送って直ぐに故郷に帰りました。“侯爵夫妻に合わせる顔がない“と。手紙を預かっております」
「そう……では返事を書かないとね。あなたは?」
「どこか、別の国で奉公先を探そうと思っております。私が王都にいては、セントレイ伯爵家の皆さまがご不快でしょうから。ロード伯邸の他の使用人も、皆おいおい出ていくつもりのようです」
「探す必要はないわ。我が家で受け入れます。充てがう仕事がない者は他家へ紹介状を出すわ。あなたはそれを差配して頂戴。表向きの仕事を避ければセントレイ伯爵家のご迷惑にはならないでしょう」
「かしこまりました。ありがとうございます」
「セントレイ伯爵家にもお詫びに向かわなくていけないわね__追い返されても、石を投げつけられても、何度でも」

三男であるアベルが爵位を授けられると聞いて、“親としてせめてこれくらいは“とモンドやマリアはじめ、我が家で教育した使用人たちをロード邸へ世話した。
長男や次男に比べ充分なことをしてやれなかった自覚があるぶん、爵位を授かった息子への親からの僅かな手助けのつもりだった。

だが、結果はこれである。
「あの子に、一家の主は向いていなかったのね……」
夫人は遠い目をしながら、拾ったばかりの扇子を叩き折った。



*・゜゚・*:。. .。:*・゜゚・*











原作版は暗いので、一日一話だとかえって読者さま達のストレスになるかな~と最後まで書き上げてから一挙公開にしようとしたのですが、エピローグを先に書き終えてそこまでの過程が「いくら書いても全然終わんないんだけど?いつ終わるのこれ」状態になってしまっており、ハロウィン完結は無理そうです、すみませんm(_ _)m💦
文字数的にそこまで多くないはずなのですが……各キャラ視点という点を考えると仕方ないかもしれません。
公開する順に迷って文章の切り貼りとか入ってますので、時系列も前後している部分がございますがアンサー編までお付き合いくださる方はよろしくお願いします。

また、「暗すぎ!!」と感じる方は今世というか今生?ではアベルは“マリーローズwithその仲間たち“にけちょんけちょんにされているという点を踏まえてギャップをお楽しみくださいm(_ _)m





























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みんなの感想(752件)

esc21
2024.11.15 esc21
ネタバレ含む
解除
七海 こんな筈じゃなかった。

おかわりまだですか!
アンサー編はスカっとはしませんが、本編で最高にストレス発散したのでもぞもぞしながらも、またスカっとしそうな希望と共に読むので、お待ちしてます!

詩海猫
2024.11.13 詩海猫

すみません!今書いてます!
仕上がったら一日に複数話投稿、公開しますので少々お待ちをm(__)m💦

解除
たまごやき
2024.11.06 たまごやき
ネタバレ含む
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