上 下
28 / 49

27 馬鹿(な行い)と噂は使いよう

しおりを挟む
ルイスが手配してくれた馬車に乗り込むと、
「セントレイ伯爵夫人とカイゼル侯爵夫人もお帰りになるそうなので会場近くでお二人と合流しましょう。早急に先ほどの件をお話しされた方がよろしいかと」
とルイスが言い、
「そうね、そうしましょう」
と一旦馬車で会場に向かうことになった。
「ルイスは本当に気の利く騎士ですわねぇ」
とハンナが感心して呟く。
「そうね……」
(只者ではなさそうだけど、いくら考えても正体の見当がつかないのよね……)

などと話しているうちに馬車が会場近くの馬車止めに着いたらしい。
コンコン、と窺うようなノックの音がし、
「おそれ入りますお嬢様、一旦出てこられそうですか?」
と騎馬で付き添っていたルイスの声がした。
「何かあったの?」
「貴族たちが俗な話で盛り上がっているようです。お嬢様とロード伯が休憩室から長く戻ってこられないので。ここは何もなかった姿を一度見せた方がよろしいかと」
「…………」
(暇だな、貴族。いや暇だから貴族なのか?)
「なんてことを……!あの疫病神!!」
そこは全面的に同意だわ。
「わかったわ、開けて頂戴」
「かしこまりました」
と言い扉を開けたルイスに手を預けて一旦馬車から降りると、周囲が騒ついた。

『あら……?長く戻って来られないと思ったら』
『__もうお帰りのようね』
『ご衣装もそのままだわ』
『じゃあ休憩室に行ってすぐに退出を?』
『どうやらそのようですわね……』
とヒソヒソする声をマリーローズは全て聞き取れたわけではないが、“聞こえている人“は苦々しげに“もっと他に気にすることあんだろ……“と突っ込んでいた。

もっとも当のマリーローズは「結局どこの世界でも他人のゴシップで盛り上がる気質って一緒なのよね……」と達観していた。
それが一過性ですぐ次の話題に飛びつくこともわかっていたし、噂が尾を引けば貴族令嬢としては致命的だが、既に“傷あり“とされているマリーローズはあまり気にしていない。
だって社交とかどうでもいいし。

降りた先にはおかあさま達がいて、
「マリーローズ!!」
「あの馬鹿息子に何もされていないわねっ?!」
といの一番に叫ばれた。

お義母さま、そんな大声で“馬鹿息子“って……間違ってないからまあいいか。

「されてないというか……精神的にはやられましたね」
お花の国の住民とそのお付きに。
「「何があったの?!」」
「実は、あの後王宮の奥まった部屋に連れて行かれて王女殿下に引き合わされまして_、」
「「はあぁ?!」」
お二人のユニゾった叫びに、さりげない振りで聞き耳を立てていた周囲も大っぴらに視線を向けてきた。

よっしゃ。

「そこで王女殿下に“何故自分が贈ったドレスを着ていないのか“と詰問されてしまいましたわ。着れるはずがありませんのに。だってあのドレスは、」
と言葉を切ると、周囲がごくっと唾を呑み込んだのがわかった。
「ロード伯と王女殿下の瞳の色を混ぜた色のドレスだったのですもの」
と私が言うと、一瞬(聞き逃さないように)静まっていた周囲が一斉にまた話し始める。

『王女殿下がそんな色のドレスを?』
『流石に非常識すぎるだろう』
『密かに夜会に来られていたのか?前回の襲撃以来、王女宮から出て来られないと聞いていたのに_…』
『やはりロード伯とは特別な、』
『しっ!……ここでそれは不敬になりますわ』

“……ここ以外だったら良いってわけでもないがな“

「王女殿下が仰るには、あの色のドレスを着て夜会に出る私の姿が見たかったそうですわ。その為にロード伯に我儘を言ってここに来たと」
「なんですって?!それじゃ馬鹿息子が貴女を頑なに休憩室に連れて行きたがったのは_…」
「はい。王女殿下の希望を叶えるためだったようです」
「なんてこと……!よくもうちの娘を!」
お母さまの手にある扇子がメリメリと音を立てる。

お母さま、段々お義母さまに似てきてませんか?

「ごめんなさいマリーローズ、あの時何としても止めるべきだったわ」
「いいえ。陛下たちも勧めていたあの状況では仕方ありませんでしたわ。どこまでご存知だったかは分かりかねますが」

『そういえばあの時、陛下たちも随分強硬に勧めて……』
『やはり最初からご存知だったのでは?』
『結婚式の事といい、今日の事といいあんまりと言えばあんまりな……』

という周囲のざわめきに応えるように、
「全く結婚式の事といい、我がカイゼル侯爵家を馬鹿にするにも程があるわ……!」
「そうよ!今夜の宴だって最初は他国の要人のためのレセプションがなくなった穴埋めだったそうじゃない!この国の貴族家を馬鹿にしているのではなくて?!」
とおかあさま方が新たな燃料を投下して王家への不信感を煽った。

さすが、長年社交界を渡り歩いている貴族夫人。
周囲も一気に
『まあ。急な夜会とは思っていましたけど』
『そんな噂は確かに聞きましたけど、、』
『__まさか本当だったのか?』
という声に溢れた。

「全く、ロード伯があんな風にすぐどこかへ行ってしまうものだから護衛騎士の中で一番身分の高いものにエスコートさせるしかなかっただけだというのに!」
「あの後、広間で何があったのですか?」
「ロード伯があんなだから貴女も情夫を持つことにしたのではないか、などと妄言を流布しようとする愚か者たちがいて、不愉快だから私たちも早々に失礼することにしたのよ。全く、我が家の騎士たちに対しても無礼千万な」
「まあ_…そんなことが?ルイスはとても素晴らしい騎士ですのに。ルイスと踊れないことに腹を立てた御令嬢の仕業でしょうか?」
「あゝ、そうかもしれないわね。ルイスは身分ある騎士だし」
「そうね、こんな場所に長居は不要よ!帰りましょう!!」
というカイゼル侯爵夫人の号令一下、私たちは馬車に乗り込んで出発した。



王城から離れるまで無言でいた私たちは、一定の距離を走ったところで互いの顔を見て吹き出すように笑い合った。
「やったわね!」
「やってやりましたわ!」
と手を取り合ってはしゃぐ母たちは女学生のようだ。
「お見事でした、おかあさま方」
「貴女もよ、マリーローズ。いつの間にこんな会話術を身につけていたの?」
「あの場にいた貴族たちに良い具合に王家への不信感を植え付けられたわね」
「お母さまの娘ですもの。それに、」
「「それに?」」
「無駄に歩かされた挙句がアレですもの。少しは意趣返しをしてやりたくなりましたの」
あの連中に。

「それは同感ね」
「親としては複雑だけれど正しいわ。向こうがそこまでやらかすならこちらも次に移りましょう」
とピシリと扇子を鳴らす姿はカッコいい。
「次ですか?」
どういう意味だろう。
「そう、次よ」と答えながら侯爵夫人が窓を開けて伝えたのは「このままあの教会へ向かって頂戴」だった。
「教会へ行くのですか?」
「ええ。離婚の手続きっていうのはね、どこよりも式を上げた教会でやるのが一番手っ取り早いのよ?」
と侯爵夫人はお茶目にウインクしてみせた。



*・゜゚・*:.。..。.:**:.。. .。.:*・゜゚・*




昨夜更新後も感想祭りありがとうございます✨❣️
並びにアドバイスもありがとうございます!🙇‍♀️
ただあの時体調崩して休んだの、私だけだったんですよね……なので「体弱いんだね」で終わってしまうっていう( ̄▽ ̄;)
自分でも体力なく体調崩しやすいとは自覚してるけどなんで皆あの空調で平気なんだ……?

しおりを挟む
感想 783

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

わたしはくじ引きで選ばれたにすぎない婚約者だったらしい

よーこ
恋愛
特に美しくもなく、賢くもなく、家柄はそこそこでしかない伯爵令嬢リリアーナは、婚約後六年経ったある日、婚約者である大好きな第二王子に自分が未来の王子妃として選ばれた理由を尋ねてみた。 王子の答えはこうだった。 「くじで引いた紙にリリアーナの名前が書かれていたから」 え、わたし、そんな取るに足らない存在でしかなかったの?! 思い出してみれば、今まで王子に「好きだ」みたいなことを言われたことがない。 ショックを受けたリリアーナは……。

可愛い妹を母は溺愛して、私のことを嫌っていたはずなのに王太子と婚約が決まった途端、その溺愛が私に向くとは思いませんでした

珠宮さくら
恋愛
ステファニア・サンマルティーニは、伯爵家に生まれたが、実母が妹の方だけをひたすら可愛いと溺愛していた。 それが当たり前となった伯爵家で、ステファニアは必死になって妹と遊ぼうとしたが、母はそのたび、おかしなことを言うばかりだった。 そんなことがいつまで続くのかと思っていたのだが、王太子と婚約した途端、一変するとは思いもしなかった。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

「私が愛するのは王妃のみだ、君を愛することはない」私だって会ったばかりの人を愛したりしませんけど。

下菊みこと
恋愛
このヒロイン、実は…結構逞しい性格を持ち合わせている。 レティシアは貧乏な男爵家の長女。実家の男爵家に少しでも貢献するために、国王陛下の側妃となる。しかし国王陛下は王妃殿下を溺愛しており、レティシアに失礼な態度をとってきた!レティシアはそれに対して、一言言い返す。それに対する国王陛下の反応は? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...