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5 夫なんていないものと思えば

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「あの、お嬢様……?そんなに一気に食べられては……」
言いにくそうに言葉を紡ぐハンナに、
「良いのよ、今日まで緊張してろくに食べられなかったのに結果がコレですもの。体力はつけておかないとね」
例えば突然帰ってきて「初夜だ」とかほざいてきた馬鹿野郎の股間を蹴り上げてやるとかね!!
「ですが、あの、今夜は……」
「今夜がどうかした?」
「旦那さま、いえロード伯もまもなくお戻りになるのでは?」
あゝそうか。
ハンナはヤツが今夜どころか数日戻らないことを知らないのね……つーかこの邸の使用人も知らないか。
だから食事を所望した時怪訝な顔されたのか……ふむ、はっきりさせといた方が良さそうね。

デザートまで食べ終わった私は、
「ここの使用人を集めてちょうだい。全員ね」
とハンナに頼んだ。



邸の玄関ホールに集められた使用人たちは落ち着かなさげにざわついていた。
それはそうだろう、何しろ数時間前に初めてこの邸に嫁いできた女主人がいきなり「今仕事中の使用人も、火を見ていたり手が離せない者以外は全員集まるように」と命じたのだ。
初めて馬車から降り立った時から決して上機嫌には見えなかった奥様の命令に家令をはじめとした使用人たちの表情は暗い。

そんな事は知ったこっちゃない当のマリーローズは、
「えー…と、さっき話した通り結婚式の途中でいなくなってしまったこちらの御当主は今夜はお帰りにならないわ。何日留守にするかも私は聞いてないのでわからないし、あなた達は気にせずいつも通りの仕事をして頂戴。私も今夜はもう休むから世話とか気にしなくて良いわ。もしロード伯から連絡があったら__、ないと思うけど知らせて頂戴、では解散!!」
と締めくくってさっさと部屋へ引っ込んでしまった。

「えぇ~…」
と呟いたのは今夜ベッドサイドに置くワインを選んだ従僕(フットマン)だ。
この邸の台所を預かるシェフは酒にも勿論詳しいが、フットマンのひとりがマニアの域に達している為酒類に関しては彼に任されることも多かった。
こと今夜に関しては嫁いで来る奥様が酒に弱いかもわからず、酩酊してしまっては意味がないため甘くて飲みやすいがそれなりの度数のものと、度数は僅かだが美しい色のシャンパンを用意した。
どちらも女性が好みそうなものだ。
旦那様はお酒に滅法強いが銘柄に拘らないので完全に夫人に合わせて選りすぐった__はず、だったのだが。

まさかの「夫不在なので初夜ありません」宣言に、色々用意していた使用人たちは肩を落とした。



そんな事は知らないマリーローズはお腹いっぱい食べてさっさと寝た。
帰って来ない確信があるのだから気楽なもので、部屋に用意されていたひらひらネグリジェなど見向きもせず、実家から持ってきた一番楽な部屋着に着替えてぐっすり眠った。


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