40 / 55
ダイアナ視点 3〈第一章・完〉
しおりを挟むあの男の長年の婚約者だというナスタチアム侯爵令嬢が後宮に入ってきた__三番目の側妃として。
何故、喪中とはいえ先に後宮にあげなかったのだろう?
お陰で「第一側妃は私よ!侯爵家の小娘なんかに負けるはずがないわ!」と我儘王女が妙な自信をつけてしまっている。
国交上の問題なのだろうが、せめて一番先に迎え__られなかったのか、確か我が国はランタナが「喪中なのでもう少し後に」という要請を無視して出立し、「我が国の姫は既にそちらに向かった、貴国の誠意ある対応を望む」とか書状送ったんだっけ、喪中のどさくさとはいえよく大国にそんな真似できたな?
南国も同じような真似をしたと聞いた。
だから正式な婚約者である令嬢が第三側妃になったのだろう、もしかしなくても両国ともこの国での第一印象は最悪なのでは?
押しかけ側妃に皇帝が通うはずがなく、本当に宮が与えられただけだった。
週に一回、お茶の時間が持たれたが皇帝が特に話すことはなく、セレーネが一方的に喋りまくるのを聞き流し、お茶に口をつけて帰っていく。
ひどい時は三十分もなく、長くてもせいぜい一時間の滞在。
しかもここの後第二側妃の元へ向かい、同じように過ごして帰るらしい。
本当にただルーティン通りに行動してるだけのようだ。
そして、第三側妃が後宮入りしてすぐ「側妃たちの歓迎のためのささやかな宴」が皇帝主催で催された。
規模は小さいが皇帝主催だ。
セレーネは誰にも負けじと張り切り、私は「第三側妃が彼女なのか確かめられるかもしれない」と僅かな希望を抱いたが、始まってすぐその希望は打ち砕かれた。
「本日フィオナ妃は体調が優れないため欠席となる」と開会の挨拶で皇帝が言い放ち、「トーリアとナーリャの姫は楽しんで行かれよ」と早々に退出してしまったからだ。
しかもそれからしばらくして皇帝があからさまに第三側妃を寵愛し始め、皇帝の私室から出さなくなったという話が皇宮中に広まった。
これではいつ彼女の顔を見られるかわからない。
私はセレーネ王女をそれとなく焚きつけ、皇帝に擦り寄り、何人か買収できそうな兵士を仲介し、皇帝のカフスボタンをこっそり洗濯場から失敬までしてセレーネが皇帝の私室に乗りこむよう仕向けた。
“違う、絶対に彼女じゃない“
そう信じて、確信が欲しくて。
そこまでして、セレーネに付いて皇帝の私室まで行った時に、会ってしまった。
ずっと会いたかった彼女に。
フィオナ・ナスタチアム侯爵令嬢、今は第三側妃___間違いない、彼女だ。
(どう、して……?)
ダイアナは呆然と彼女を見遣った。
本来なら不敬と取られるだろうが、目の前のセレーネがそれを上回っていたので私が咎め立てされることはなかった。
けれどそんなことはどうでもいい。
皇帝の私室しかもベッドの上で、彼女は前世と同じくやつれていた。
綺麗な水色の瞳は昏い光を讃え、未来に何の希望も抱いていない、あの時と同じ瞳。
皇帝に溺愛されている寵姫?これが?
少しも幸せそうではないではないか、これではまるで__「何故、貴女が___」
東の宮の自分にあてがわれた部屋に戻った私は、明かりをつける気にもならず暗がりで一人ごちた。
幸せになって欲しかったのに。
生まれ変われたなら、来世があったなら誰よりも何よりも幸せになるべき人なのに。
何故、またあの男に囚われているの?
助け出したいが、自分にはその力がない。
彼女の実家である侯爵家に話してみようか?
いや、彼女の父親は現宰相だ。
わかってて娘を差し出しているとすれば、かえって仇になる。
せめて皇帝が少しの間だけでも側から離してくれれば__。
そう思っていたところに、彼女が懐妊し里帰り出産という名目で侯爵家に帰された。
(侯爵家にいる間なら、接触できるかもしれない)
少なくとも後宮より容易いはずだ。いっそ暇を願いでようか……。
そのことで頭がいっぱいだったダイアナは、セレーネがあろうことかソレイユと組んで、フィオナを葬ろうとしていることをギリギリまで知らなかった。
「これであの美しいフェアルド様は私を愛してくださるわ。貴女も良い思いができるわよ、色々協力してくれたものね。あの小娘を処分したら貴女を侍女長に、いえ女官長にしてあげるわ」
と得意げにしなを作って見せる様は品のない娼婦にしか見えず、ダイアナは花瓶の水を頭からぶちまけてやりたかった。
(なんてことを……!)
上手くいこうといくまいと、計画した時点で死刑確定だ。
彼女が孕っているのは皇帝の子なのだ。このままでは連座で自分も処刑だ。
(それ以前に、彼女を傷つけさせるわけにはいかない__あの皇帝に記憶がないとしたら、この行動は悪手になる)
だが、それがなんだというのだ。
自分のことより彼女だ。前世の彼女がそうしてくれたように。
ダイアナは決心して皇帝の所に向かった。
〈第一章・完〉
*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*
*続きは「心の鍵は壊せない」の後になりますのでここで一旦区切りとさせていただきます。「心開」第二章と「源氏」第二章のストックを現在準備中、出来上がり次第連投始めます。
90
お気に入りに追加
902
あなたにおすすめの小説


あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる