心の鍵は開かない〜さようなら、殿下。〈第一章完・第二章開始〉

詩海猫

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ダイアナ視点 1

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「王女様、これは如何致しましょうか」
「それは置いてくわ、青ってあまり好きじゃないのよ。私にあまり似合わないし。金色のは全部持って行くから忘れないでね?」
「かしこまりました」
トーリアの王女セレーネは現在二十歳。
嫁ぐはずだったランタナ皇帝が崩御し、急遽その皇弟であり次期皇帝となるフェアルドに嫁ぐことになった。
比較的ゆっくりと進めていた準備だったが、皇帝が急逝したことで俄に慌ただしくなった。
「皇妃のいる皇帝と違い、新皇帝は未だ独身、早く嫁いだ方に分がある」
とトーリアの王が急がせたせいだ。

結婚準備に今ひとつ乗り気でなかったセレーネも「絵姿ではバルド皇帝陛下も中々美形だったけど、もう三十七でいらしたのでしょう?引き換えフェアルド殿下は御年二十六で傾国とも噂される美男だとか__歳まわりもちょうど良いし、前陛下とでは所詮縁がなかったのよ、私には新しく陛下になられるフェアルド様の方が似合いよね」と一気に乗り気になった。

長く黒い髪を自慢としてる王女は嬉々として結婚準備を始めた。
尤も、王女は座って指示するだけで実際にやるのは侍女たちだが。
黒い髪に映えると金色ばかりを詰めさせるセレーネに、
「あの、王女殿下。少しは陛下の色も持っていかれた方がよろしいのでは……?」と侍女の一人が言うと、
「陛下は金髪碧眼なんでしょう?金で合ってるじゃない」
「い、いえ……金だけでなく陛下の瞳の色も持っていかれた方がよろしいかと」
「必要ないわ。瞳の色を身につけて欲しかったら陛下が贈ってくださるでしょう、あちらから来て欲しいと言ってきたのだから」



言ってきたのは前陛下であって現陛下ではない。
現陛下からは白紙にして欲しいと言ってきたのを強行に通したことを知らないのだろうか?
そもそも、あちらには長年の婚約者もいる。歓迎されるとは思えない。



「そう、ですね……」
と黙ってしまった侍女に代わり、
「ですがあちらは現在国をあげての喪中とのこと。金色は喪に服すには相応しくありませんし、控えめな装いもお持ちした方が良いかと」
侍女長がやんわり言うと、
「それもそうね……じゃあ白と、銀ならどうかしら?」
「よろしいかと。流石王女殿下、ご聡明な判断です。直ぐにご用意いたします」
年嵩の侍女長はこの王女の扱いを良く心得ている。気分を良くしたセレーネは、
「そうね。清楚で控えめな衣装もひと通りあった方が良いわよね、水色も一式持っていこうかしら?」
と言ったものの、
「そういえばフェアルド様には婚約者がいたわよね?何色の髪と瞳だったかしら」
「確か、銀の髪に水色の瞳の方だとか」
私が答えると、途端に目を剥いて「白だけにして頂戴!」と叫び、侍女たちを右往左往させた。



やれやれ。
望まれて嫁ぐわけではないし、皇妃になるのはあちらの銀の姫の方に違いないのだから持って行っても良いだろうに。
皇妃と対立するよりは仲良くしていた方が将来安泰だと思う。
二十過ぎに嫁いですぐに帰されてきたりしたら目も当てられないし、セレーネは確かに美人だが王女らしい我儘が身についているので、国内ではちょうど良い降嫁先が見つからなかった。
そこへ大国ランタナ皇国からの側妃の打診は渡りに船だったのだ。



広大な領土を治める大国で、国政も安定している。
何より皇帝には皇妃はいるが世継ぎに恵まれていない。
皇帝はまだ壮年の三十代。上手くすれば世継ぎの母に、世継ぎが産めなくとも相手は自国よりずっと豊かな大国、王女の生活の質が落ちることはない。
擁する城の規模からして違うのだからこれほどの良縁はないとトーリアの王はほくそ笑んでいた。
だからこそ皇帝の急逝により白紙の提案があった時に手酷くはねつけ、王女を迎え入れさせた。
これでセレーネの行く末も安泰だろう。

この目論見の先が国の危機になろうとは、この時の国王は想像だにしなかったろう。



















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