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出来ない約束

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(嵐みたいな人だったな……それに)
背後に控えていた侍女のうち一人にやけに見られていた気がする。
東の国トーリアには黒髪が多いと聞くが、例に漏れずセレーネは黒髪黒目だったが、侍女たちは茶色だった。髪も瞳も。
一人はすとんとまっすぐ長くした髪、もう一人は短く肩口までの長さだったがふわふわして柔らかそうな髪をしていた。
そのふわ茶色ちゃんにじろじろ見られていた気がする。
(まあ、あちらが寵を競っているつもりなら当然か)
後宮の側妃の影響力はそのまま侍女同士のパワーバランスに反映される。
王女の侍女ならば彼女らも貴族の娘だろうから。
また面倒が増えたことだと息を吐くと、
「申し訳ありません、妃殿下」とサリアが頭を下げて来た。
「あのような暴言を聞かせてしまって……言う前に叩き出すべきでした」
「どうでもいいわよ?」
“自分の所にもフェアルドは来ている“って知らせたかったんだろうけど、私にはどうでもいい。
(ていうか、やっぱりただの侍女じゃないのねサリアは)
初めて会った時から違和感があった。
きっと彼女は私の監視役でもあるのだろう。
「他に何人通う先がいようと、私にはどうでもいいのに」
「妃殿下、陛下は建前上週に一度他の側妃とお茶の時間を持ってらっしゃいますがそれだけです。このカフスボタンはたまたま拾ったか洗濯場に出されたものから拝借してきたものでしょう」
「ふぅん?」
「こんな場所までむざむざ部外者を通してしまうとは。扉前の護衛兵を教育し治さなければいけませんね、あとその前にお灸を据えなくては」
「…………」
(__部外者?)
「皇帝陛下にはご報告しておきます」とサリアは頭を下げた。



「ごめん、フィー。トーリアの王女が来たそうだね?嫌な思いをさせて悪かった。ユズハ、診てくれ」
何故かこの夜戻って来たフェアルドは宮廷医を連れて来た。
宮廷医は複数いるが、ユズハは唯一の女性医師だ。
「何もされておりませんが」と身を引くフィオナに「ただの定期検診だよ、心配しないで」とフェアルドは有無を言わせなかった。
結果、告げられた言葉は「おめでとうございます。懐妊です」だった。

「……っ……」
呆然とするフィオナを他所に、フェアルドは、
「うむ。フィオナ妃に里帰りと生家での出産を認める。速やかにナスタチアム侯爵邸に帰宅し、出産後体調が整い次第、こちらに戻ってくるように」と告げた。

漸く一旦西の宮に戻るのを許されたフィオナをマイア達が涙ながらに迎えるが、フィオナはショックすぎて口も聞けないでいた。
(懐妊?私が?まともに結婚もしてないのに、ここに来て三ヶ月も経っていないのに里帰り?出産?私を見放したあの家で?)
悪い夢のようだ、いや夢であって欲しい。

そう願うフィオナをよそに、周囲は里帰りに向けて準備を進めて行き、数日後には出発の準備が整った。

送りに来たフェアルドはフィオナの手を取ってひざまずくと、
「大事にしてくれ。必ず無事に子を産んでその子と共にここに戻って来てくれ__だが、もし……もしも子を産むにあたって君の体が危なくなるようなら、自分の身を優先してくれ、いいね?後宮ここも君が戻って来るまでにもっと過ごしやすいように整えておくから。まず第一に自身を大事にすると約束してくれ」
「……そのお約束はできかねます」
「フィー!っ、お願いだ、自分を大事にしてくれ!」
「一番ぞんざいに好き勝手に扱ってる方が何を仰っているのやら……」
「わかってる!俺が悪い!この償いは必ずする、だから__」
「陛下は、本当に出来ない約束をするのがお好きですわね?まあ、そういう約束ならばできるかもしれません」
「フィー?どういう、」
「“私だけを妻として絶対裏切らない“という約束、
“私の嫌がることはしない“という約束、
“私が受け入れられるようになるまでいつまでだって待つ“と言うお約束__ひとつだって、守ってくださったことなどないではないですか?守るつもりのない口先だけの約束など、いくらでもできますものね?」
「___すまない。本当に……君を失望させてばかりいる」
「いいえ?失望などしていません。私がしてるのは絶望です。こんな状況を本当に心から喜べる女性がいるならお目にかかりたいぐらい、私はもう生きるのが嫌です、なんで生きてるのかわからないくらい」
「フィー!待ってくれ……フィオナ・ラナンキュラス・ランタナ!お願いだ、戻ってきたら俺を殴っても蹴ってもいい!君の言う通りにするから、思う通りにしていいだから……!」
「陛下、後宮ここに入った時から確かにこの身は陛下のもの。形ない約束ならいくらでも出来ましょう。ですが心まで差し上げるつもりはございません」
「っ……、君が、心を開いてくれるよう、努力する……」
(手遅れだと思いますけれど?)
この男との約束ほどあてに出来ないものものはない。
「必ず、無事に戻って来てくれ……!」
そう叫ぶフェアルドは涙目だったが、フィオナが頷く事はなかった。



















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