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後宮生活 4 限界
しおりを挟む隠してもすぐに知れることなので、ナスタチアム侯爵には全て報告していた。
当然侯爵には険のある瞳で睨みつけられたが、ひたすら謝った。
皇帝としてでなく、義理の息子として。
現在宰相職にある義父は政治家としても非常に優秀で、フェアルドは公としても私でも慕っていた。
最初は早々に娘を取られることにいい顔をしていなかったナスタチアム侯爵も公では皇帝として、私では義息子としてフェアルドを認めていた。
実際皇帝の急逝を受けてここまで平穏にことが収まったのは、フェアルドがずば抜けて有能だったからだ。
だからこそ、フェアルドを信じて娘を送り出したのだったが……。
ナスタチアム侯爵は自身の執務室で重い息を吐いた。
フィオナの様子はフェアルドだけでなくマイアたちからも報告されていてもちろん妻とも共有している。
フィオナが後宮に着いた時の話を聞き、夫人は泣き崩れた。
翌日すぐに起きあがってせっせと手紙を書き出していたが、未だフィオナから返事が来たことはない。
皇帝からは「後宮に出入り自由にするわけにはいかないが、“西の間“では自由に会うといい」と言われているが、フィオナが望んだことはない。
“~の間“とはそれぞれの宮と本宮を繋ぐ通路脇にあり、後宮にいる妃の親族や、他国から妃に謁見に来た者たちと面会するための部屋である。
同じ城内にいても、会いたいと言われない限り会いに行くわけにいかない。
こちらが会いたくても、娘が望まなければ西の間で待っていたところで無駄に終わる。
妻から託された手紙や贈り物も、渡すことができない。
そんな日々が二ヶ月続き、ナスタチアム侯爵はその日の執務が終わった後皇帝フェアルドを訪れた。
扉の前に立っていた護衛は軽い会釈だけで侯爵を通し、室内に入ると「義父殿、何かあったのか?」と立ち上がった。
謁見の間では互いに「皇帝陛下」「宰相」と呼び合うが、そこから退がると二人は義理の親子に戻っていた。
そこで義父の訴えを聞いたフェアルドは顔色をなくして西の宮へ急いだ。
西の宮で先触れもなく訪れたフェアルドを相変わらず冷たい目で迎えたフィオナに、
「フィー、ナスタチアム侯爵家からの手紙に一切返事をしていないと聞いたが本当かっ?まさか届いていないのか?!」
いきなりの噛み付くような詰問に、フィオナは何を言われているのかわからない、という瞳を向ける。
「本当に?君と君の両親からの手紙は検閲なしで通すよう手配してたはずだ!」
何かの陰謀か横槍かと頭を巡らせるフェアルドに、
「ああ、手紙なら何度か来てましたわ。以前受け取った覚えならございます」
「え?なら、何故返事を出さないんだ……フィー?」
珍しく間の抜けた声で問うフェアルドはわかっていなかった。
フィオナが怒っているのは自分にであり、実家にそこまで怒りを持っているとは思っていなかった。
側妃の件を黙っていたことに思うところもあるだろうが、それは自分が無理を言ったからで侯爵家に責はない。
そのことは一番先に伝えた。
彼女自身もわかっているだろうし、侯爵夫妻も謝罪の手紙を送ったと言っていたから、だから___フィオナにとってはフェアルドも侯爵家も同じだということがわかっていなかった。
「開けて読んだことは、一度もないですが」
続くこの言葉を聞くまでは。
「一度も、読んでいない……?」
フェアルドは信じられない思いでフィオナを見る。
仲の良い親子だったはずだ。
高位貴族にありがちな子供を政治利用など露ほども思わない侯爵家において、家族にも使用人にも惜しみない愛情を受けて育った娘、それがフィオナだった。
明るくよく笑って、会ったばかりの頃は目的の場所まで走って行くのを躊躇わない溌剌とした子供だった。
侯爵夫妻も、仕える使用人たちにも幸せを願われるほど愛らしい__「何故?」
知らずフェアルドはそう発していた。
フィオナは冷たい仮面のまま薄く笑った。
こんな笑い方が出来たのかとフェアルドが驚くほど、フィオナの纏う空気は冷たい。
「まあ。まさか侯爵様と私への手紙を通して何かやり取りを?申し訳ありません、言ってくださったらお渡ししましたのに」
「そんなことはしていない!ただでさえ君たち親子の時間を奪ってしまって申し訳なく思っているのにそんな真似をするものか」
「では何故お怒りに?」
「君は__君の両親が君を心配して送ってきているものに何故、目を通していないんだ?」
「それを陛下がお聞きになるなんて__おかしなこと。私に両親などおりません」
「なっ……?」
「陛下も仰っていたではないですか、“ここは入ったら出られない場所だ“と。そういう場所に入れたということはつまり、ここで私がどんな目にあおうと感知しない、例え死体で帰って来たとしても文句は言わないと宣言したということですわ。そのような場所に何ひとつ知らせず放り込んだのですからもう娘は死んだものと思っていることでございましょう、だから私も生まれた時から両親はいなかったと思うことにしましたの」
「馬鹿なっ……!君の両親は__ナスタチアム侯爵夫妻は君のことを愛している!今回のことは私の我儘だと言ったろう!」
「本当に、見上げた忠誠心ですわ。陛下の頼みなら何よりも優先し手元で育てた娘への情などあっさり切り捨てることができるナスタチアム侯爵を精々出世させて差し上げてくださいませ」
「フィー!違う、君のことは、皇帝と家臣としてじゃなく婿と義父として話したんだ!何度手紙を送っても君から何の返事もないことに君の母君は心を病んで臥せってしまわれたそうだ、それで君の父君が先程相談にきたんだ」
「私に両親はおりません」
「フィー!!」
「もし私にそんな素晴らしく愛情深く頼りになる両親が本当にいたなら___こんな場所に堕とされているわけがないではありませんか」
「っ……」
そう告げるフィオナの瞳の昏さにフェアルドは覚えがあった。
あゝそうか。
俺は本当に悪手を打ったのだ。
彼女はもう、ここまで壊れてしまっている。
長年共にいたはずの者たちの愛情すら受け取れないほどに。
ここまで追い詰めたのは自分だ。
「ごめん、フィー。また、後で」
そう平坦な声で告げて、フェアルドは踵を返し、部屋を出た。
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