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急転
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「それだけ__彼女は私の全てなんですよ」
そう目を細めた弟の顔は紛れもなく恋する男の顔で、今しがたまでドン引きしていた兄皇帝も微笑ましいものを見る顔になる。
「それだけ長く篭るつもりなら、仮眠用のエリアも作った方が良いんじゃないのか?」
他ならぬ自分のせいで弟が担うのが激務だと知っているからこその言葉だったが、次の瞬間皇帝は自分の失言を悟った。
「それなんですが兄上!俺は執務室に仮眠ベッドは置かずにおこうと思うんです。ただフィオナ専用エリアのソファーの向かいに一人用の椅子かソファーを置かせてもらおうかと」
自分でこれから建てさせるのに“置かせてもらう“も変だが、何よりそれでは、
「?不便じゃないか」
一人用でも皇室御用達職人謹製であれば、充分ゆったりしたものもできそうではあるが。
「食事中は隣より対面の方が良いですからね。その方がフィーの顔がよく見えるし余計な警戒をされません。何より兄上、そこで私が疲れた様子を見せれば、そこに大きめのソファがひとつしかない場合フィーに膝枕をしてもらえる可能性があがるんです!」
弟はどこまでも斜め上をいく。
誰だこれは。
皇帝は一瞬知らぬ間に誰かが弟の体を乗っ取ったんじゃないかと疑ったが、フィオナ嬢さえ絡まなければ弟は普通だった。
いや、有能さは正式に婚約してからさらに上がったと言えるだろう、何しろ新居の着工指示をフィオナ嬢と相談しながら行い、それ以外の交流時間も減らさず、「少しでも弟の分を減らさねば」とフェアルドの分を一部こちらに回すよう手配すれば「こんなのを残業してやるより早く義姉上の所に行くなり休むなりしてください」と執務室から叩き出された。
「やれやれ……お前は、誰に似たのだろうな?」
同じ両親から生まれたはずなのに。
フェアルドの出生を疑っているわけではない、事実二人の容姿は良く似ていた。
ただ、線が細く武には弱い兄と違い、騎士に混じって幼い頃から鍛えていたフェアルドは武にも秀で体格も逞しい。
騎士のように筋肉質なのでなく、均整のとれた体つきをしていてどんな服装も良く似合う。
皇帝のローブで誤魔化している自分と違って、弟ならばローブなどなくとも頭上に冠を載せるだけで皇帝になれるだろう。
だが、弟は絶対に皇位を望まない。
九歳下に生まれた弟は、教育が始まってすぐ神童の名を欲しいままにするほど優秀で、
「次の皇帝は第二皇子殿下の方が適任なのでは?」
と声が上がるのは当然と言えた。
だが、本人が「僕は皇帝にはなりたくない」と幼い頃から言い続け、周囲は困惑した。
バルドもこれだけ本人の資質が優っているのにと不思議に思って聞いてみたことがある。
「何故皇帝になりたくないんだ?」と。
それに対する答えはシンプルだった。
「僕は一夫多妻制が好きじゃない」
自分は好きになった相手ただ一人と、ずっと一緒にいたいのだと。
これに関しては自分も同様だったので、「……そうか」とあの頃はまだ自分よりずっと小さい頭をポン、と叩いたことを今でも鮮明に覚えている。
「だから皇位を押しつけてごめんなさい兄上、僕、兄上の治世を全力で助けるから」
そう続けた幼い弟をバルドは抱きしめた。
あゝ、フェアルドはこんなに幼いのにわかっているのだと。
後宮という場所がいかに人間性を試され、壊される場所なのかを。
だから自分が即位した後も後宮は開かなかった。
自分には皇妃ベルタさえいれば良かったから。
フェアルドも「側妃から子が生まれれば無駄な継承位争いが起きかねない」と味方にまわってくれていたので今日まで妃と平穏に過ごしてこられた。
そのフェアルドが、後宮を開く準備をさせているという。
迎え入れる候補の選定もほぼ済んでいるという。
自分は何も聞かされていないが、結婚して十年以上子が出来ない皇帝夫妻は異様なのだろう___つまり、そういうことだ。
あの時自分たちは確かにわかりあった。
そのフェアルドが、後宮を準備させている。
「お前も、苦しいだろう。フェアルド」
聞けばフィオナ嬢も後宮や一夫多妻制というものに嫌悪感を持ち、フェアルドが皇位継承権を持ったままでの結婚には難色を示しているらしい。
「さすがあのフェアルドが選んだ令嬢というべきか……」
それでもフェアルドはギリギリまで待ってくれた。
皇位継承権を破棄したいならもっとずっと早く動けたはずなのにやらなかったのは、自分と皇妃を気遣ってのこと。
「仕方あるまい……」
今までの時間はフェアルドからのギフトだった。
弟を、自由にしてやらねば。
ベルタもきっとわかってくれる。
そう決意したバルドは反対することなく後宮の再開を決議し、側妃を迎えるための準備は始められた。
十年以上閉じられていた宮なので直ぐにというわけにも行かず、掃除だけでもかなりの人出と手間がかかった。
それに後宮は男子禁制なため貴人の世話が出来て口が軽くない女官もそれなりの人数が必要だったので大量の人員募集も発布され、後宮再開の準備が粛々とされていく中、皇帝バルドが病に倒れた。
そう目を細めた弟の顔は紛れもなく恋する男の顔で、今しがたまでドン引きしていた兄皇帝も微笑ましいものを見る顔になる。
「それだけ長く篭るつもりなら、仮眠用のエリアも作った方が良いんじゃないのか?」
他ならぬ自分のせいで弟が担うのが激務だと知っているからこその言葉だったが、次の瞬間皇帝は自分の失言を悟った。
「それなんですが兄上!俺は執務室に仮眠ベッドは置かずにおこうと思うんです。ただフィオナ専用エリアのソファーの向かいに一人用の椅子かソファーを置かせてもらおうかと」
自分でこれから建てさせるのに“置かせてもらう“も変だが、何よりそれでは、
「?不便じゃないか」
一人用でも皇室御用達職人謹製であれば、充分ゆったりしたものもできそうではあるが。
「食事中は隣より対面の方が良いですからね。その方がフィーの顔がよく見えるし余計な警戒をされません。何より兄上、そこで私が疲れた様子を見せれば、そこに大きめのソファがひとつしかない場合フィーに膝枕をしてもらえる可能性があがるんです!」
弟はどこまでも斜め上をいく。
誰だこれは。
皇帝は一瞬知らぬ間に誰かが弟の体を乗っ取ったんじゃないかと疑ったが、フィオナ嬢さえ絡まなければ弟は普通だった。
いや、有能さは正式に婚約してからさらに上がったと言えるだろう、何しろ新居の着工指示をフィオナ嬢と相談しながら行い、それ以外の交流時間も減らさず、「少しでも弟の分を減らさねば」とフェアルドの分を一部こちらに回すよう手配すれば「こんなのを残業してやるより早く義姉上の所に行くなり休むなりしてください」と執務室から叩き出された。
「やれやれ……お前は、誰に似たのだろうな?」
同じ両親から生まれたはずなのに。
フェアルドの出生を疑っているわけではない、事実二人の容姿は良く似ていた。
ただ、線が細く武には弱い兄と違い、騎士に混じって幼い頃から鍛えていたフェアルドは武にも秀で体格も逞しい。
騎士のように筋肉質なのでなく、均整のとれた体つきをしていてどんな服装も良く似合う。
皇帝のローブで誤魔化している自分と違って、弟ならばローブなどなくとも頭上に冠を載せるだけで皇帝になれるだろう。
だが、弟は絶対に皇位を望まない。
九歳下に生まれた弟は、教育が始まってすぐ神童の名を欲しいままにするほど優秀で、
「次の皇帝は第二皇子殿下の方が適任なのでは?」
と声が上がるのは当然と言えた。
だが、本人が「僕は皇帝にはなりたくない」と幼い頃から言い続け、周囲は困惑した。
バルドもこれだけ本人の資質が優っているのにと不思議に思って聞いてみたことがある。
「何故皇帝になりたくないんだ?」と。
それに対する答えはシンプルだった。
「僕は一夫多妻制が好きじゃない」
自分は好きになった相手ただ一人と、ずっと一緒にいたいのだと。
これに関しては自分も同様だったので、「……そうか」とあの頃はまだ自分よりずっと小さい頭をポン、と叩いたことを今でも鮮明に覚えている。
「だから皇位を押しつけてごめんなさい兄上、僕、兄上の治世を全力で助けるから」
そう続けた幼い弟をバルドは抱きしめた。
あゝ、フェアルドはこんなに幼いのにわかっているのだと。
後宮という場所がいかに人間性を試され、壊される場所なのかを。
だから自分が即位した後も後宮は開かなかった。
自分には皇妃ベルタさえいれば良かったから。
フェアルドも「側妃から子が生まれれば無駄な継承位争いが起きかねない」と味方にまわってくれていたので今日まで妃と平穏に過ごしてこられた。
そのフェアルドが、後宮を開く準備をさせているという。
迎え入れる候補の選定もほぼ済んでいるという。
自分は何も聞かされていないが、結婚して十年以上子が出来ない皇帝夫妻は異様なのだろう___つまり、そういうことだ。
あの時自分たちは確かにわかりあった。
そのフェアルドが、後宮を準備させている。
「お前も、苦しいだろう。フェアルド」
聞けばフィオナ嬢も後宮や一夫多妻制というものに嫌悪感を持ち、フェアルドが皇位継承権を持ったままでの結婚には難色を示しているらしい。
「さすがあのフェアルドが選んだ令嬢というべきか……」
それでもフェアルドはギリギリまで待ってくれた。
皇位継承権を破棄したいならもっとずっと早く動けたはずなのにやらなかったのは、自分と皇妃を気遣ってのこと。
「仕方あるまい……」
今までの時間はフェアルドからのギフトだった。
弟を、自由にしてやらねば。
ベルタもきっとわかってくれる。
そう決意したバルドは反対することなく後宮の再開を決議し、側妃を迎えるための準備は始められた。
十年以上閉じられていた宮なので直ぐにというわけにも行かず、掃除だけでもかなりの人出と手間がかかった。
それに後宮は男子禁制なため貴人の世話が出来て口が軽くない女官もそれなりの人数が必要だったので大量の人員募集も発布され、後宮再開の準備が粛々とされていく中、皇帝バルドが病に倒れた。
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