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デビュタント 5(了)
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「こ、今年は父が忙しかったのですわ!それで私もこちらでデビューをする様にと父が」
「父が多忙なので私が名代をおおせつかったのです!殿下、臣下の有力者の娘のデビューを祝うのも皇弟たる方のお務めでは?」
「何故お前たちの父が多忙で付き添えないと私に義務が生じるのだ?いつから公爵家は皇室より偉くなった?」
兄妹の尤もらしい理屈をフェアルドは一刀両断し、即座に指示を出した。
「衛兵!二人を出口までお連れしろ」
下手に長引かせて衆目を集めたくはないし、ナスタチアム侯爵からの評価が落ちても困るし、何よりフィーが疲れてしまう。
今後こいつらは(何かでっち上げて)出禁にした方が良いかもしれない。
その後幾人かに軽く挨拶をしてフェアルドに付き添われ、自室に下がったフィオナは、正装を脱がせてもらって楽なワンピースに着替えた。
部屋着でなくギリ外出OKという感じなのはこの後フェアルドが部屋に来るからだ。
「パーティーでは二人きりになれなかったから、パーティーの後、短い間だけでも」との希望にナスタチアム侯爵も渋々頷いたのでこの後二人でテラスでお茶会の予定なのだ。
「本当に、お嬢様はフェアルド様に愛されているのですわねぇ」
着替えを手伝いながらメイドが誇らしそうに言う。
「そ そうかしら……?」
「そうですわ!今日も高飛車なあの兄妹をばっさり撃退!とても素敵でしたわ~」
もう一人のメイドが夢みるように言う。
「いくら恋愛結婚が流行りといっても、あそこまで熱烈に愛されるなんてお嬢様は果報者ですわ」
「本当~に羨ましいですっ!あ 嫉妬してるわけではないですよ?お嬢様の美しさなら当然です!」
「今やお嬢様は国中の乙女の憧れですよ。流石私たちのお嬢様です」
「お付きの私たちも鼻が高いです!」
「そ、そう……?」
メイドの勢いに押されつつ、フィオナは良い返しが思いつかなくて言葉を濁す。
何しろ物心ついた頃からフェアルドはあんな感じだし、他の異性との交流がほとんどないフィオナには他との違いがわからなかったのだ。
やがてノックの音がしフェアルドが訪れると、メイドたちはテラスのお茶をセッティングして静々と室内の壁際に下がった。
テラスにいる二人からは見えない位置だが、ガラス戸は閉めていないのでフィオナが声をあげれば届くし、部屋の扉も閉め切っていないので扉の外に控える護衛騎士も直ぐに入って来られる。
これもフェアルドの指示だ。
「相手が私だからといって油断しないように。私が彼女に無体をしないよう見張ってくれ」
と決して二人きりになろうとしないフェアルドの姿勢もナスタチアム侯爵家に「誠実」だと評価されていた。
昼間の茶会やちょこっと城下に出ての食べ歩きなどで慣れているはずのフィオナだったが、夜にこんな改まった席は初めてだったので緊張して固まっていたが「パーティーではろくに食べられなかったろう?同じ料理を用意してもらったよ。全部じゃないけどフィーが好きなもので軽めのものをね。今日は朝早くから忙しくして疲れているだろうから胃に負担がかかるといけない」
と美味しそうなキッシュやケーキを渡されてついつい手を伸ばしてしまい、一度口にすると「美味しい……!」と前菜からデザートまで少量ずつとはいえ食べきってしまった。
(しまった、やっちゃった)
と思うフィオナをフェアルドは心底愛おしそうに見つめるので、(まあいいか)と食後の紅茶に口をつけると、
「やっと顔色が戻ったね。良かった」
とフェアルドがホッとしたように言った。
「私、そんなに顔色悪かったですか?」
パーティーの招待客にそんな顔色で挨拶してしまったのだろうかと焦るフィオナに、
「まあ、僕しか気付いてなかったろうけど」
と返したフェアルドは「デビュタントは誰でも緊張するし、朝から入念に準備して初めての正装に身を包んでいるからしんどくて当然なんだよ」と続けた。
「ドレスは重いし、宝飾品だって軽くはないからね。それを感じさせない淑女はほんとに凄いよ」とも。
「フィーはちゃんと出来ていたよ。化粧された下の顔なんて招待客たちには見えて無かっただろうし__言ったろう?わかるのは僕だけだって」
そう碧色の瞳に微笑まれてボンっ!とフィオナの頭はショートした。
金髪碧眼のフェアルドは今日も麗しい。
初めて会った時「天使さま?」と思わず訊ねた十六歳の美少年は、今は二十五歳のとんでもない美丈夫に成長していた。
自分がいくら育っても追いつかない。
身長だけの話ではなく。
物想いに沈みそうになったフィオナに、
「フィー?」
と声が掛けられる。
「また何か余計なこと考えてたでしょう?まったく……これだから僕が君の顔色を読むの上手くなっちゃうんだよ」
(え?)
「わかってる?結婚式はデビュタントの数倍は緊張するんだよ?今日だって朝からろくに食べずに準備してパーティーではキツいコルセットを付けたまま優雅に振る舞って大変だったでしょう?ほんと、いつ倒れないか冷や冷やした。結婚式で愛の誓いをする前に倒れやしないかと気が気じゃないよ」
「けけ、けっこ んしき……?」
今日やっとデビューしたばかりだというのにぶっ飛んだ単語にフィオナは絶句する。
「皇位継承権を放棄した後とはいえ皇弟だから、それなりの規模になる。招待客には国外からの来賓も混ざるだろうし」
(ひえぇ……)
そう思うフィオナの顔色を読んだのだろう、
「嫌かい?」
(フェアルド様のことは大好きだけど、正直に言ってしまえば嫌かも……)
この切なそうな美形を前にそうは言えない。
それをどう取ったのか、
「改めて誓う。僕は絶対君以外の妃を迎えないし君を裏切らない……だから一生側にいて欲しい」
フェアルドは跪いてそう言った。
ああそうか。
フェアルド様はこれを言うためにこの場を設けたんだ。
メイド達の言うとおり、私は果報者だ。
「私こそ、よろしくお願いします。フェアルド様」
「父が多忙なので私が名代をおおせつかったのです!殿下、臣下の有力者の娘のデビューを祝うのも皇弟たる方のお務めでは?」
「何故お前たちの父が多忙で付き添えないと私に義務が生じるのだ?いつから公爵家は皇室より偉くなった?」
兄妹の尤もらしい理屈をフェアルドは一刀両断し、即座に指示を出した。
「衛兵!二人を出口までお連れしろ」
下手に長引かせて衆目を集めたくはないし、ナスタチアム侯爵からの評価が落ちても困るし、何よりフィーが疲れてしまう。
今後こいつらは(何かでっち上げて)出禁にした方が良いかもしれない。
その後幾人かに軽く挨拶をしてフェアルドに付き添われ、自室に下がったフィオナは、正装を脱がせてもらって楽なワンピースに着替えた。
部屋着でなくギリ外出OKという感じなのはこの後フェアルドが部屋に来るからだ。
「パーティーでは二人きりになれなかったから、パーティーの後、短い間だけでも」との希望にナスタチアム侯爵も渋々頷いたのでこの後二人でテラスでお茶会の予定なのだ。
「本当に、お嬢様はフェアルド様に愛されているのですわねぇ」
着替えを手伝いながらメイドが誇らしそうに言う。
「そ そうかしら……?」
「そうですわ!今日も高飛車なあの兄妹をばっさり撃退!とても素敵でしたわ~」
もう一人のメイドが夢みるように言う。
「いくら恋愛結婚が流行りといっても、あそこまで熱烈に愛されるなんてお嬢様は果報者ですわ」
「本当~に羨ましいですっ!あ 嫉妬してるわけではないですよ?お嬢様の美しさなら当然です!」
「今やお嬢様は国中の乙女の憧れですよ。流石私たちのお嬢様です」
「お付きの私たちも鼻が高いです!」
「そ、そう……?」
メイドの勢いに押されつつ、フィオナは良い返しが思いつかなくて言葉を濁す。
何しろ物心ついた頃からフェアルドはあんな感じだし、他の異性との交流がほとんどないフィオナには他との違いがわからなかったのだ。
やがてノックの音がしフェアルドが訪れると、メイドたちはテラスのお茶をセッティングして静々と室内の壁際に下がった。
テラスにいる二人からは見えない位置だが、ガラス戸は閉めていないのでフィオナが声をあげれば届くし、部屋の扉も閉め切っていないので扉の外に控える護衛騎士も直ぐに入って来られる。
これもフェアルドの指示だ。
「相手が私だからといって油断しないように。私が彼女に無体をしないよう見張ってくれ」
と決して二人きりになろうとしないフェアルドの姿勢もナスタチアム侯爵家に「誠実」だと評価されていた。
昼間の茶会やちょこっと城下に出ての食べ歩きなどで慣れているはずのフィオナだったが、夜にこんな改まった席は初めてだったので緊張して固まっていたが「パーティーではろくに食べられなかったろう?同じ料理を用意してもらったよ。全部じゃないけどフィーが好きなもので軽めのものをね。今日は朝早くから忙しくして疲れているだろうから胃に負担がかかるといけない」
と美味しそうなキッシュやケーキを渡されてついつい手を伸ばしてしまい、一度口にすると「美味しい……!」と前菜からデザートまで少量ずつとはいえ食べきってしまった。
(しまった、やっちゃった)
と思うフィオナをフェアルドは心底愛おしそうに見つめるので、(まあいいか)と食後の紅茶に口をつけると、
「やっと顔色が戻ったね。良かった」
とフェアルドがホッとしたように言った。
「私、そんなに顔色悪かったですか?」
パーティーの招待客にそんな顔色で挨拶してしまったのだろうかと焦るフィオナに、
「まあ、僕しか気付いてなかったろうけど」
と返したフェアルドは「デビュタントは誰でも緊張するし、朝から入念に準備して初めての正装に身を包んでいるからしんどくて当然なんだよ」と続けた。
「ドレスは重いし、宝飾品だって軽くはないからね。それを感じさせない淑女はほんとに凄いよ」とも。
「フィーはちゃんと出来ていたよ。化粧された下の顔なんて招待客たちには見えて無かっただろうし__言ったろう?わかるのは僕だけだって」
そう碧色の瞳に微笑まれてボンっ!とフィオナの頭はショートした。
金髪碧眼のフェアルドは今日も麗しい。
初めて会った時「天使さま?」と思わず訊ねた十六歳の美少年は、今は二十五歳のとんでもない美丈夫に成長していた。
自分がいくら育っても追いつかない。
身長だけの話ではなく。
物想いに沈みそうになったフィオナに、
「フィー?」
と声が掛けられる。
「また何か余計なこと考えてたでしょう?まったく……これだから僕が君の顔色を読むの上手くなっちゃうんだよ」
(え?)
「わかってる?結婚式はデビュタントの数倍は緊張するんだよ?今日だって朝からろくに食べずに準備してパーティーではキツいコルセットを付けたまま優雅に振る舞って大変だったでしょう?ほんと、いつ倒れないか冷や冷やした。結婚式で愛の誓いをする前に倒れやしないかと気が気じゃないよ」
「けけ、けっこ んしき……?」
今日やっとデビューしたばかりだというのにぶっ飛んだ単語にフィオナは絶句する。
「皇位継承権を放棄した後とはいえ皇弟だから、それなりの規模になる。招待客には国外からの来賓も混ざるだろうし」
(ひえぇ……)
そう思うフィオナの顔色を読んだのだろう、
「嫌かい?」
(フェアルド様のことは大好きだけど、正直に言ってしまえば嫌かも……)
この切なそうな美形を前にそうは言えない。
それをどう取ったのか、
「改めて誓う。僕は絶対君以外の妃を迎えないし君を裏切らない……だから一生側にいて欲しい」
フェアルドは跪いてそう言った。
ああそうか。
フェアルド様はこれを言うためにこの場を設けたんだ。
メイド達の言うとおり、私は果報者だ。
「私こそ、よろしくお願いします。フェアルド様」
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