心の鍵は開かない〜さようなら、殿下。〈第一章完・第二章開始〉

詩海猫

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束の間の幸せ

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「お疲れなのですか?フェアルド様」
心配そうに自分を覗き込むフィオナの瞳に気付いてハッと我に帰る。
あれから一年、出来るだけ兄達が夫婦の時間を持てるようにフェアルドをはじめ側近も奮闘しているが、未だ皇妃に懐妊の兆しはない。
女性は子供を産む道具などではないとわかってはいるものの、やはり焦りが募る。
最近は政務に加えてやはり兄上に側妃を、いやそれは本人が拒否している以上ただの悪手だ、というやりとりが自分の頭の中で何回も繰り返され、夢に出てくるほどだ。

その疲れが顔に出てしまっていたらしい。
せっかくフィオナに会いに来てるというのに。
「情けないな……」
「そんなことありません!今この帝国が平和なのはフェアルド様が頑張ってくださってるからだって皆知ってます!だから、その、」
「うん?」
目が泳ぐフィオナの髪に手を伸ばしかけて、
「無理して、こちらに来てくださらなくても……」
放たれた言葉にぴたりと手が止まる。

「僕が来ては、迷惑なのかい?」
「ち、違います!フェアルド様はただでさえお忙しいのに、こちらに来てくださっている分、お休みの時間が減ってしまっているんじゃないかって」
「誰かにそう言われたのかい?」
フェアルドの瞳が鋭くなる。
「いいえ。ただフェアルド様は最近何かに追い詰められているみたいに感じて。その、気のせいだったのかもしれませんが」
「確かに。僕を本気で悩ませることができるのは君だけだからね」
フェアルドはホッとしてフィオナの銀糸を指先で弄ぶ。
「もう!確かに私のような子供の考えなどとるに足らないものかもしれませんが「ありがとう、フィオナ」、え?」
「君に心配してもらえるだけで僕は果報者だよ。お言葉に甘えて、少し休ませてもらっていいかい?君の傍が一番落ち着くんだ」
「は、い……?」
「はい、じゃあここに深く腰かけて?」
向かいから隣に移動してきたフェアルドは、フィオナが浅く腰かけていたソファに深く座る様促す。
わけがわからないまま言われた通りにすると、ごろん、とフェアルドの金色の頭がフィオナの膝に横たわる。
「フ、フェアルド様!?」
「休んでいいって言ったろう?」
悪戯っぽい碧眼が膝上からフィオナを見上げて言う。
「こ、これで休めるのですかっ?休まれるなら客間を用意させますから、ベッドで」
全く他意のないフィオナの言葉にふ、とフェアルドは口元に笑みを浮かべる。

現在十三歳のフィオナは年齢に見合わず達観していたり、幼すぎたりするところもなく至って普通に育っているが、ふとしたことで先ほどのような「私みたいな子供が」的な発言を無意識に発することがある。
一方でこんな場面で「ベッドに」なんて言葉を放ってはとても危険だということはわかっていない。
至って真っ直ぐに育っていると言えるが、やはり十一歳年の差があることを気にしているというより、周囲が遠回しに感じさせてしまうのだろう。
フェアルドがとっくに結婚適齢期を過ぎていること、引き換え自分は未だデビュー前の子供であること___それはフィオナのせいではない。
フィオナの適齢期まで待てなかった自分のせいだ。
むしろフィオナが大人になったら「こんなおじさん嫌だ」とか言われたらどうしようとか、そんな心配ばかりが募っているのに、余計なことを言う奴らは根絶できない。
今はいつ会いに来ても「お待ちしていました」と笑顔で迎えてくれて、疲れているのを見てとっては自分の不安を隠して心配してくれているが。
例え自分を厭う将来が来ても、今だけは。
もう少しだけ、このまま__こんな他愛ない時間が、フェアルドはたまらなく嬉しくて幸せだった。

二人の逢瀬はお茶や買い物、ピクニックや公園散策で一番接近するのは膝枕程度という、フェアルドの年齢の男性からすればままごとのようなものばかりなうえ、必ず側に護衛やメイドが控えていたので二人きりですらなかったが、フェアルドが不満を言ったことはなかった。
陰で他の女性と火遊びすることもなく、むしろ「どこまで堅物なんだ」と周囲を呆れさせるほどフィオナ以外の女性に近付こうとしなかった。
最初は不安を覚えていたナスタチアム侯爵も、ここまで誠実な態度を見せつけられてしまえば疑いようもなく、すっかりフェアルドを娘の夫として認めていた。
















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