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火のドラゴン、目覚める 2

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 ぽくぽくぽく…………前世で聞いたお坊さんの木魚の幻聴が聞こえた気がした。
それが6回、もしくは一休さんが閃く間?くらいの間があって、
「ドラゴンだと…?」
漸く王太子が声を発した。

無理もない。

ドラゴンはいにしえのこの地には沢山いたらしいが、現在は影も形もない。
滅ぼされたのか封印されたのか、その辺りすら曖昧でここ100年程は目撃情報すらない、いわば伝説の生き物だった。
それが、いきなり現れた?
いや、確かにあのドコッて音の前に地面が震えた気がするし、今も微かに脈うってる気がするけど__だとすると、もしかして封印されててその封印が今解けたってこと?

とか考えてるうちに、
「幸い生徒の殆どは帰宅済みのはずだ!残っている生徒教師にドラゴンが視認されないよう目くらましの結界を張れ!礼拝堂の周りに誰1人近付けるな!」
と言う王太子アッシュバルトに続き、
「更にそのドラゴンの周り最小限でいい、1番強固な結界で覆って。礼拝堂に近い建物にいる人たちから順に避難を。くれぐれも、パニックを起こさせないように」
アルフレッドが指示を出す。

 邪魔にはなりたくないがこんな嵩張るドレス姿では素早く動けない。
どうしたものかと迷う私に、王太子から信じられない問いがかかる。
「何か良い考えはあるか?メイデン嬢」

__はい?

周りを見れば、皆が私を何やら思い詰めた目で見ている。

「あ、あの…?」
わけがわからない私に、
「まあ無理にとは言わないよ。僕達王族が治めるべき問題だしね」
言いながらアルフレッドが剣を手に礼拝堂に向かって行く。
「まあ、その通りだな」
と王太子が続く。
「お供します殿下がた。アレックス、レディ達を頼むぞ」
ギルバートも騎士の顔になり、王太子に続いた。
「皆さま方、安全な場所までお連れしま、すっ?!」
言い終わる前に更に大きな地響き__というかもはや地震だ、と思ったところで目に入ったのは。
先程まで頭だけだったドラゴンが、今や全身を礼拝堂の外に引っ張り出し、屋根の上に鎮座している姿だった。
「あれが__〝大いなる災厄〟?」
 ミリディアナが口元を押さえて言い、
「……確かにでっかいわね」
とカミラが同意する。
そんな会話の間にも、二人の視線はアリスティアから外れない。
「…?…」



剣を構えつつ、
「うわー…これ絶対火ィ吹くやつだよね?」
嘯くアルフレッドに、
「だろうな……結局間に合わなかったか」
自嘲気味の王太子に、ギルバートが忠誠心を発揮する。
「殿下がたは最初の攻撃だけしたらお逃げ下さい。足止めだけなら自分ひとりでもーー!」
だが、
「「バカ言うな」」
と双子の王子は答える。
ひとりで、いや数人がかりでだってどうにかなるような代物ではない。
増援がすぐ来るとはいえ、ここ100年はドラゴンと目見まみえる事などなかった国だ。
いざドラゴンこれを前にしてまともに動けるものが何人いるのか?
歴戦の騎士や冒険者だってこんなのとの実戦経験などない筈だ。

それは勿論、自分達も。





*・゜゜*:.。..。.:*・':.。..。.:*・゜゜・*

「伝説を、甘く見すぎていたな」
或いは、アリスティア・メイデンという少女を甘く見過ぎていたというべきか_…_本来なら〝伝説の乙女〟の力を借りて収めるはずだった事態。
だが自分達は失敗した。
初めての出会いにも、その後の彼女への接し方も。
初手で間違えた自分達はおそらく伝説の乙女であろう彼女の信頼は得られなかった。
 彼女から見限られて入学辞退と城からの辞去を申し出られて漸く馬鹿な自分たちの目が覚めた。
いや、謝罪は受け取ってもらえても、他の贈り物も、生徒会で共に過ごそうと言う申し出も受けてもらえなかった自分達はやはり信頼には値し得なかったのだろう。

だから、友人にさえなれなかったのだ。
「今更…、だな」
例え友人になった所で助けようなどと、思ってくれたかどうか__考えが甘過ぎた。
剣を握る手は、小刻みに震えていた。



♦︎♦︎
「…せっかく約束取り付けたのになぁ…」
初めて見た時、可愛い子だと思った。
こんな子にわざわざ冷たくあたらなけばいけないと思うと気が重かった。
だから、それはアレックスとギルバートに任せて自分はたまさか顔を出すに留め、際限なく雑用させられている彼女を手伝った。
「それにしたって、やりすぎじゃないのか?」
そうは思ったがあの時は何しろミリディアナの精神状態がやばかったし兄のこの作戦が1番上策と思えたから、反対はしなかった。

 だがー…どう見ても予測と違う。
改めるべきではないのか?そんな考えが顔に出ていたから苦虫を噛み潰したような顔で手伝う自分は、やはり彼女には嫌々手伝ってるようにしか見えなかったのだろう。
「さっき、伝えておけば良かったかなあ……」
__きっと本気にされないだろうけど。
そうあくまで軽い調子で続ける手元は震えてはいなかったが、顔はその口調とは真逆の何とも評しがたい冷気を纏わせていた。



♟️
まだ何も挽回出来ていない。
カミラは、ミリディアナ様やメイデン嬢は。無事安全な所に逃げおおせただろうか。
「まだ何も、お伝えしていないのに」
まともな謝罪ひとつ。そう言って剣の柄をなぞる彼はどこか悲壮な覚悟を湛えてドラゴンを凝視していた。


 

その当の〝ヒロイン〟こと伝説の乙女アリスティアは、礼拝堂からは離れてはいるものの見通しの良い校舎の屋上にいた。
どのみち馬車は使えないのだし、ドラゴンの攻撃範囲もわからない。
いざとなったら建物の影に潜むしかないうえ、いつその建物ごと踏み潰されてしまうかわからないのだから、屋上の物影から覗きながら逃げても一緒だとアレックスがカミラ達に押し切られた結果である。

 もちろん3人の邪魔になってはいけないから、姿を見られないように注意はしている。
3人の保護を任されたアレックスはしきりに"伝魔法"で何やらやり取りしている。
きっとこちらの状況を伝えているのだろう。
3人はドラゴンを中心に三手に分かれ、結界を張り動きを止めようとしているらしい。
「あれじゃ、薄い隔壁で身を守ってるようなものだわ」
「カミラ様?」
カミラの呟きに、アリスティアが反応する。
「あの結界……、もちろん既に幾重にも結界は張られているけれど、おそらくドラゴンに効果は薄い。だからあの3人がより近くで強固な結界を張って何とか抑えこめてはいるけど、」
「……厚さが足りない分、効果は薄い?」
「ええ、おそらく。あの3人は国内屈指の魔力の持ち主だから、あの結界で閉じ込めておくだけなら暫く保つでしょうけど」

アリスティアは再び彼等の方へ目を移す。彼等は一様に剣を地面に突き刺して何か唱えている。
「剣を地面に刺して結界の維持に集中しているから、攻撃が出来ない……?」
「ええ」
「でもー…、」
 彼等は結界の外側にいるのだ。結界が破られないなら剣の後ろにいる彼等は無事なのでは?
「剣の柄を握っているでしょう?ドラゴンがどう判断するかわからないけどあの手が一箇所でも離れたらアウトなのよ」
 カミラの補足に、
「つまりー…柄を握る手を狙って貫通攻撃されたら終わり、ですか?」
「そういう事。しかも体内魔力最大限に注いでる形だから、あの状態もいつまで保つか」
常とは違うカミラの緊張した様子に、私の背筋も伸びる。
王宮からの増援がすぐ来る筈って言ってたけど、間に合うのか?
いや、それ以前に来たとしても対抗出来るのか?
ドラゴンは未知の生き物だ。勿論過去に多大な被害をもたらす生物として記録に残っているのだから退治方法は伝わっている。

だが、実行出来る人間となるとー…。

カミラとミリディアナも同じ思いだったのだろう、二人してアリスティアを見つめる。
何かを願うように、祈るように__まるで助けを請うように。

伝わる視線に、アリスティアはわけがわからず、居心地の悪さを覚えた。
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