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メイデン男爵領での夏期休暇

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「いらっしゃいジュリア!来てくれて嬉しいわ!!」
 馬車に揺られて到着してすぐ案内された部屋で笑顔満面の親友天使に出迎えられた。

うわぁ、抱きつきたい。

そんな思いを抑えて、貴族らしい挨拶で返す。
「ご招待ありがとう。私も嬉しいわ、貴女のデビューに立ち会えて」
「ふふっ、流石ね」
「貴女こそ。ーーとても綺麗だわ」
 彼女アリスの夜会服姿を見るのは初めてだが、透んだ水色を切り取ったようなブルーの生地にそれより薄いドレープを重ね、ふわふわ感を増したドレスに髪留めも同じ色の花をあしらったもので統一してあり、絢爛豪華とはいえないが実にデビュタントらしい初々しい美しさを醸し出していた。
王都の夜会では〝地味〟と言われてしまいそうだが元々は学内でのパーティーで着るつもりで用意したものなのだろうし、自領で行うならここの雰囲気に良く合った衣装といえた。

 まあ何より素材が良いのだから、何着たって綺麗なのだが。

「ジュリアもとても素敵よ。どこかの王女様みたい」
「貴女に言われると複雑だわ」
 今日の自分の装いは控えめではあるものの赤で纏められている。
自分の赤い髪では、彼女みたいな色は似合わないのだ。
 自分もそれなりに出来上がってはいるが、この親友ときたらー…うっかり夏の夜の宴の興に誘われて人間界に迷いこんでしまった妖精みたいだ。
 美しい所作とふわふわしたドレスも相まって、重さをまるで感じさせない。
 ほんとに背中に羽根があるんじゃなかろうか。
 「やっぱり自分の家の夜会に招待しなくて良かった」
ジュリアはこっそり自分の決断を心中で誉めた。



ひと足さきにデビューを果たした私は身分もそれなり高く、付き合いも広い侯爵家の娘であるため既に結構な数の夜会をこなしてきていた。
勿論自宅でもそれなりの規模の夜会を開いている。
男爵家にこうして招待されているのだし、親友アリスを招待しようかとも思ったのだがー…、

 うちのパーティーは付き合い上、貴族が多い。

 でもって、あのナノルグ令嬢馬鹿娘みたいな考えの子弟も多い。

 私の親友は可愛い。

 今日のアリスのドレスは夏の夜とはいえ、腕半分に胸元も結構ざっくり開いている。
自宅だから良いが、これをそとに出そうものならー…、

 うん、危ない。

 1人で納得してうんうん頷くジュリアに「?」と首を傾げるアリスだった。



 パーティーは盛況だった。
 男爵家の広間には男爵の貴族友人が集まり、邸の外庭は町長や村長など町の主だった者たち、それに着飾った彼等の娘達も招待されて料理や酒が振る舞われ、始めの挨拶だけバルコニーから男爵とアリスティアが行い邸内と外は別々に催されていたが、後半になると邸と庭の間の扉が解放され無礼講となった。
 無礼講といっても乱痴気騒ぎに興じるわけではない(尤も領民はアリスティア様のデビュー祝いと男爵の快気祝いだといって次から次へと何かしら運んできたのでお返しとばかりに男爵は娘の祝い酒だと城下にも酒を振る舞ったので町中至る所が宴会場と化していたが)。

 アリスティアはファーストダンスを父男爵と踊った後は挨拶だけにとどまり、広間と庭の間が放たれた後は町長はじめ町の有力者(全員既婚)と遊ぶようなステップを踏むだけで年頃の誰かと踊る事はなかった(何故なら私とメイデン男爵が鉄壁のガードをしてたからだ。因みにこの点について私と男爵の息はぴったりだった)。

 王都とはまるで違う、領民との距離が近いパーティー。
それでも、アリスは学園とはまるで違う笑顔を浮かべながら食べて飲んで踊っていたし、元々〝成り上がり候〟たる自分の家も実は似たようなもの(単に体面上見せないようにしてるだけで)なので不快さはなく、むしろ心地よさを感じた。

こういう環境で育ったからあんな性分オトコマエに育ったのね……でも、この感じならばあそこまで高度なマナースキル、いらないんじゃ?

 そう思って訊いてみると、
「あぁ、別に無理強いされたわけじゃないのよ?ただお父様が〝いつか好きな人が出来て、その人のところに嫁ぐ時に困らないように〟って」
 最上の教育を受けさせてくれたのだという。
 最低限のマナーを身に付けた後は続けるかやめるかも自分で決めれば良い、とも言われたそうだ。

「…素敵なお父様ね」
 自分の父も〝成り上がり上等、使えるコネは何でも使う〟人ではあるが〝結婚相手は慎重に選べ〟と政略的な婚約を無理強いしてはこない。
 来ないが淑女教育に関しては子供の頃から徹底して叩きこまれてそれを疑問に思う暇などなかった。
 だが、男爵は〝結婚相手を選ぶ自由〟だけでなく〝高等な淑女教育を受けるか否か〟まで選ぶ権利を娘達に与えているという事だ。

 貴族としてそれアリなのか?
と、ツッコミたくなるくらいの娘馬鹿っぷりである。
 だが、そうすると男爵家に引き取られてから5年かそこらであそこまでのレベルに達したアリスの努力も驚異的だ。ーー生まれた時から貴族でも、中級そこそこのレベルの令嬢がいっぱい いるのにね?

 ん?
 待てよ?

 と、言うことはー…、
「っ…貴女、どなたか身分の高い意中の方がいるのっ?」
敢えて強制されてもいない高度なマナーレッスンを進んで受けてここまでになったということは__そこまで考えて思わず声が上擦ってしまう。
「っ?!なんでっ!?」
「だって、貴女強制されてもいない厳しいレッスンを受け続けていたんでしょう?それってー…」
 身分高い人に嫁ぎたい、という意味じゃないの?
「いないわよ、そんな相手ひと
「ほ、ほんとに…?じゃあなんでー…」
「レッスン受けてたかって?」

 そりゃ、前世の記憶があって、魔法学園に入学したら厳しいマナーレッスンがある事を知ってたから、だけではなく。
「これからどんな人と出会って、どんな人と結婚したいと思うかなんてわからないじゃない?選択肢を多くしときたかったってだけよ?」

王子様じゃなくていい。
一緒に笑って、同じ目線で語り合える相手ひとなら。
王子様でも、本当に好き合えたなら別にいい。
ゲームの設定なんか無視してほんとに好きになったのなら、きっとそれも間違いじゃない。

 だから、
「相手の身分も、職業も出会ってみてからじゃないとわからないじゃない?その時に出来るだけ釣り合う自分を用意しておきたかったから、みたいな?」

あと、悪役令嬢か、他の誰かか、わからないけど万が一 1人でどうにかしないといけない状況に追い込まれた時、対処出来るようになっておく必要があったから、ね。
そもそもゲームのストーリーにおいてヒロインが色々なトラブルに巻き込まれるのは〝必ず攻略対象の誰かが通りかかって助けてくれる〟のが前提での出来事だから良いが、実際現実リアルになってみるとまるで当てにならないワケで。
だから、自分の身は自分で守れるようにならないといけない__何でも貪欲に学んでおいて損はないと思ったのだ。

「ーーそれは、凄いわね」
「何が?」
容姿見た目だけでお釣りが来るのに。
「親友が思ったより大人でびっくりしたって話よ」
加えて成績優秀、魔力も強くて生徒会へも再三誘いを受ける模範生。
「そりゃあ、ジュリアに比べたら子供っぽいだろうけど…」
 そんな風に拗ねた顔も可愛いらしい。
 こんな娘を攫っていくのは、どんな男なんだろう?下手な馬の骨は近付けないようにしないと。

強く決心した私は、休暇中アリスをバーネット侯爵家の別荘に招待したり、王都の城下の町に繰り出したりその際自宅に彼女を泊めて翌日お茶会したりしたが、例え親しい友人だろうが血縁者だろうが徹底的に男性をシャットアウトし、女性の友人のみを同席させた。
 休暇中に少しでもお近付きになりたい彼等には悪いが、アリスの親友 兼 保護者(自称)として私の眼鏡に叶わなければ諦めていただこう。

そうして、ジュリアとメイデン男爵の鉄壁ガードに阻まれ攻略対象達とは一切接触がないまま。

夏期休暇は終わりを告げた。
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