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ヒロインはヒロインをやる気がない 4
しおりを挟むカミラがアリスティアを案内して部屋に戻ると、わっと寄ってきて質問攻めが始まる。
「どういうつもりなの?カミラ」
「アルフの言う通り、まともに話が出来る状態じゃないわ。今のあの子は疑心暗鬼の塊で、私達を完全に敵だとみなしてて、疲れきってる。少しでも休んで間を開けた方がまだまし」
「それはわかるけど__」
何も部屋に泊めなくても。
「ミリィが嫌なら私は別の部屋に泊まるからいいでしょ?」
「違うわっ!そんなんじゃない。なんでわざわざカミラの部屋にっ?」
「あの子に少しでも信用してもらうためよ。本人も言ってたでしょう?この城に自分が安眠出来る要素なんかひとつもないって。私の部屋なら少なくとも暗がりに女性を引きずりこむような奴の心配も、無礼なメイドが押し入ってくる事も用事を言いつけにくる人間は来ないでしょ?寝込みを襲われる心配もね」
「彼女がそこまで警戒していると?」
王太子が訝しむように眉を顰める。
「してても不思議じゃないでしょ?私達は彼女を不当に扱って城から追い出すような真似をしておきながら、尚且つ自分から出て行くと言い出した彼女が馬車を使えないように妨害までしといて、それでも自分の足でやっと故郷に近付いた所を無理矢理連れ戻したのよ?警戒しない要素がどこにあんのよ?」
言われて全員が押し黙る。
「ここまでこじれたら美味しい食べ物でお腹をいっぱいにしてふかふかのベッドで寝かせてたっぷり休んでから美味しいお茶とお菓子でお腹いっぱいになったところでご機嫌取るのがいち番マシなんだけど__あいにくここにはないものね」
「ないって何が?」
ミリディアナが不思議そうな顔になる。
「全部よ!気付かなかった?彼女、ここで出されたお茶や菓子に一切手を付けなかったでしょ?部屋に持って行かせるのも断った。口にしたのは、井戸に寄って自分で汲んだ水だけ。毒か睡眠薬でも入れかねないと思われてるのよ」
「まさかー…そこまで」
「あるわよ。だって私達は結託して彼女を城に呼んでおきながら部下に命じてまともに睡眠も取れないくらいこき使った上、危うく夜の中庭を盛り場だと思ってる馬鹿どもに襲われても構わない状況に放り込んだと思われてるんだもの」
「そんな事はしていない!」
王太子が心外と言わんばかりに怒鳴るが、カミラは動じない。
「結果そうなったってことよ。命じていようといまいと彼女には同じ事だわ。て 事で本来なら打ち解ける筈の"一緒に食事イベント"は不成立」
言いながらカミラが胸の前ででっかい✖️を作る。
はい、ダメー!
と言わんばかりである。
そんな婚約者を流石に諌めようとしたギルバートだが、ひと睨みされただけで止める事も出来ずに立ち竦んでしまい、王太子は苦虫を噛み潰した顔で顎に手を当てたまま黙りこくった。
いくら侯爵令嬢でギルバートの婚約者であっても無礼すぎる態度だが、この五人だけの時はこれが通常運転なのだ。
あのヒロインについての秘密もこの五人だけが共有している。アレックスは何も知らないのでこの場にはいない。
必然的に話す相手はアルフレッドになる。
「だから僕たちが用意した客室もダメ、か。」
「そういうこと。部屋の者達にはくれぐれも刺激しないように言っといたわ。これでひと晩休んで少しは納まってくれるといいんだけど。問題は話し相手」
「?どーゆーこと?僕たちと話すために引き留めたんだよね?」
「アンタねー、いやアンタだけじゃなくって全員だけど。彼女が話しててご機嫌になる相手がこの中にいると思う?」
「「「「…………」」」」
「ゼロよ!ゼロ!好感度グラフが目に見えたら全員間違いなくマイナスだわ!」
嘆くカミラに言い返す者はいない。アレックスがいても返せなかったろう。
何しろ彼は攻略対象の1人で、それでいて幼い頃からミリディアナに憧れているが王太子の婚約者に必要以上に近付く事も出来ず、悶々としているのがまるわかりだったので、
「ミリディアナに対抗しようとしている令嬢がいる」とひと言吹きこんだだけ だったのだがー…直情バカ…、いや実直すぎる故にヒロインに対する嫌味大魔王と化してしまった。彼女のいない場所でも「男爵令嬢ごときが」「生まれも育ちも卑しい娘が城にあがるなんて」と言いたい放題だった為ミリディアナ本人にもドン引きされた頭の弱い…、もとい可哀想な彼はここにいたら余計ヒロインを怒らせそうなので実家に戻されている。
「てワケでせめてもの妥協案。明日の朝食は女子会をする」
は????
とはなるもののこういう時いつも中心になるのはカミラだ。
幼い頃から役割分担が決まってる彼ら的にはとくに反対意見は出なかった……出せないとも言う。
「カミラきみがそう言うって事は考えがあると思っていいんだね?」
「まあね。とにかく、貴方たち男性は駄目。明日は私とミリィだけが彼女と一緒に朝食を摂るわ。アンタ達は、それが終わるまでに納得する成果を出しなさい」
執務室でされていた会話をアリスティアは知る由もないが、確かに疲れてはいた。
それに、さすがは侯爵令嬢の部屋付き、とても丁寧に世話をしてくれたので少しだけ肩の力が抜ける。
お茶は夜食はやっぱり断ったが。
井戸から汲んだ水と荷物に入れていた日持ちする菓子、それだけを流し込んでどうにか空腹を凌いだものの、やはりこのまま眠って大丈夫か? という思いがよぎる。
確かに、この部屋は侯爵令嬢の部屋なのだからならず者の心配はない。
だが、私がここに泊まっている事を知ってる人が何もしてこない保証はないしーー逆に侯爵令嬢 本人と間違えて襲われたりーーいや、襲われるだけでなく暗殺されたり?むしろあの方々はそれを知っていて敢えて私に身代わりをーーいや、そもそもこの部屋に泊めること事態が罠の可能性は?
疑心暗鬼の塊と化した思考はひたすらとんでもない方向へと広がっていく。
が、同時に眠気も襲ってくる。
無理もない。
アルフレッドの言う通り結構無理して歩いたし、本来ならとっくに寝ている時間だ。
これでは結局寝落ちしてしまう。
少し迷った末、アリスティアは自分の周りに結界を張った。微弱な魔法で、魔法使いには易々と突破されてしまう程度の守護魔法だが許可なく自分に触れようとすれば一瞬だが静電気のようにパシッと反発する。
それを感じれば目が覚める、筈だ。疲労度を考えれば起きない可能性が高いし、反発力も微微たるものだ。
相手がそれでびびって帰ってくれればいいが、そうはいかない可能性も高い。それでも一瞬でも躊躇ってくれれば隙が出来る。
実際、これのお陰で何度か暗がりに引きずり込まれそうな時難を逃れた。この石に込められた魔力もそろそろつきる頃だから朝までもつかどうか賭けだが、今の自分に出来るのはここまでだ。
そう割り切って、私は眠りについた。
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