記憶をなくしたジュリエット

詩海猫

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「ゼノさまが素敵すぎる……」
ぼうっと呟く瑠璃に、
「おい、現実に戻ってこい。お花畑の住人」
「戻って、じゃない!現実です!ゼノ様はクラスメイトなんだから!」
「普通クラスメイトに“さま“はつけねぇ」
「本人の前では付けないわよっ!だってゼノ様は“普通の学生“として過ごしたいって無理して来てるのよっ?ファンとしてそこは尊重しなくちゃ!」
「どう見ても出来てなかったぞ、ただの“ゼノ様信者“にしか見えなかった」
「う“。だって……」
ゼノのファンになって以来、初めのライブイベントは落選続きで、初めて当選して行く日には前の日に緊張して寝付けず寝坊して電車に乗り遅れ、今度こそはと意気込んだ先日はまさかのインフルエンザに好かれてしまい、結局行けてないのだ。

瑠璃は「呪われてる!」と叫んでお祓いにまで行った。

その、ゼノが。
「同じ学園にいるなんて」
まるで奇跡のよう__と、思わずにいられない。
ほぅっと息を吐く瑠璃を尻目に、
「……どんな悪夢だよ」
ぼそっと呟いた零の瞳はとてつもなく暗い光を讃えていた。



迎えた学園祭当日、読書クラブはアクシデントに見舞われた。
マリアの兄のベルナルド役の生徒が階段から落ちて、怪我をしてしまったのである。
命に別状はないし声が出せないわけではないが、「体を強く打っているから暫く動かさず安静にしているように」と保健室に寝かされている生徒を舞台にあげるわけにもいかない。
代役を立てるしかないこの状況で真っ先に名前が上がるのはやはり、
「ゼノ君にやってもらうべきだと思う」
「練習にも熱心に参加してたし、一番上手いし」
との声が上がるのは当然で、ゼノも「僕で良ければ」と快諾したので急遽ベルナルド役をゼノが演じることになった。

「怪我をした彼には申し訳ないし不謹慎かもしれないけど__ちょっと嬉しいな、橅木さんの兄役がやれるなんて」
出番を待つ舞台袖でゼノにそう言われて、
「え ベルナルド役もいつかやってみたい役に入ってたの?」
と返した瑠璃に、ブハッと横にいた零が吹き出した。
「ちょ、なんでいきなり笑うの零?!」
「いや?お前が相変わらずボケボケだなって感心してただけだ」
「ボケって……!」
逆立った猫のように反論しかけた瑠璃の頭にぽん、と手を置き、
「ほら、次うちだぞ?まず部長の挨拶からだろ、行ってこい」
と瑠璃を送り出す。

言われて気を取り直した瑠璃がステージに向かうのを見送って、
「……上手いものだね」
「何が?」
「今のやり取りだよ。僕を牽制しつつ二人の親密さを見せつけた上で彼女の緊張を解きほぐして送り出した。まさかこんな風に利用されるとは思わなかったよ__取り溢した年月の長さを痛感させられるね」
「は?何が?俺と瑠璃アイツはこれが通常運転だ、部外者の台詞の引用なんか必要ねぇよ」
「ふうん?」
「それよりお前__」
言いかけた言葉は、「ベルナルド役、出てください!」と伝えにきた女生徒の声で遮られ、発せられることはなかった。

♛やはり彼女の傍に奴の気配が近すぎる……今日のことを利用させてもらうか……
♕奴は何を考えてる?こんなにあからさまな真似をする男だったか?それに……
何より、
「「ジュリエット彼女は、何故気がつかないんだ?」」
















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