悪役令嬢は永眠しました

詩海猫

文字の大きさ
上 下
4 / 20

3 反撃の準備を始めましょう

しおりを挟む
「まずは、手紙ね」
そう言ってロザリンダことサツキは結界魔法で覆った自室でペンを取った。
今この邸でロザリンダは腫れ物扱いで、近付く者はいない。
まあいたところで追い出しただろうが__、ここの主は当然ながら公爵だ。使用人も当然、服従する相手は公爵であり自分ではない。
腹心の姉妹同然のメイドが一人いるが今は遠ざけられているのだろう。
ロザリンダの記憶によれば彼女だけは公爵家や王家のロザリンダへの扱いに憤ってくれていたようだ。
(__名前はサリナだっけ?この家を出る時に、あの子だけは連れて行くべきね……)
「ここに置いていったら、どんな目に合うかわからないし__下手をしたら囮に使われる可能性も__あ」
もしかして今、酷い目にあってたりしない?
「魔法で感知できるかな?」
ロザリンダの魔法はほぼ万能に近い。この家の兄弟など比べものにならないくらいに。

ふ、と目を閉じて思うだけで頭の中に邸全体を見下ろす映像が浮かぶ。
邸の使用人が住まう一角、人が近づかない一角、大きな失態を犯した使用人のための懲罰房……サリナがいそうな場所をズームアップするように視線をおろして辿っていく。
「あ、いた」
(やっぱり懲罰房……別に罪なんて犯してないのに)
憔悴した様子のサリナは縛られてこそいないが、頬が赤く腫れ上がっているうえに爪で引っ掻かれたような跡がある。
爪の伸びた手で思いきり叩かれたのだろう。
見たところ食事も出されていないようだ。あるのは小さなボウルに入った水のみ。
(ヒスババアめ、ノブレス・オブリージュが聞いて呆れる)

だが、準備が整うまでは下手に動かない方がいい。
(サリナがロザリンダの弱みだと、認識されない方がいいから__)
す、と手をかざしてサリナの元へ魔法を送る。
回復を促す魔法とメッセージを。
放たれた魔法はふわりとサリナを包み込み、体に吸い込まれて消える。
「……!……」
サリナが目を見張り、次いで「お嬢様……!」と涙を流した。
メッセージは魔法が染み込むのと同時にサリナの頭に響いたはずだ。
“すぐに助けるから、待っていて“と。
見た目の派手な傷が一晩で治ってしまうのは不味いだろうから今できるのはこれくらいだ。
サツキは書き上げた手紙を手に窓を静かに開けた。
外からも見張られているだろうが、バルコニーも結界で覆っているので彼らにも“異常なし“と映るはずだ、見張っている公爵家の兵は魔法使いではないし、ロザリンダの愛鳥は鷹だ。
狩りの名人なだけあって静かに降りる。

予想通り静かにバルコニーに設置された宿木に降りた鷹は心なしか嬉しそうにロザリンダを見上げる。
(雛の頃から、育てていたものね……)
この世界で魔力を持つ子供は相性の良い鳥を子供のうちから育て、魔力が安定したら自身の魔力を付与し専用の伝書鳥を持つ習慣があった。
手紙を運んでくれるだけでなく、主人の目が届かない場所の偵察や攻撃を手伝うこともある。
(そういや、あの王太子バカはカエルムが鷹だからってよく怖がっていたっけ)
“カエルム“はロザリンダが付けた名前だ。
(あの馬鹿太子の鳥が鳶で、ナタリアは黄色い小鳥だっけ?)
鳶はともかく(種類は知らないけど)小鳥はなんとも頼りにならなそうだ。
小型な分早いかもしれないが、すぐ他のもっと大きい鳥に襲われて手紙どころか命まで落としそうである。
「まあ、白雪姫みたいに指にとめて歌うだけならぴったりだわね」
有事には、役に立たなそうだけど。

「カエルム、この手紙を急いでセイクレッド修道院に届けてくれる?必ず院長のレーゼライン様にお渡しして。お願いね?」
と言いながら脚に括りつけると、“了解“とばかりに頭を擦りつけてきた。
(か、可愛い……!)
前世では大きな鳥が怖かったが、ロザリンダの記憶が自分の意識としてあるせいか、不思議とカエルムは怖くなかった。
しっかりと信頼関係が結ばれているせいだろう。
「人間より、鳥の方が信頼できるなんてね……」
(ねえロザリンダ。貴女は最期、何を思ったの?)
その答えはきっともう、永遠に訊けない気がした。

カエルムが高く羽ばたく様を見送りながら、そう思った。
「あとは、時間稼ぎね」
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。 けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。 ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。 大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。 子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。 素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。 それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。 夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。 ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。 自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。 フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。 夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。 新たに出会う、友人たち。 再会した、大切な人。 そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。 フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。 ★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。 ※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。 ※一話あたり二千文字前後となります。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

処理中です...