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二章 新学期、新たな出会い編

35話 「とある噂」

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天国だったゴールデンウィークが終わってしまい、また学校生活が始まった。

ゴールデンウィークが終わったばかりの頃は学校に行くのが怠い…正に五月病になっていた俺だったが、今ではもう慣れている。
人間の適応能力というのは本当に不思議な物だ。

そんな事を考えていると、クラス中の女子が悲鳴を上げた。
ビクッと身体を震わせた後に声がした方を見ると、困った表情の八神が女子達に囲まれていた。

八神は苦笑いで「ちょっとごめんね」と言い女子達から離れた後、何故か俺の前に来た。

「如月!如月!」

「な、なんだよ」

「ちょっと来てくれ!」

八神は、何故か嬉しそうに言い、俺を教室から連れ出した。
またいつもの場所に来ると、八神は嬉しそうに口を開いた。

「如月! 昨日陸上の大会があったんだけどさ!」

「お、おぉ…」

「俺大会で自己ベストを更新出来たんだ!それで、もっと上大会にも出場出来る!」

八神は1年の時にも全国大会に行っている。このままなら全国大会出場も夢じゃないだろう。
だが、それよりも驚きなのが、自己ベストの更新だ。

八神は4月の時点でもかなりの速さを誇っていた。
怪我のせいで練習が出来なかったからタイムが伸びないとこの前嘆いていたのに、まさか大会で自己ベストを更新するとは…

「…お前本番に強いタイプか」

「あぁ! 昨日はずっと興奮して眠れなくてさ! 早く走りたくて仕方ないんだよ!」

あぁ…分かってはいたがコイツは根っからの陸上馬鹿だ。

だが、自己ベストを更新する嬉しさは分かるからな。

「でも、良かったじゃねぇか。 おめでとう。次の大会頑張れよ」

「ありがとう! 怪我の件で如月にはアドバイス貰ったからさ、早めに報告したくてね」

「そりゃどうも」

その後は2、3言会話をした後、クラスへ戻った。
戻った瞬間、八神はまた女子達に囲まれた。

なるほど、この女子の騒ぎようは八神の陸上の一件があったからって訳か。

「…モテる奴は大変だなぁ」

席に戻り、俺が呟くと、柊達も八神を見て苦笑いした。

「八神さんを知れば知るほど、モテるのが納得できますもんね」

「本当に王子様って感じだよね」

柊と七海が言う。
確かに、性格よくて勉強も出来て運動も出来るもんな。
そりゃモテるわけだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

あれから担任から正式に八神の事が皆に告げられ、その後は普通に授業が進んでいった。

そして放課後になり、帰る為に荷物を纏めていると…

「あ、ごめんなさい…私ちょっと用事があるので…皆さん先に帰っていて下さい」

柊が困ったように言った。
俺と春樹は首を傾げるが、七海は分かったのか、ため息を吐く。

「…また?」

「はい…またです」

七海の言葉に柊が頷く。

「またってなんだ?」

「告白でしょ」

七海の言葉に納得してしまった。
新学期、春ともなれば、新しい関係を築こうと告白したり別れ話をする者達が多くなる。

「…相変わらず懲りないよなぁ」

「いえ…今回は1年生の方に呼ばれたんですよね…」

「あぁ…1年の子達はまだ渚咲が告白を断り続けてるって知らない子多いもんね」

七海の言葉にまた納得した。

今の2、3年生はほぼ柊に振られた男子達なので、余程の勇気がある奴以外は柊に告白しないが、今の1年生はその事を知らない奴が多い。

だから美少女の柊にアタックしてくるのだろう。

「私達待ってるから、大丈夫だよ」

「でも…」

「何今更遠慮してんの。 ほら、行ってきな」

七海に背中を押され、柊は教室を出て行った。

まぁ諦めが悪い奴じゃなければすぐに帰ってくるだろう。
…流石に30分くらいしても帰ってこなかったら様子見に行ってみるか。

「…そういえば、知ってるかい?」

柊を待っていると、春樹が口を開いた。

「1年生に、柊さんと同じくらい人気な女の子が居るみたいだよ」

柊と同じくらい人気…?
まじかよ、そんな奴がいるのか。

「あぁ、知ってる。 小悪魔って呼ばれてる子でしょ?」

「そうそう」

「小悪魔…?」

七海と春樹の会話についていけない。
なんだ小悪魔って。

「うん。 渚咲が清楚系な美少女だとすると、小悪魔は計算された美少女って感じ。 正に渚咲とは真逆だね」

「すまん。 全く意味が分からん」

「自分が可愛くてモテてるって言うのを自覚してて、それを武器にして男子達を手玉に取ってるんだよ」

「おぉ…」

それは確かに柊とは真逆だ。
柊は自分の容姿に自信を持ってはいるが、それを武器にしたり、自慢したりはしないからな。

なるほど。だから小悪魔って事か。
よく小悪魔系女子っていうもんな。

それにしても、女神様、毒舌姫、王子様、女王様ときて、今回は小悪魔か。

ここは異世界か何かかと勘違いされそうな程異名を持った奴が多いな。

「柊さん同様に、その子もいろんな男子から告白されているらしいね。
噂だと、柊さんに振られた男子は次に小悪魔に告白し、逆に小悪魔に振られた男子は次に柊さんに告白しにくるらしいよ」

なるほど…つまり柊がダメなら小悪魔に、小悪魔がダメなら柊にアピールするって感じか。

本当に顔しか見てないんだなぁ…

「で、その子は今八神にご執心らしいよ」

「マジか」

七海の言葉で、八神を憐れむ。
あいつも本当に苦労してるなぁ…

「…だが、そうなると柊が危なくないか?」

「確かに危ないよ。 だから今日も残って渚咲を待ってるんじゃん」

自分が可愛いと自覚しているなら、その小悪魔にとって、常に自分が1番可愛くありたいはずだ。

そこで邪魔になってくるのは、自分と同じくらい人気な女神様の存在。

小悪魔は当然柊の存在を知っているだろうし、柊がいる限り、小悪魔は絶対的な1位にはなれないだろう。

そして柊は、その小悪魔がご執心な八神と同じクラス。
ならば、何処かで柊に接触をしてくるはず。

「私はその子を見た事ないから分からないけど、よくあざとくて可愛いって噂になってるよ」

「あざとくて可愛いねぇ…それも計算されてるって事か?」

「そういう事。 声色、仕草、全てが完璧らしいよ」

「そこまで行くと逆に怖いな」

自分の武器を理解しているからこそ、そんな事が出来るんだろう。
正直、初対面時の神崎よりも苦手なタイプだ。

「皆さん!お待たせしました!」

そんな会話をしていると、柊が帰ってきた。
あんな話をした後だからか、計算されてない自然な可愛さを醸し出している柊に見惚れてしまった。

「大丈夫だよ。 それより渚咲、何もなかった?」

「はい、今回の方は潔く諦めてくれたので…」

「なら良かった。 じゃあ、帰ろうか」

七海の言葉に頷き、皆で廊下に出て下校する為に歩き出した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「渚咲はさ、小悪魔って知ってる?」

「小悪魔…? 知らないです」

どうやら柊も知らないらしい。
まぁ柊は噂とかに興味を示さなそうだしな。

「1年生にね、渚咲と同じくらい人気な女の子が居るらしいよ」

「そ、そうなんですか」

柊は反応に困ったように言う。
確かに急に君と同じくらい人気な人が居るって言われても、なんて返せばいいか分からないよな。

「…でも、小悪魔というのは…?」

柊が小悪魔という単語に疑問を持ったらしい。
柊は小悪魔系女子って言っても分からないだろうなぁ…

「あざといって意味だよ」

「あざとい…?」

七海が説明するが、柊は首を傾げる。

「えっと…簡単に言うと、自分が可愛いのを自覚した上で、その可愛さを武器に相手に迫ったりする事…かな?
私も説明難しいから分からないけど」

「ふむふむ…」

「…露骨に甘えた声を出したりして、相手の男子に言う事を聞かせるんだ。
男子は守ってあげたくなるような女子が好きだからな。
その小悪魔って奴はそれを良く理解してるんだろ」

俺が捕捉すると、柊と七海からジト目で見られた。

「やけに詳しいじゃん陽太」

「如月くんも守ってあげたくなるような女の子が好きなんですか?」

「いや、俺は守るより守られる方が好きだな。
自分より強い人が良い」

そう言うと、柊はため息を吐き、七海は蔑むような視線を浴びせてきた。

「陽太は正直すぎるねぇ」

「正直なのはいい事だろ。 なんたって俺は怠ける事を悪い事だとは思ってないしな」

隣で春樹が楽しそうに言うので言い返すと、春樹はまた楽しそうに笑った。

「大体、社会人は頑張りすぎなんだ。 
個人差はあるが基本は週5日働いて2日休みだろ?
5日働いた疲れが2日で取れるわけが無いだろ。 人間はもっと休むべきだ」

「例えば何日休みが理想なんだい?」

「週3日勤務の4日休みだな。 それと労働時間は1日5時間までにする。
そうすれば疲れる事は無いだろう。完璧だ」

「君が政治家になったら批判殺到だろうね」

「そうか? むしろ国民は俺に賛同しそうだけどな」

「国民はそうでも、他の政治家が黙ってないでしょうね」

柊が言う。
まぁ確かにそうだ。
週に4日も休まれたらいろんな生産が追いつかなくなるしな。

「陽太が働きたくないってのは分かったけどさ、将来はどうすんの? 」

七海が聞いてくる。
俺は誇らしげにフッと笑う。

柊は既に聞いている為、ため息を吐いた。

「俺は良い大学に入って、俺を好きなってくれる物好きで優秀な女性を見つけて養ってもらう。 これが俺の人生設計だ」

「うわぁ…」

七海が本気で引いた声を出す。

「じゃあ陽太にとって今は理想な生活なんじゃないかい?」

春樹が言うと、七海が確かに!という顔をした。

「確かに、今陽太は渚咲に養ってもらってるみたいな物だもんね」

「や、養っている訳では…!」

柊が否定するが、七海は笑顔で続ける。

「でもさ、毎日料理作ってあげてるんでしょ?」

「まぁ…」

「しかも野菜とかも陽太の好みの味付けにしてるんだっけ?」

「…まぁ…」

柊の声がどんどん小さくなる。
七海は、「ごめんからかいすぎたね」と言って柊に笑いかけた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「私は如月くんに甘すぎるのでしょうか」

七海達と別れ、自宅に帰ると柊が開口一番にそう言った。

「このままだと如月くんがダメ人間になってしまう気がします」

「俺はとっくにダメ人間だぞ。 なんならその事に誇りすら持ってる」

「そんなのは誇りじゃなくて埃です」

「なんて事をいうんだ」

だが、これはまずい。
ここで柊が七海の話に感化されて俺に厳しくなり始めたら俺の生活が脅かされる。

今より厳しくなったら流石にキツいぞ。
野菜の味付けが外と変わらなくなって全部食べろなんて言われたらストレスで灰になる未来が見える。

「…やっぱりもっと厳しくした方が…」

「いや、今のままで大丈夫だろ。 うん。 なんか最近は真っ当な人間になれてる気がするするし」 

「…さっき自分でダメ人間だって言ってましたよね?」

「そんな事より、今日の夕飯はなんだ? 今日も楽しみだなぁ夕飯」

「露骨に話を逸らす…まぁ良いです。 今日は肉じゃがですよ」

柊は諦めたようにエプロンをすると、キッチンへ向かった。

良かった。
どうやらまだ俺の平穏は保たれるらしい。
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