自宅が全焼して女神様と同居する事になりました

皐月 遊

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二章 新学期、新たな出会い編

31話 「柊の怒り」

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「ただいま…」

予想していた通り、返事はない。
靴はあるので、前回同様リビングに居るのだろう。

リビングに行くと、案の定柊は夕飯を作っていた。
だが、俺の方を見ようとはしない。

「柊?」

「……」

柊は無言で野菜を切っている。

「えっと…」

「……」

柊はずっと無言だ。
どうやら話す気はないらしい。

ここは一方的に話すしかないだろう。

「…帰り道、なんでお前が怒ってるのか精一杯考えたんだが、結局分からなかった。 すまん」

正直に話すが、返事はない。
自宅では常に笑顔でいた柊が、今は無言で、しかも無表情でいる事に、違和感しかない。

「七海達にも俺が悪いから、自分で気づかなきゃダメだって言われたんだが、正直お手上げだ」

柊は尚も無視を続ける。
だがちゃんと皿を2人分用意している所に、柊の優しさが見える。

「…お前が俺の為に怒ってくれたのは、前回同様嬉しいし、ありがたいと思ってる」

これは七海は春樹にも思っている事だ。

「…だけどな、そんなに辛くなるんなら、無理に怒らなくても良いんだぞ? 
俺は何言われても何も思わないから、別に無視しても…」

「…ふざけないでください」

俺が言い終わる前に、柊が口を開いた。
突然喋った柊にびっくりしていると、柊は俺を睨んだ。

「なんで…」

柊は、プルプルと震えながら言葉を発した。

「なんで…なんでそんなに気にしないでいられるんですか…!?
悪口を言われてるんですよ!? 嫌だなとか思わないんですか…!!」

柊は、包丁をまな板の上に置き、涙目で俺を睨みつけていた。

「今回も…その前も! 悪口を言われてるのに、如月くんは全部無視! なんで耐えられるんですか…!」

「柊…」

「私は如月くんが悪口を言われたり、馬鹿にされたりすると心が痛いです…! 
だから言い返してるのに、当の本人は「気にしてない」っていつも言うし…!」

あぁ、これか。

と、俺は確信した。

柊、七海、春樹が怒っているのは、この事だったんだ。

コイツらは、悪口を言われても気にしていない俺に怒っていたらしい。

「気にして下さいよ…! 言い返して下さいよ…! 」

柊は、自分の服をぎゅっと掴み、叫ぶ。

「嫌なら嫌って言って下さいよ…! 言い返す気がないなら、せめて自宅で私に相談するなりして下さいよ…!
1人で…抱え込まないで下さいよ…」

「…すまん。 お前がそんな事を思ってるなんて考えてなかった」

「…なんで、如月くんは言い返さないんですか」

「他人にどう思われようが興味がないから…だな。 一つ一つの悪口に全部言い返していったら、いつか疲れるからな」

「…悔しいなとか、思わないんですか」

「そりゃ思う。 なんでこんな事言われなきゃいけないんだ。ってイラッとしたりもする」

「なら…」

「ただ、そこで俺が言い返したら、火に油を注ぐみたいな物で、もっと事態が悪化する場合があるんだ。 
そうなった時、被害があるのは俺に近い奴ら…つまり、お前らなんだよ」

学生のイジメというのは悪質で、責任を取らなくていい分遠慮がない。

だから、非人道的な事でも平気で出来てしまう。

「俺が原因で、お前らが悪口を言われるのは嫌なんだ。
だから、俺が我慢する事で事態が収まるなら、それに越した事はないんだよ」

「…如月くんが我慢するのは、私達を助ける為…って事ですか」

俺は頷く。

「だから、俺なんかの為に、お前達がリスクを負う必要は…」

「それ以上言ったら本気で怒りますからね」

柊はそう言うと、また俺を睨みつけた。

「私達を助ける為に如月くんが我慢する…なら、如月くんの事は誰が助けてくれるんですか? 」

俺は何も言えなくなってしまう。

「…如月くんの考えは分かりました。 分かりましたが、納得は出来ません。
私は、貴方が傷つかなくなるのなら、全校生徒に嫌われてもいいです」

柊の言葉に、俺は目を見開く。

「如月くんは私の事を馬鹿にしてるんですか?
私がそんな守られ方をされて喜ぶようなか弱い女の子に見えるんですか?」

「いや…見えないけど…さっきめっちゃ怖かったし」

学校での神崎と柊のやりとりを思い出すと身体が震えだすくらい怖かった。

「なら、私の事は気にせずに、自分の意見を言って下さい。 友達が悪口を言われてるのを見るのは辛いんです」

「…分かった。次からは気をつける」

そう言うと、柊は「なら…いいです」と言って野菜を切り始めた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…さっきは怒鳴ってごめんなさい」

夕飯を食べ終えた後に、柊が頭を下げてきた。

「いや、お前が謝る事はないだろ」

「でも…」

「俺はむしろ嬉しかったから、気にすんな」

うーむ…空気が重いな…
何か話題を変えなければいけない。

「…あ、そうだ」

「なんですか…?」

柊が首を傾げる。

「ゴールデンウィーク、どっか行ってみたい所とかあるか?」

「え…?」

「今回のお詫びも兼ねて、なんか奢らせてくれ」

丁度よく明日からゴールデンウィークだ。
課題は出ているが、大した量じゃないから問題もないだろう。

俺が提案すると、柊は数分考える。
そしてようやく思いついたのか、顔を上げる。

「じ、じゃあ…えっと…」

柊は言いづらいのか、目線を泳がせている。

「げ、ゲームセンター…行ってみたい…です」

「…ゲーセン?」

「は、はい。 ゲームがいっぱいある場所なんですよね?」

「まぁいっぱいあるが…そんな所でいいのか? もっと特別感がある場所の方が…」

「わ、私にとっては初めて行く場所なので、特別感はあります」

どうやら柊はゲーセンに行きたいらしい。
俺はよく春樹と七海と行くが、柊はゲーセンというイメージはない。

この分だと、カラオケとかも行った事ないんだろうな。

「分かった。んじゃゲーセン行くか」

そう言うと、柊は目を輝かせた。

「はいっ! じゃあ、七海さん達も誘って4人で行きましょう!」

「だな。 人数いた方が楽しいしな」

「はい!」

「…でも、大丈夫か?」

俺から提案した事なのだが、1つだけ懸念点がある。

「俺達と歩いている所が学校の奴らにバレたら厄介じゃないか?」

「友達と休日に遊ぶのはおかしい事ですか?」

「いや…おかしくないけど…」

「私、もう自分のイメージとか気にするの辞めました。
イメージなんか気にしなくても、友達は出来ましたし。
これからは、柊渚咲として、学校生活を送りたいんです」

なるほど、どこで吹っ切れたのかは分からないが、柊はもう周りに良い顔をするのは辞めたらしい。

だから積極的に話しかけてくるようになったのかもな。

「如月くん。 貴方が私を変えてくれたんですよ」

「…何もしてねぇよ」

そう言うと、柊は笑った。

「貴方がこの家に住んでから、私の生活は変わりました。
貴方が居たから、私は自分を認める事が出来たんです」

「俺はただ居候してるだけだ」

柊が感謝してくるが、感謝するのは俺の方だ。
住む場所をくれて、食事を作ってくれた。
柊には、返しきれない恩がある。

「私は、貴方と出会えて良かったです」

「…そりゃどーも」

顔を逸らして言うと、柊は笑った。

「もしかして、照れてます?」

「照れてねぇ」

「如月くんって意外と顔に出やすいですよね」

「……帰る」

逃げるように自室に帰ろうとすると、後ろから嬉しそうな声で「はーい」と言われた。

自室に帰り、七海と春樹に柊と仲直りした事を伝え、その後に改めて謝罪の文章を送った。

すると、2人とも快く許してくれた。

その流れで柊がゲーセンに行きたがってる事を伝えると、七海から電話がかかってきた。

「なんだ」

『ゲーセンって、どうしたの急に。 渚咲ゲーセン行くタイプじゃなくない?』

「あぁ。 でもなんか行きたいらしいぞ」

『ふーん…でも大丈夫かな、私達ゲーセン行っても基本的にクレーンゲームくらいしかやらないけど』

「まぁ、柊は初めて行くらしいし、楽しんでくれるんじゃないか?
初詣の時も遊園地に来た子供かってくらい喜んでたし」

柊は遊びに行くという経験が少なそうだからな。

『分かった。 私はとりあえずいつでも大丈夫だよ。 ハルもどうせ予定無いでしょ』

「無いだろうな」

春樹は休みの日は基本的にPCで作業するかロボットを作ってるかくらいしかないからな。

『じゃあまぁ…仲直り出来たみたいで良かったよ。
また予定決まったら連絡して』

そう言って、七海は通話をきった。

「…友達か」

柊達は、俺の事を大事に思ってくれているんだろうと思う。
もちろん、俺もあいつらの事は大事に思っている。

だが、ずっとアイツらに隠し事をしながら関係を続けていくのは罪悪感がある。

隠し続けた方がお互いに幸せなはずなのに、全てを打ち明けて理解してもらいたいと思っている俺もいる。

だが、それはダメなんだ。
全てを話しても、アイツらが俺を責める確率は限りなく低いだろう。
だが、それでも俺は、勇気が出せない。

柊には素の自分を見せろと言った俺自身が、誰よりも素の自分を隠しているとは滑稽だな。

と自嘲するように笑いながら、俺は課題をやり始めた。
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