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一章 女神様と同居編
11話 「女神様の家庭事情」
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「身体いてぇ…」
時刻は朝8時、ソファで目が覚め、身体を起こすと、身体中が痛かった。
慣れない体制で寝たからだろう。
「柊…は、まだ起きてないのか?」
いつもの柊ならば休みだろうが7時前には起きている。
だが、カーテンが空いていないのを見ると、まだ起きていないのだろう。
柊は日頃の疲れもあるだろうし、たまにはゆっくりするのもいいだろう。
と思い、俺はリビングのカーテンを開ける。
差し込む光に目を閉じ、次はキッチンへ向かう。
「さてと」
俺は家事は苦手だが、簡単な料理くらいなら作れる。
そう。目玉焼きだ。
いつも作ってもらってるからな。今日くらいは俺が朝ごはんを作ろう。
俺は、冷蔵庫から卵を2つと、ウィンナーを4本取り出し、フライパンで焼く。
あまり難しい事ではないので何事もなく目玉焼きと焼きウィンナーが完成し、皿に盛り付ける。
後は冷めないうちに柊を起こしに行くだけだ。
こう考えると、いつも朝に凝った料理を作り、冷めないうちに起こしに来てくれていた柊の凄さが分かるなぁ。
と、しみじみ思いながら自室の扉を開けると、そこには昨日と同じく規則正しい寝息をたてている柊がいた。
「柊、朝だぞ」
柊は反応が無い。
なぜ今日に限ってこんなに熟睡しているのだろうか。
しかも柊は自分の鼻に俺の布団を当てている為、匂いを嗅がれているみたいで恥ずかしい。
俺は柊の肩を揺らす。
「柊ー、朝だぞ」
「ん…ん…?」
柊がゆっくりと目を開けた。
まだ寝ぼけているらしく、目は虚だ。
そして、ゆっくりと俺の手を両手で掴むと、自分の頬に当て、すりすりしだした。
いやいや待て待て。なんだこれ破壊力ヤバいぞ…!
「ひ、柊…?」
「んー…」
手を動かそうとすると不機嫌そうな声を出す柊に、俺は何も出来なくなる。
「柊さーん…?」
「ん…?んん…?えっ…」
ゆっくりと瞬きを繰り返し、今度はしっかりと目があった。
そして柊は自身の手と、自分がしている事を把握すると、顔が真っ赤になった。
そしてバッと身体を起こすと、目をパチパチさせて周りを見る。
「え…あれ…?な、なんで…?」
「昨日お前漫画読みながら寝落ちしたんだよ」
「ね、ねおち…」
「流石に部屋に運ぶわけにはいかないから、そこで寝かせてたんだ」
「ここで…」
「安心しろ、何もしてない」
状況を理解するほど顔が赤くなっていく柊に、俺は苦笑いする。
そして柊は時計を見ると、目を見開いた。
「は、8時!? ごめんなさい…!すぐに朝ごはんを…」
「いや、俺が作ったから大丈夫だ。 ゆっくり顔洗ってからリビングに来るといい」
「え…如月くんが…?」
「まぁ目玉焼きとウィンナーっていう超手抜きだけどな」
そう笑いながら言い、俺はリビングに戻った。
この家では料理は2人で食べると言うのが暗黙の了解なので、柊を待つ。
数分後、顔を洗い、着替えてきた柊が申し訳なさそうにリビングにやってきた。
そして、俺に頭を下げてきた。
「ごめんなさい…情けない所を見せてしまいました…」
「あれくらいで謝られたら俺なんて土下座じゃ足りないくらい見苦しい所見られてるぞ」
「ですが…あっ、そういえば、如月さんは昨日どこで睡眠を…」
「ここ」
座っているソファを指さすと、柊は更に申し訳なさそうな顔になり、何故か泣きそうになっていた。
「私のせいですね…本当にごめんなさい」
「そこまで謝る必要ないって。 人間なんだからミスくらいするよ」
「……次からは気をつけます」
柊は潤んだ目を隠すように、椅子に座った。
「…目玉焼き上手ですね」
「そうか?なら良かった」
「「いただきます」」
お互いに言い、食べ始める。
目玉焼きとウィンナーだけなのですぐに食べ終わってしまったが、柊はまだ食べていた。
柊は決して食べる事が遅いわけではないのに、どうしたのだろうか?
「悪い、口に合わなかったか」
俺がそう言うと、柊は慌てて首を振る。
「そ、そうじゃないです…! ただ、懐かしいなって…」
「懐かしい…?」
「はい…人の手料理を食べるの…久しぶりなので」
手料理が久しぶり。
そう言った柊の顔は、ひどく悲しそうだった。
「…なぁ」
「あ、ごめんなさい雰囲気悪くしちゃって。急いで食べますね」
「教えてくれないか。なんかあるんだろ、家族間で」
柊の箸が止まった。
「…別になにもな…」
「ごまかすな。 前に公園で泣いてただろ。 今お前その時と同じ顔してるぞ」
「…本当に何もないですよ」
柊は、そう言って笑う。
だが、その笑みは学校で見せる笑みと一緒だった。
一緒に生活したから分かる。
その笑みは、作り笑いだ。
「俺、お前のその笑い方大嫌いだ」
「えっ…」
柊が、目を見開く。
「1週間だが、一緒に生活したんだ。 笑顔の違いにくらいすぐに気づく」
「……聞くに堪えない話ですよ」
「それを決めるのはお前じゃなくて俺だ」
そう言うと、柊はまた食事を再開した。
「…全部食べてから話します」
「おう」
柊は、ゆっくりと味わうように料理を食べた。
食べ終えた皿を俺が洗い、柊が座るソファの隣に座る。
「…ご飯、ごちそうさまでした。 美味しかったです」
「それは卵とウィンナーの本来の味のおかげだから、生産者様様だな」
「…どんな料理でも、手料理は手料理です」
節目がちに話す柊に、俺はため息をつく。
「当然だけど、俺はお前の事何も知らないし、お前も俺の事を何も知らない」
「…?はい、そうですね」
「俺達は客観的に見れば同棲してる訳だが、いろいろと過程をすっ飛ばして今この関係になってるよな」
「は、はい…」
同棲という単語に動揺する柊には構わず、話を続ける。
「俺達の関係はなんだ?」
「関係…?」
「そう。関係だ。 友達ってほどお互いを知らないし、同棲はしてるが恋人では断じてない。
なら、俺達ってどんな関係なんだろうな?」
「……」
「本来同棲ってのは、信頼しきった関係がするものだ。 だが俺達はそんなもの0の状態から始めた。 名前も知らなかったしな。
それは100%お前の善意によるものだが、はっきり言うとこの状況は異常だ」
「…ですね」
「だから、まずはお互いの事を知りたい。 俺達は過去も趣味も特技も、何も知らないからな」
そう言うと、柊は節目がちだった顔をこちらに向けた。
「…言っても、引かないですか」
「俺がそんな薄情者に見えるか」
柊は首を振る。
そして、ゆっくりと自分のペースで話し出す。
「…私は、ずっと良い子でいるようにと昔から躾けられました。
両親は2人とも医者で、いつも帰るのが遅くて、むしろ、家に帰ってくるときの方が少なかったです。
父は病院を経営する資産家兼医師で、母はその病院で働き、父と出会いました。
おかげで、昔から裕福な生活をさせていただきました」
他人が聞いたら羨ましすぎる生活だとは思うが、柊の顔に笑顔はない。
「…元々私は、望まれた子供ではありませんでした」
そんな言葉に、俺は目を見開いた。
「1夜の過ち、1時の感情、1つのミスで出来たのが、この私です。 医者という職業柄、中絶という選択肢は無かったのでしょう。
母は私を産む為に育児休暇を取り、休暇期間が終わると、すぐに仕事を再開しました。
私の世話は全てお手伝いさんに任せ、両親はずっと仕事の毎日でした」
「……」
「6歳になり、小学生という1番活発な時期に、母は私にこう言いました。
「良い子にしてなさいね」と。 言われた通り、私は両親に逆らわず、真面目に勉強し、テストで100点を取りました。
そのテストを母に見せると、母は電話をしながらでしたが、頭を撫でてくれたんです」
自分の頭を触りながら、悲しそうに言う。
「そしてその時に、母はハンバーグを作ってくれました。
…まぁ、そのハンバーグは母と父のお弁当用で、私にくれたのは残り物でしたけどね…
それが、私が食べた唯一の母の手作り料理です」
「……」
「当時の私にはそれが本当に嬉しくて、その日から良い子になる為に努力をしました。
言葉遣い、姿勢、態度、目線、笑顔、歩き方。 どれをとっても失礼だと言われないように。
良い子にしていれば、両親に迷惑を掛けなければ、両親は私を見てくれるから」
小さく笑うその顔は、学校で見る笑顔そのものだった。
「それで出来たのが、女神様と呼ばれている私です。 素の私なんて、両親は知らないでしょうね。 本当の私は、性格が悪く、ワガママです。
でも、そんな私を隠すように、偽物の私を演じ続けました」
ですが…と、柊は続ける。
「8歳の時、私はミスをしてしまいました。 たまたま休みで家に帰ってきた父に聞いてしまったのです。 「ママとパパは私の事好き?」って」
聞いていて、心が苦しくなる。
「そしたら、なんて返ってきたと思います…?
「忙しいから、部屋に帰りなさい」と言われました。
そんなの、もうそれが答えじゃないですか…」
柊は、目に涙を溜めながら言う。
「私は、愛されてなどいなかったのです。 母が良い子でいなさいって言ったのは、その方が手がかからないからだと、今なら分かります。
父が私の問いに答えなかった理由も、今なら分かります」
柊は、リビングを見渡す。
「この家は、落ち着いて暮らせる家が必要だろうと、両親がくれた物です。 ですが、そんな物は嘘だとすぐに分かりました。
両親は私が大学を卒業して就職をしたら、この家を私にくれるそうです。
その時点で、私と両親の関わりは無くなるでしょう」
つまり、就職をして1人で稼げるようになったら、後は1人で生きていけという事か。
「私と両親を繋いでいる物は、愛でも、絆でもありません。 この身体に流れる血と、毎月送られてくる生活費のみです。
こんなのがおかしいって、分かってます。
実際に目の前で如月くんと如月くんのお母さんの会話を聞いて、本当の家族ってこういう物なんだなって知りました」
ポロポロと、柊は涙を溢す。
「でも…ダメですか…?
良い子にしていれば…また、頭を撫でてくれるって…手料理を作ってくれるって…期待しちゃ…ダメですか…?」
泣きながら言う彼女の顔は、いつもの彼女からは想像ができないほど弱く、子供のようだった。
柊はずっと良い子になれるように頑張ってきたんだ。
皆が見てるところではもちろん、誰も見ていない場所でも、1人で、ずっと。
帰ってくる可能性が低い客室も、いつも綺麗に掃除して、ずっと生活してきたんだ。
「如月…くん…?」
俺は、気づいたら柊の頭を撫でていた。
自分でもなんでこんな事をしているのか分からない。
だが、止まらなかった。
「良い子にしなくても、頭なら俺が撫でてやるし、手料理だって作ってやる。 …下手だけどな」
「え…」
「家族に愛されない辛さは俺には分からないけど、分からないからこそ、辛さを少しでも無くしてやりたい」
「っ…」
「無理しなくて良いんだよ。 お前は女神なんかじゃなくて、
毒舌で料理上手の、柊渚咲っていうただの人間なんだから」
「…毒舌は…余計です」
「んじゃ変えるか。 世話焼きで、タイムセール好きで、ゲーム好きで、漫画読んで泣くような奴で、掃除好きで、あと優しい」
俺が言うと、柊は泣きながら笑った。
そして、俺の胸に顔を埋めた。
胸がじんわりと熱くなり、柊の体が震えているので、声を殺しながら泣いているんだろう。
俺は柊の頭を撫でながら、なるべく優しい口調で言う。
「さっき俺が言った事、もう忘れたか? 無理しなくて良いって言ったんだけど」
そう言うと、柊は声を殺す事をやめ、嗚咽した。
その声は小さかったが、静かなリビングには柊の鳴き声がずっと響いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…ごめんなさい」
「なんで謝るんだ」
「…見苦しい所を見せました…あと、お洋服を濡らしました」
柊は数分間泣き続け、泣き止んだのか、俺の胸から顔を離した。
まだ頭は撫で続けているが、何も言われない為続けている。
柊の目元は赤く、いつもの柊からは想像が出来ない。
「…私は悪い子です」
「そうだな」
俺が肯定すると、柊はムッとする。
だが目元が赤い状態で睨まれても全然怖くなく、むしろ子供が怒っているみたいで微笑ましい。
「…そこはお世辞でも違うって言ってくれませんか」
「だってなぁ~、人のベッドで寝るし、朝寝坊するし、毒舌だし?」
「うっ…」
「あ~お陰で身体中が痛い痛い」
「うぅ…」
これ見よがしに首を動かすと、柊は申し訳なさそうに俯く。
俺は笑いながら柊の頭をポンと叩く。
「冗談だよ。 俺は別にお前が悪い子でも態度変えたりしないから、これからも素のお前を見せてくれ」
そう言って、俺は柊の頭から手を離す。
「あっ…」と名残惜しそうな顔をする柊を抱きしめたくなる感情をなんとか抑える。
「…悪い子でもいいんですか」
「あぁ」
「私、凄くワガママですよ…?頑固だし、多分拗ねやすいですし」
「逆に気になってきた」
「…如月くんは変な人です」
「かもな」
俺が笑うと、柊も笑う。
そして、柊は俺の手を両手で握り、自分の頭に乗せる。
「…ワガママ言います。 頭撫でて下さい」
「はいよ」
可愛らしい願いに笑いながら、優しく頭を撫でた。
「もう1つワガママ言います」
「遠慮」
「そんなのしないです。私は悪い子なので」
柊は笑いながら言う。
その笑顔は、今まで見た中で1番自然体で、1番可愛かった。
「今度…暇な時で良いです。 また、目玉焼きを作って下さい…
ほ、本当に暇な時で大丈夫なので」
「なんでそこは変に遠慮するんだよ」
俺は柊の頭を優しく撫でながら笑った。
時刻は朝8時、ソファで目が覚め、身体を起こすと、身体中が痛かった。
慣れない体制で寝たからだろう。
「柊…は、まだ起きてないのか?」
いつもの柊ならば休みだろうが7時前には起きている。
だが、カーテンが空いていないのを見ると、まだ起きていないのだろう。
柊は日頃の疲れもあるだろうし、たまにはゆっくりするのもいいだろう。
と思い、俺はリビングのカーテンを開ける。
差し込む光に目を閉じ、次はキッチンへ向かう。
「さてと」
俺は家事は苦手だが、簡単な料理くらいなら作れる。
そう。目玉焼きだ。
いつも作ってもらってるからな。今日くらいは俺が朝ごはんを作ろう。
俺は、冷蔵庫から卵を2つと、ウィンナーを4本取り出し、フライパンで焼く。
あまり難しい事ではないので何事もなく目玉焼きと焼きウィンナーが完成し、皿に盛り付ける。
後は冷めないうちに柊を起こしに行くだけだ。
こう考えると、いつも朝に凝った料理を作り、冷めないうちに起こしに来てくれていた柊の凄さが分かるなぁ。
と、しみじみ思いながら自室の扉を開けると、そこには昨日と同じく規則正しい寝息をたてている柊がいた。
「柊、朝だぞ」
柊は反応が無い。
なぜ今日に限ってこんなに熟睡しているのだろうか。
しかも柊は自分の鼻に俺の布団を当てている為、匂いを嗅がれているみたいで恥ずかしい。
俺は柊の肩を揺らす。
「柊ー、朝だぞ」
「ん…ん…?」
柊がゆっくりと目を開けた。
まだ寝ぼけているらしく、目は虚だ。
そして、ゆっくりと俺の手を両手で掴むと、自分の頬に当て、すりすりしだした。
いやいや待て待て。なんだこれ破壊力ヤバいぞ…!
「ひ、柊…?」
「んー…」
手を動かそうとすると不機嫌そうな声を出す柊に、俺は何も出来なくなる。
「柊さーん…?」
「ん…?んん…?えっ…」
ゆっくりと瞬きを繰り返し、今度はしっかりと目があった。
そして柊は自身の手と、自分がしている事を把握すると、顔が真っ赤になった。
そしてバッと身体を起こすと、目をパチパチさせて周りを見る。
「え…あれ…?な、なんで…?」
「昨日お前漫画読みながら寝落ちしたんだよ」
「ね、ねおち…」
「流石に部屋に運ぶわけにはいかないから、そこで寝かせてたんだ」
「ここで…」
「安心しろ、何もしてない」
状況を理解するほど顔が赤くなっていく柊に、俺は苦笑いする。
そして柊は時計を見ると、目を見開いた。
「は、8時!? ごめんなさい…!すぐに朝ごはんを…」
「いや、俺が作ったから大丈夫だ。 ゆっくり顔洗ってからリビングに来るといい」
「え…如月くんが…?」
「まぁ目玉焼きとウィンナーっていう超手抜きだけどな」
そう笑いながら言い、俺はリビングに戻った。
この家では料理は2人で食べると言うのが暗黙の了解なので、柊を待つ。
数分後、顔を洗い、着替えてきた柊が申し訳なさそうにリビングにやってきた。
そして、俺に頭を下げてきた。
「ごめんなさい…情けない所を見せてしまいました…」
「あれくらいで謝られたら俺なんて土下座じゃ足りないくらい見苦しい所見られてるぞ」
「ですが…あっ、そういえば、如月さんは昨日どこで睡眠を…」
「ここ」
座っているソファを指さすと、柊は更に申し訳なさそうな顔になり、何故か泣きそうになっていた。
「私のせいですね…本当にごめんなさい」
「そこまで謝る必要ないって。 人間なんだからミスくらいするよ」
「……次からは気をつけます」
柊は潤んだ目を隠すように、椅子に座った。
「…目玉焼き上手ですね」
「そうか?なら良かった」
「「いただきます」」
お互いに言い、食べ始める。
目玉焼きとウィンナーだけなのですぐに食べ終わってしまったが、柊はまだ食べていた。
柊は決して食べる事が遅いわけではないのに、どうしたのだろうか?
「悪い、口に合わなかったか」
俺がそう言うと、柊は慌てて首を振る。
「そ、そうじゃないです…! ただ、懐かしいなって…」
「懐かしい…?」
「はい…人の手料理を食べるの…久しぶりなので」
手料理が久しぶり。
そう言った柊の顔は、ひどく悲しそうだった。
「…なぁ」
「あ、ごめんなさい雰囲気悪くしちゃって。急いで食べますね」
「教えてくれないか。なんかあるんだろ、家族間で」
柊の箸が止まった。
「…別になにもな…」
「ごまかすな。 前に公園で泣いてただろ。 今お前その時と同じ顔してるぞ」
「…本当に何もないですよ」
柊は、そう言って笑う。
だが、その笑みは学校で見せる笑みと一緒だった。
一緒に生活したから分かる。
その笑みは、作り笑いだ。
「俺、お前のその笑い方大嫌いだ」
「えっ…」
柊が、目を見開く。
「1週間だが、一緒に生活したんだ。 笑顔の違いにくらいすぐに気づく」
「……聞くに堪えない話ですよ」
「それを決めるのはお前じゃなくて俺だ」
そう言うと、柊はまた食事を再開した。
「…全部食べてから話します」
「おう」
柊は、ゆっくりと味わうように料理を食べた。
食べ終えた皿を俺が洗い、柊が座るソファの隣に座る。
「…ご飯、ごちそうさまでした。 美味しかったです」
「それは卵とウィンナーの本来の味のおかげだから、生産者様様だな」
「…どんな料理でも、手料理は手料理です」
節目がちに話す柊に、俺はため息をつく。
「当然だけど、俺はお前の事何も知らないし、お前も俺の事を何も知らない」
「…?はい、そうですね」
「俺達は客観的に見れば同棲してる訳だが、いろいろと過程をすっ飛ばして今この関係になってるよな」
「は、はい…」
同棲という単語に動揺する柊には構わず、話を続ける。
「俺達の関係はなんだ?」
「関係…?」
「そう。関係だ。 友達ってほどお互いを知らないし、同棲はしてるが恋人では断じてない。
なら、俺達ってどんな関係なんだろうな?」
「……」
「本来同棲ってのは、信頼しきった関係がするものだ。 だが俺達はそんなもの0の状態から始めた。 名前も知らなかったしな。
それは100%お前の善意によるものだが、はっきり言うとこの状況は異常だ」
「…ですね」
「だから、まずはお互いの事を知りたい。 俺達は過去も趣味も特技も、何も知らないからな」
そう言うと、柊は節目がちだった顔をこちらに向けた。
「…言っても、引かないですか」
「俺がそんな薄情者に見えるか」
柊は首を振る。
そして、ゆっくりと自分のペースで話し出す。
「…私は、ずっと良い子でいるようにと昔から躾けられました。
両親は2人とも医者で、いつも帰るのが遅くて、むしろ、家に帰ってくるときの方が少なかったです。
父は病院を経営する資産家兼医師で、母はその病院で働き、父と出会いました。
おかげで、昔から裕福な生活をさせていただきました」
他人が聞いたら羨ましすぎる生活だとは思うが、柊の顔に笑顔はない。
「…元々私は、望まれた子供ではありませんでした」
そんな言葉に、俺は目を見開いた。
「1夜の過ち、1時の感情、1つのミスで出来たのが、この私です。 医者という職業柄、中絶という選択肢は無かったのでしょう。
母は私を産む為に育児休暇を取り、休暇期間が終わると、すぐに仕事を再開しました。
私の世話は全てお手伝いさんに任せ、両親はずっと仕事の毎日でした」
「……」
「6歳になり、小学生という1番活発な時期に、母は私にこう言いました。
「良い子にしてなさいね」と。 言われた通り、私は両親に逆らわず、真面目に勉強し、テストで100点を取りました。
そのテストを母に見せると、母は電話をしながらでしたが、頭を撫でてくれたんです」
自分の頭を触りながら、悲しそうに言う。
「そしてその時に、母はハンバーグを作ってくれました。
…まぁ、そのハンバーグは母と父のお弁当用で、私にくれたのは残り物でしたけどね…
それが、私が食べた唯一の母の手作り料理です」
「……」
「当時の私にはそれが本当に嬉しくて、その日から良い子になる為に努力をしました。
言葉遣い、姿勢、態度、目線、笑顔、歩き方。 どれをとっても失礼だと言われないように。
良い子にしていれば、両親に迷惑を掛けなければ、両親は私を見てくれるから」
小さく笑うその顔は、学校で見る笑顔そのものだった。
「それで出来たのが、女神様と呼ばれている私です。 素の私なんて、両親は知らないでしょうね。 本当の私は、性格が悪く、ワガママです。
でも、そんな私を隠すように、偽物の私を演じ続けました」
ですが…と、柊は続ける。
「8歳の時、私はミスをしてしまいました。 たまたま休みで家に帰ってきた父に聞いてしまったのです。 「ママとパパは私の事好き?」って」
聞いていて、心が苦しくなる。
「そしたら、なんて返ってきたと思います…?
「忙しいから、部屋に帰りなさい」と言われました。
そんなの、もうそれが答えじゃないですか…」
柊は、目に涙を溜めながら言う。
「私は、愛されてなどいなかったのです。 母が良い子でいなさいって言ったのは、その方が手がかからないからだと、今なら分かります。
父が私の問いに答えなかった理由も、今なら分かります」
柊は、リビングを見渡す。
「この家は、落ち着いて暮らせる家が必要だろうと、両親がくれた物です。 ですが、そんな物は嘘だとすぐに分かりました。
両親は私が大学を卒業して就職をしたら、この家を私にくれるそうです。
その時点で、私と両親の関わりは無くなるでしょう」
つまり、就職をして1人で稼げるようになったら、後は1人で生きていけという事か。
「私と両親を繋いでいる物は、愛でも、絆でもありません。 この身体に流れる血と、毎月送られてくる生活費のみです。
こんなのがおかしいって、分かってます。
実際に目の前で如月くんと如月くんのお母さんの会話を聞いて、本当の家族ってこういう物なんだなって知りました」
ポロポロと、柊は涙を溢す。
「でも…ダメですか…?
良い子にしていれば…また、頭を撫でてくれるって…手料理を作ってくれるって…期待しちゃ…ダメですか…?」
泣きながら言う彼女の顔は、いつもの彼女からは想像ができないほど弱く、子供のようだった。
柊はずっと良い子になれるように頑張ってきたんだ。
皆が見てるところではもちろん、誰も見ていない場所でも、1人で、ずっと。
帰ってくる可能性が低い客室も、いつも綺麗に掃除して、ずっと生活してきたんだ。
「如月…くん…?」
俺は、気づいたら柊の頭を撫でていた。
自分でもなんでこんな事をしているのか分からない。
だが、止まらなかった。
「良い子にしなくても、頭なら俺が撫でてやるし、手料理だって作ってやる。 …下手だけどな」
「え…」
「家族に愛されない辛さは俺には分からないけど、分からないからこそ、辛さを少しでも無くしてやりたい」
「っ…」
「無理しなくて良いんだよ。 お前は女神なんかじゃなくて、
毒舌で料理上手の、柊渚咲っていうただの人間なんだから」
「…毒舌は…余計です」
「んじゃ変えるか。 世話焼きで、タイムセール好きで、ゲーム好きで、漫画読んで泣くような奴で、掃除好きで、あと優しい」
俺が言うと、柊は泣きながら笑った。
そして、俺の胸に顔を埋めた。
胸がじんわりと熱くなり、柊の体が震えているので、声を殺しながら泣いているんだろう。
俺は柊の頭を撫でながら、なるべく優しい口調で言う。
「さっき俺が言った事、もう忘れたか? 無理しなくて良いって言ったんだけど」
そう言うと、柊は声を殺す事をやめ、嗚咽した。
その声は小さかったが、静かなリビングには柊の鳴き声がずっと響いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…ごめんなさい」
「なんで謝るんだ」
「…見苦しい所を見せました…あと、お洋服を濡らしました」
柊は数分間泣き続け、泣き止んだのか、俺の胸から顔を離した。
まだ頭は撫で続けているが、何も言われない為続けている。
柊の目元は赤く、いつもの柊からは想像が出来ない。
「…私は悪い子です」
「そうだな」
俺が肯定すると、柊はムッとする。
だが目元が赤い状態で睨まれても全然怖くなく、むしろ子供が怒っているみたいで微笑ましい。
「…そこはお世辞でも違うって言ってくれませんか」
「だってなぁ~、人のベッドで寝るし、朝寝坊するし、毒舌だし?」
「うっ…」
「あ~お陰で身体中が痛い痛い」
「うぅ…」
これ見よがしに首を動かすと、柊は申し訳なさそうに俯く。
俺は笑いながら柊の頭をポンと叩く。
「冗談だよ。 俺は別にお前が悪い子でも態度変えたりしないから、これからも素のお前を見せてくれ」
そう言って、俺は柊の頭から手を離す。
「あっ…」と名残惜しそうな顔をする柊を抱きしめたくなる感情をなんとか抑える。
「…悪い子でもいいんですか」
「あぁ」
「私、凄くワガママですよ…?頑固だし、多分拗ねやすいですし」
「逆に気になってきた」
「…如月くんは変な人です」
「かもな」
俺が笑うと、柊も笑う。
そして、柊は俺の手を両手で握り、自分の頭に乗せる。
「…ワガママ言います。 頭撫でて下さい」
「はいよ」
可愛らしい願いに笑いながら、優しく頭を撫でた。
「もう1つワガママ言います」
「遠慮」
「そんなのしないです。私は悪い子なので」
柊は笑いながら言う。
その笑顔は、今まで見た中で1番自然体で、1番可愛かった。
「今度…暇な時で良いです。 また、目玉焼きを作って下さい…
ほ、本当に暇な時で大丈夫なので」
「なんでそこは変に遠慮するんだよ」
俺は柊の頭を優しく撫でながら笑った。
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