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群青に焦がれて

一目惚れなんて陳腐なもの

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綺麗だと思った。



風に吹かれて揺れる漆黒の輝きが、その下から覗く澄んだ群青の瞳が、あまりにも美しいと。
その可憐な唇が、柔らかな頬が、あまりにも綺麗で。
触れたら壊れてしまいそうなほど、彼女は完璧だった。

妹の翠より、美しいものを知らなかった。

親のない、嫌われ者の女神。
シュツァーニアという名前を持つ、美しい女神。

彼女は両親が心中したのだという。
彼女を置いて、死んだのだという。

薄暗く陰る瞳の意味を知って、何故か高揚した。
欲しい、と思った。
手を伸ばそうとした。
それがどれだけ醜い欲望であるのか、知りさえせずに。

俺は確かに彼女を愛してしまった。

けれど、伸ばした手が届く前に。

下を見つめて、虚ろに揺れていたはずの群青が、強く強く前を見定めた。

生命が輝く。
あまりにも美しい。
あまりにも、輝かしい。

それが愛という感情であるのだと、その時初めて知った。



ああ、だからだ。

大丈夫だと思っていた。
彼女はそれでも嫌われ者で、誰にも愛されないと盲信していた。
だから、何もしなかった。

きっとそれが、間違いだった。



この世で最も尊い神が、彼女の目の前に跪く。
柔らかなミルクティーブロンドの髪が地に着き、それすら気にせず紫の瞳が愛を乞う。

そうして群青が、恋の色に染ったその時に、俺は敗北を知った。



この世で最も尊い神に、打ちのめされた恋心は、皮肉にも尊い神自身によって拾われた。
きっと俺の気持ちも、全てお見通しのはずのこの神は、性格が悪いのか、趣味が悪いのか。
自分の最愛の妻に懸想する男をそばに置いた。

惨めだった。
苦痛だった。

こんなやつに拾われるくらいなら、彼女に捨てられたまま、彼女を遠くから見ていたかった。
元から手に入らない存在だったのだと諦めて、妹とともに、乳姉妹に支えられて生きることが出来れば、きっとそれでよくて。

それなのに、こんなに近くに君がいる。
手を伸ばせば届く距離で息づいている。
俺のそばで、他の男に恋慕する。

彼女以外に多くの妻を持ち、果てに俺の妹と子供を作るような男を、彼女は愛している。

だから、打ち砕こうと思った。
そのあまりにも純真で、優しい愛を。

婚姻を結んだ乳姉妹も、産まれたばかりの息子も、気にはならなかった。

失敗すれば、きっとあの神に殺されると、わかっていても。

『本当の身の程知らずはどちらでしょう』

そう、囁かずにはいられなかったのは。



「それで、どうしたのですか」

顔の見えない誰かが、うろ覚えの記憶を訪ねる。
その人物の瞳が、優しい黄色をしているのを見て、少し笑った。
乳姉妹によく似た、本当に幼い頃は、あの色が一番美しいと思っていた、そんな色。

「・・・彼女の中の愛に、火をつけただけだった・・・あの神に、いいように使われただけだったのさ・・・誰も、こんなことになるなんて思ってなかった・・・シュツァーニアが・・・彼女が堕ちた時、俺は彼女を追っていった・・・その時に、記憶を失った、その上、奴隷扱いが受け入れられなかったのか・・・記憶の封印はさらに頑なになった・・・彼女が腕の中にいる時、どうしてあんなに幸せだったのか・・・やっとわかった」

ずっとずっと焦がれていた。

愛おしい群青の女神。
人に堕ちてまで、求め続けた。

世界の主たるお前にはここまで出来ぬだろうとどこかで嘲笑っていた。
そうして生まれ変わった世界で、一度は心折れたけれど。

記憶のないその生で、彼女を手に入れた。

ああ、それなのに。

「・・・せっかく思い出したそばから、彼女は手からすり抜けて言ってしまったなぁ・・・」

俺は誰を愛したかったのかすら、もう覚えていない。
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